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姿を見せた犯人


 夜になって、世話係の女性が固いパンと水、厚手の上着と毛布を運んできた。

 有り難いことに、壁が厚いのか上着を纏って毛布に包まると寒さを凌げた。


 女性からここが王宮の外廷にある、地下倉庫だということを聞き出した。本来ならばフェリシアは王宮の外に連れ出されるはずだったが、あまりに早く露見したために諦め、用意されていた代案になったのだと悔しそうに話した。


 ということは、犯人はこの王宮内にいる。外へ逃げ出す時間はなかったはずだ。

 王宮はそもそも侵入者を王宮自体の警備で防いでいる。外部からの侵入を防ぐための警備は万全だ。その分内部の各個人に対しての警備は薄い。王太子妃であるフェリシアであっても専属の護衛は3人だけだ。


 もし内部に手引をする者がいれば、王宮内で襲撃を行った方が断然容易く行えるだろう。その分、王宮外で襲撃を行うよりかは発覚は格段に早いし、襲撃を行った犯人を突き止めるのも容易になるはずだ。



――次の日


 フェリシアは何度かうとうとしたものの、寝不足のまま朝を迎えていた。

 固いベンチの上の寝心地は悪いし、ちょっとした物音にびくりとして起きてしまうのだ。


 フェリシアの目線の先にあった扉が急に開いた。はっとしたフェリシアが顔を上げると、開いた扉の向こうから使用人のお仕着せを着た男が現れ、ズカズカと無遠慮に部屋の中に入ってくるところだった。


 フェリシアはその男の顔を見て息を呑んだ。


「……どうしてあなたがここにいるの?」

「やあ、姉上。ご機嫌よう。」

「ご機嫌なんてよくないわ。わたくしは怒っているの。だから早く質問に答えて、エリック!」


 フェリシアは座ったまま、入ってきたばかりのエリックを睨みつけた。

 エリックはかすかに首を傾げてふっと笑う。

 ガチャリと鍵がかかる音がする。


「ここはわたしの遊び場ですからね。もうずっと使われていなかった、この部屋を見つけたのはわたしですよ。」


 エリックは捉えどころがない。


 そんなことより、この場所から逃げる何かよい方法はないか考えなければ……

 アルベルトもミランダもロザリーも他の皆もフェリシアを心配し、ずっと捜してくれているはずだ。だが、そう簡単には思いつかない。


「あなたは国境地帯に行っていたんじゃないの?王宮内は今、とても警戒しているんでしょう? それなのによく入って来られたわね。」


 入ってくることができたのなら、出ることもできるかと思い話を振ると、エリックはとても嬉しそうに微笑んだ。


「わたしには親しいご婦人がたくさんいますからね。ご婦人方は火遊びを楽しみたいんだ。それに秘密が大好きでしょう。喜んで馬車に匿ってくれたよ。」


 それを聞いて、フェリシアは納得した。

 エリックの戯れ相手のご婦人――そのご婦人の身分が高ければ高いほど、門の出入りも容易くなる。親しいご婦人は遊びのつもりで、馬車の座席の下にある物入れに、エリックを隠していたのだろう。今回はおそらく、出るのは難しくても入るにはそこまでの検めがなかったのだ。


「ずっとこんな機会を待っていたんですよ。何より厄介なのはレオンでしたからね。彼が国境地帯へ行って王宮を留守にしている今だからこそ、わたしは動けるのです。秘密の通路を使ってね。」

「……秘密の通路なら殿下もご存じのはずだわ。」


 エリックの顔つきがいつもより幼くなった。


「兄上が知っているのは主に宮廷から外へ繋がる通路だよ。こちらの外廷にはすぐに行き止まりになる無意味な通路が多いんだ。全部把握しているのは、僕とレオンくらいなんだ。でもほら、隠れるにはもってこいでしょ? もう何年も使っていなかったけど、レオンがいない今なら使い放題なんだ。」


 いつの間にか話し方も少年のようになっている。

 その無邪気さが逆に気味悪く思え、フェリシアはお腹を守るように抱えた。


 その不穏な気配に眼差しをきつくしたフェリシアを見ると、エリックは目を細めた。


「相変わらず気に入らない女だな。…まあ、その方がいたぶりがいがあるけどね。」


 エリックは嘲りを含んだ口調で言った。


「…何のつもりか知らないけど、さっさとわたくしを解放した方が身のためよ。」

「まあ、あなたはもう終わりだからね。今のうちにせいぜい強がるがいい。」


 エリックはフェリシアの目の前まで来ると、面白い玩具を手に入れたかのような歪な笑みを浮かべた。


 嫌な予感に胸がざわめく。エリックはフェリシアを殺すつもりだ―――


「さて。予定は狂ってしまったけど、何か面白い方法を考えてからまた来るよ。」


 フェリシアを蔑んだような目で冷たく見下ろすと、エリックは部屋から出て行った。

 ガチャリと鍵が掛かる音がする。



――フェリシアが攫われて三日目


 未だにフェリシアは発見されず、誰もが嘆き苦しんでいた。

 勿論、フェリシアが連れ去られた時間帯に通った人物や馬車などは、徹底的に調べられたが何の痕跡もなかった。

 

 王宮の門は一つを除いてずっと閉じられたままで、人の往来や物資の運搬も厳しく検査されている。また、捜索は王宮外にまで広げられ、王都から出るにも検問を受けなければならなくなっている。しかし、手掛かり一つ見つかっていない。  


 ミランダやロザリーは心を痛めていた。そしてそれは、ロイドや周囲の者たちも皆、同様である。ロザリーは自分の不用意さを責め、あのときせめて大声を上げることができていればと後悔し嘆いた。二人は眠ることなどできずに、王宮内を捜しまわった。誰もが一刻も早く妃殿下を救出しなければと、懸命に捜索を続けていた。

 

 何よりも心配なのはフェリシアの身体である。妊娠経過も順調とはいえ、身重の身体に負担がないわけがない。

 

 春とは名ばかりで、まだまだ寒い日が続いている。身重のフェリシアが薄いドレス一枚でいるかもしれないと思うと、アルベルトは眠ることもできずに執務室で夜を明かしていた。本当ならばアルベルト自身も捜索に加わりたかったが、執務が重なりそれも叶わない。


 まさか二度までもフェリシアが危険に晒されるなんて――アルベルトは焦燥と後悔に苛まれていた。

 

 そのとき、ロイドが血相を変えて執務室へ入ってきた。


「殿下、大変です。エリック殿下が国境地帯から、出奔されたとの知らせが入りました。」

「なに!?」


 だんっとアルベルトは、目の前の机に拳を振り下ろした。

 落胆を隠すように、ぎりっと強く歯を噛み合わせる。


「……つ、フェリシアを攫った首謀者はエリックだ!」


 アルベルトは凍りついた目をして空を睨らんだ。





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