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愛してるの調べ


 事件の断罪が終わり、久しぶりにアルベルトと一緒に夕食を取った。食事が終わりお茶を用意した侍女が下がっていった。


アルベルトは急に表情を引き締めると、フェリシアに向き直った。


「オリビアは山岳地に赴くことになった。」


 フェリシアはアルベルトを見上げて瞳を瞬き、僅かに表情を緩めた。


「…そう、…そうなの……よかった…」


 軽く息を吐いて安堵の色を表情に滲ませる。


「よかった…?本当にそう思ってるか?」


 フェリシアはまっすぐにアルベルトを見つめながら頷いた。


「本当にそう思ってるわ。」


 アルベルトは優しい手つきでフェリシアの頬にそっと触れ笑った。


「それなら良かった。」


 優しく微笑むアルベルトの眼差しに、フェリシアの胸に温かい気持ちがじんわりと広がった。

――この人を好きになって本当に良かった。


 フェリシアは柔らかく微笑んだ。



そうだ、あのことをアルベルトにお願いしなくては……


「殿下、わたくし王太子妃としての自覚をもっと持たないといけないと思いまして…」

「ほう―、よい心構えだ。」

「国内情勢によっては難しい立場になることもありますし、陰謀や謀略に否応なしに巻き込まれる可能性もあります。なので、護身術を習いたいのです。王太子妃として自分を守るくらいの技は身につけておきたいのです。」

「ダメだ!」


 間髪入れずアルベルトが返した。


「フェリシア、自分の身を守ることは必要だとは思う。だが――護衛をもっと強化するから。」

「殿下や護衛騎士は信用しています。自分で守りきれるとも思っていません。でも、自分の身を少しでも守りたいのです。」


 今回の事件で身の危険を感じたフェリシアは、自分の無防備さにゾッとし、護身術を習おうと考えたのだ。


 フェリシアは渋るアルベルトをどうにか説き伏せ、ロイドにならと渋々了承してもらったのだった。



 しばらくすると、アルベルトがおもむろに口を開いた。


「なあフェリシア、これからは名前で呼んでくれないか?」

「…そんなこと言われても…」

「そんなに難しいことか?名前で呼ぶだけだろ?フェリシアが呼びやすいように呼んでくれたらいい。」


 そうだけど、と思いながらも、やっぱりどこか照れくさくて俯いた。

 

 しばらく考えてからフェリシアはゆっくりと口を開いた。


「…じゃあ、アルビー?」


 おずおずと視線を上げて、声を絞り出す。


 フェリシアの言葉を待つかのようにじっと黙っていたアルベルトが、それを聞いた途端にニヤッと笑った。


「…いいな。じゃあ、それで。」

「…ん。」


 言った途端になんとも気恥ずかしくなって頬を赤く染めた。




◇◇◇


 それから2ヶ月後、フェリシアはすっかり閑散とした後宮の中庭で一人、ぼんやりとしていた。後宮に溢れかえっていた妾女たちは一人残らずいなくなり、広い敷地に多くの屋敷を有する王太子の後宮は、その姿をすっかり変えていた。


 秋が深まり木々は紅く染まって、サザンカの優しい香りを感じる。フェリシアは、あまり使われなくなった中庭の四阿に、大きめのベンチを運び込んで、ぼんやりと過ごすことが増えていた。ひんやりとした風が吹き、頬を撫でる。そんな時間を過ごせることに、フェリシアはささやかな喜びを感じていた。


 四阿の端には侍女のロザリーと、女性騎士の中から選び抜かれた新しい護衛モニカが並んで佇んでいる。四阿の出入り口と中庭の入り口にも、それぞれ1人ずつ男性の近衛が立っている。普段から3人体制でいついかなる時においても、フェリシアを護衛するため目を光らせている。


 フェリシア専属の薬師も付いた。アルベルトが慎重に身元を確かめて選んだ新しい薬師だ。薬やお茶はその薬師を通して渡されるようになった。勿論、しっかりとしたチェックが成された後にだ。


 その薬師は年配の女性でイザベルという。薬草の知識が豊富で頼りになる。王太子妃相手でも物怖じしないが、温かな人柄が滲み出ていた。



「フェリシアさま。」


 ロザリーがやってきてフェリシアに声を掛けた。


「なにかしら?」


 フェリシアは物思いから我に返ると、声の方を振り向いた。


「殿下が夕食を一緒に取られるそうです。そろそろお戻りになってご準備をいたしましょう。」

「分かったわ。」


 気付けば空はゆっくりと茜色に染まり始めていた。フェリシアはその美しい風景を見ながら徐ろに腰を上げた。



 二人して和やかに夕食を一緒に取り、その後はソファに並んでお茶を飲みながらゆっくり過ごす。そんな何気ない時間が日常となっていた。


 アルベルトは腕を上げてフェリシアの頬をそっと撫でると優しく微笑む。フェリシアの胸に温かい気持ちがじんわりと広がって幸せに満たされていく。この2ヶ月の間に幾度となく感じるこの気持ち。このまま時が止まってしまえばいいのに……



 その日、湯浴みが終わったフェリシアは、鏡台の前でロザリーから髪の手入れをしてもらっていた。


「フェリシアさま、本当に良かったですねぇ〜」

「え?何のこと?」

「も〜殿下のことですよ!仲がよろしいようで何よりです。」


 ロザリーは笑いながらフェリシアにいそいそと話しかけてきた。


 とぼけちゃって!と言いたげなロザリーの笑顔を鏡越しに見て、フェリシアは照れくさくなり曖昧な笑みを浮かべた。


「…ロザリー」


 フェリシアはため息をつくと、整え終わった自分の髪をつまんで振り向いた。


「何ですか?」


 ロザリーは目をぱちぱちさせながら首を傾げる。


「…そんなことより、この髪は何よ。それにこの格好も!」


 フェリシアは改めて自分の姿を見下ろした。白いシルク生地で襟ぐりがとても広い夜着。襟ぐりが落ちないように固定した赤いリボンがデコルテの上で結んである。


 リボンを解けば柔らかな胸が零れ落ち、一糸纏わぬ姿になってしまう。しかもそのリボンのせいで、豊かな胸が更に強調されている。柔らかなシルクは身体のラインを露わにし、裸でいるよりもフェリシアを艶めかしく見せていた。


 寝る時の夜着はいつも侍女が何着か用意してくれた中から適当に選ぶのだが、今日はなぜだかロザリーがニコニコ笑って一着だけ持ってきたのだ。


「殿下が今日はこちらに早くお見えになると伺いましたので…」

「…やっぱり。わざとね!」

「たまにはこんなのもいいいじゃないですかぁ〜」

「よくないわよ!余計なお世話!」


 フェリシアが鏡台の前でロザリーに文句を言っていると、寝室の扉がぎいっと開いた。

 アルベルトが扉から姿を現し、後ろにいた侍従に何かを言いおくと、スタスタと部屋の中に入ってきた。


 フェリシアはそれを見て慌てて口を閉じた。ロザリーはさっと姿勢を正すと、アルベルトに向かって深々と頭を下げる。そして、フェリシアに向かってにっこりと笑うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 アルベルトは鏡台に近づくと、背後からフェリシアを抱きしめた。


「フェリシアは柔らかくて気持ちがいい。それに、すごくいい匂いがする。」

「…なにそれ!」


 フェリシアは僅かに頬を染めると、照れたように視線をふいっと逸らした。

 

 アルベルトは笑いながらフェリシアを抱き上げて、ソファまで運ぶと膝に乗せた。


「フェリシアは本当に可愛いな。ずっと傍にいてほしい。」

 

 そう言いながらアルベルトはフェリシアの頬に手を添えて自分の方に向かせ、フェリシアの唇に自分のものを重ねた。


 アルベルトが優しい手つきでフェリシアの背中を撫でながら唇を離し、髪に鼻先を埋めて囁いた。


「愛してるよ。わたしの愛しい人。」


 アルベルトの声が身体の中に染み渡る。フェリシアはこの上ない幸せに包まれた。ずっとこの腕の中にいたい――


 と、同時にあることに気付いた。


『わたし、今までアルビーに愛してるって言ったことあったかしら?えっと…ないない!』


 慌てて記憶を探るが愛してるはおろか、好意を示したり気持ちが伝わるような言葉でさえ、まともに発したことがなかった気がしてフェリシアは固まった。


 言葉にしないと分かり合えないことを、これまでの経験から嫌というほど思い知らされてきたというのに――フェリシアはアルベルトの腕の中で頭を抱えたくなった。


『わたしの馬鹿馬鹿!ちゃんと言わないと…』


 フェリシアはもちろん今までに男性に愛を囁いた経験などない。いざその言葉を口にしようとすると、猛烈に照れが襲ってきて怖気づいた。


「フェリシア…?」


 愛を囁いた瞬間に微妙な顔をして黙ってしまったフェリシアを、アルベルトは怪訝な表情で覗き込んだ。


 二人の視線が交わる。優しく微笑むアルベルトの眼差し。


 その優しい眼差しを見た瞬間、フェリシアの心は決まった。表情をきゅっと引き締めてから、俯いていた顔を上げる。フェリシアは、心に浮かんだ気持ちを言葉にするために口を開いた。


「……わたしも、あなたを愛しています。」


 真剣な瞳でじっとアルベルトを見つめると、びっくりしたような瞳が瞬いた。

 やがて、アルベルトの顔が心底幸せそうに蕩けて、フェリシアは胸がキュンとなった。


「どんなときでも何があっても、あなたのことをずっとずっと愛することを誓います。」


 フェリシアは胸の中に溢れる想いを口にしながら、アルベルトの首に腕をまわして抱きついた。





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