へっ!お妾さま
フェリシアは一月後に意気揚々とエーヴェルト王国へと旅立った。そして、王宮でのお妃教育が始まった。半年の婚約期間の間、エーヴェルト王国や王族について学んでいく。
王宮に着くと王太子妃専任の女官と侍女、数名のメイドがついた。モントクレイユからは侍女のロザリーを伴ってきた。お妃教育を受ける講義時間以外は多くの時間を彼女達と共に過ごした。最初はぎこちなかった態度も徐々に和らいでいった。だんだんと彼女達とは友人のような関係になった。
女官のミランダは王宮での生活を導いてくれる姉のような存在になっていった。エーヴェルトの女性王族は、懇意にしている貴族の夫人や令嬢を招いてお茶会を開く。お茶会に慣れるまでの間、ミランダに所作や会話について厳しくチェックを受けた。
女官になって初めてフェリシアと会った時、ミランダはその容姿に目を奪われた。まるで、絵本の中からお姫様がそのまま現れたかのようだった。エーヴェルト国ではめずらしい、蜂蜜色の髪とアイスブルーの瞳。豊かでサラサラした髪は長く伸びて、艶々としている。くるりと上向きにカールしている長い睫毛に縁取られた大きな瞳、すらりとした鼻梁、ぽってりとした赤い唇、ぬけるような白い肌をもつ可憐な美少女だ。ほっそりとした手足や首や腰からは、儚げな美しさが漂っている。
ミランダは、この可憐で儚げな姫が異国であるエーヴェルトで上手くやっていけるのか心配だった。王太子妃を務めるのは難しいのではないかと思った。しかし、それは杞憂であった。フェリシアは見事に王太子妃の役目をこなした。
夫である王太子にはもちろん、常に周りにいる侍女たちの前でさえも、いつも物腰柔らかく優しく接する。そして、好奇心も旺盛でたくさんのことを吸収し、学ぶための努力を惜しまない。ちょっぴり思い込みが激しく、親しい者の前ではつい本音が出てしまうのはご愛嬌だ。
てっきり、王宮で甘やかされて育った、我儘なお姫様が嫁いでくると思っていたのに――ミランダの予想は激しく裏切られた。
◇◇◇
フェリシアはエーヴェルトへやってきてから、正殿の客室で過ごしている。婚姻後には後宮にある王太子殿へ移る予定だ。
その日はミランダに連れられて、初めて王太子殿へと向かった。フェリシアに準備されている部屋は、豪華な調度品が配されていて、落ち着いた雰囲気だった。
フェリシアが探索しながら宮中を歩いていると、中庭を通っている長い廊下が目に入った。
「あちらの廊下はどこへ続いているの?」
「殿下の御寝所でございます。」
「えっ!?……殿下はそちらでお休みになっているの?」
驚きとともに、フェリシアに疑問が湧いてきた。
「いいえ、今は執務室にある寝室でお休みになることがほとんどです。あちらの御寝所はお妾さまをお召しになるときにお使いになります。」
「!!へっ!!お妾さま!?」
フェリシアは、初めて知った事実に頭がパニックになった。
アルベルトにはたくさんの妾女がいたのだ。そうだ、王族たるもの世継ぎが必要なのだ。アルベルトの子を生む女はいくらでもいる現実に、頭では理解していても気持ちがついていかない。
『そんなの聞いてない!でも、今更モントクレイユに戻ることはできない。なぜ誰も教えてくれなかったの……』
きっと、妾女の中にアルベルトが心から大切にしている愛妾がいて、本当はその愛妾を妃にしたいのだろう。そして、愛妾との子を成し世継ぎにと望むだろう。
アルベルトと閨を共にすれば、フェリシアもいずれ懐妊して子を成すだろう。その子が男の子だったら否応なく世継ぎ争いに巻き込まれる。産まれてきた子が政争の駒として、誰かしらに利用されるのは辛い。
世継ぎ争いや寵愛争いに巻き込まれるのなんて御免だし、そんなものない方がこの国のためにもいいに決まっている。
――ならば、昏い世継ぎ争いの火種なる正妃の子などいないほうがいい。
子を宿さなければ……
不妊の女など王太子妃としての価値がない。
二年間――妊娠しなければ、自分は不妊だと言ってアルベルトの傍から離れよう。そうすれば、王太子妃の座には愛妾が座り、争いもなく王太子が望む子が世継ぎになれる。その後は、ロザリーを連れて楽しく過ごていこう。フェリシアはそう考えた。
◇◇◇
エーヴェルト王国は、薬草栽培、研究、改良を熱心に行っている国だ。国内に自生している薬草の種類が豊富で、研究や開発に力を入れている。
優れた薬師も多く、薬草を調合して様々な薬が売られている。フェリシアは王宮に出入りしている薬師と顔見知りになり、取引をするようになった。その中で女性の薬師の一人と気が合って仲良くなった。今では自室に招いてお喋りをするような仲だ。その薬師は、男爵令嬢で王都に薬屋を開いているオリビア嬢。
ある日のこと、会話の中で避妊薬が話題に上った。オリビアが嬉しそうに報告した。
「やっと、新しい薬が完成しましたの。」
「どのようなお薬ですの?」
「女性用の避妊薬ですわ。」
フェリシアは驚きつつも興味を唆られた。
「…その、避妊薬はよく売れますの?」
「ええ、需要が多いのでよく売れています。でも新しい避妊薬は、お値段もそれなりになりますので、貴族か裕福な方用になるかと。品質が高く副作用の少ないお薬ですのよ。」
「貴族もお買い求めになっているの?」
「勿論、貴族社会も随分開放的になりましたし、夫婦でも計画妊娠のためにお求めになります。」
アルベルトには後宮に妾女が大勢いる。フェリシアは必ずしも子を生むことを望まれている訳ではない。それは、避妊薬を使うことの後押しになった。