断罪劇の行方
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それからは慌ただしく、フェリシアの周りも多くのことが様変わりしていった。
「ハリントン侯爵を捕らえた。」
「え……」
フェリシアのその訝しげな顔を見て、アルベルトは苦笑いを浮かべた。
アルベルトはフェリシアの顔をじっと見ながら、そのまま話を続けた。
「ハリントン侯爵家は今まで王家との婚姻を結んだことがない。ハリントン家にとって、王家に娘を嫁がせることは長年の悲願だった。次代の世継ぎの後ろ盾となり、強大な権力を手中に収めることができるからな。」
フェリシアは突然語られ始めた話の内容に、怪訝そうに眉を潜めた。
「ハリントン侯爵は器量良しのクリスティーヌを溺愛していて、王家に嫁がせようと野心を燃やした。わたしが王太子になるとすぐに娘を妃候補に推した。そして予定通り、クリスティーヌは最後まで妃候補に残った。しかし、わたしはフェリシアを妻に迎えた。」
黙ったまま話の先を促す。
「ハリントン家は、念願が叶うあとわずかのところでそれを逃した。侯爵は娘と権力に異常なこだわりを持っている。クリスティーヌもわたしに執着している。侯爵は諦めることができず、後宮に自分の娘を入れて妾妃にしようと目論んだ。正妃となれなくても娘が世継ぎを生めればいいと考えた。――わたしにエーヴェルトの有力貴族達が、他国から嫁いだフェリシアとではなく、国内貴族出身の純粋なエーヴェルト人との間に、世継ぎをもうけるよう圧力をかけていたのも、侯爵が手を回したものだ。」
フェリシアは僅かに顔を歪めて、きゅっと唇を引き結んだ。
「しかしわたしは、そもそも高位貴族の家からは、妾妃を迎える気などなかった。そこで、今度は妾女として後宮に入りやすい身分の女性の中から、男好きのする容姿の者を用意して籠絡しようとした。」
そこで、今まで静かな表情で話していたアルベルトの表情が大きく翳った。
「ハリントン侯爵は、違法な薬を闇取引していて、巨額な金を手にしていた。困窮している領主を探しだし調べ上げて、目的を達成するために、自分の意のままに動かすことのできる駒にした。」
「…つまり、ハリントン家が借金を肩代わりする代わりに、無理な要求を押し付けていた?借金が返済できなければ家は破産するから、ハリントン家の言いなりになる他ない……」
フェリシアは掠れた声でアルベルトに問いかけた。
「そうだ。その家のひとつがランバート男爵家だ。他にもそうやって弱みを握られて言いなりになっている家が多数ある。その家のものを妾女や使用人として王宮に潜り込ませた。」
フェリシアは眉を大きく顰めながら唇を震わせた。
「……ひどい話だわ。」
フェリシアは夜会で見たハリントン侯爵のゾッとする目つきを思い出した。
あの人物に自分の気持ちを散々にかき乱され、めちゃくちゃにされたのかと思うと、侯爵に対して強い憤りを覚えた。
「侯爵はフェリシアに世継ぎが生まれることを恐れていた。そうなると、もう付け入る隙がなくなってしまうからな。侯爵家が権力を握れる芽は潰れる――それを阻止しようと、何とかわたしに妾女へ目を向けさせようとした。しかし、それも上手くはいかなかった。……侯爵はわたしとフェリシアが寝室を毎晩共にするようになったのを知って、最終手段に打って出ることにした。」
黙ったままフェリシアは何度も瞳を瞬いた。
「エルデーリ伯爵家はハリントン家の太鼓持ちだ。伯爵は娘のジェンナを侯爵に差し出した。ジェンナはかなり器量が良いし伯爵令嬢だ。そうそう無下にはできない。ジェンナを後宮に入宮させてオリビアを見張らせたんだ。」
「オリビアを?」
フェリシアはアルベルトをまじまじと見つめた。
「ああ。ランバート男爵家は娘のオリビアが薬師をしていた。侯爵はそのことに目を付けて、違法な薬の取引にも加担させて脅していた。そのうち、オリビアがフェリシアと懇意にしていることを知って、怪しまれずにフェリシアを亡き者にしようと企てた。だが、その謀略は上手く進まなかった。やがてハリントン侯爵はオリビアを疑い始めた。そしてあの事件が起こった。しかし、フェリシアの命に別状はなかった。オリビアが薬草をすり替えていたからだ。」
フェリシアは目を大きく瞠いた。
「え…?――オリビアがやったことは許されることではないわ。でも、オリビアは熱心に薬学を学んでいて、侯爵に出会わなければ、きっと良い薬師になっていたはずです。」
アルベルトは苦々しい表情で目を伏せた。
アルベルトがあの事件に責任を感じて、自分を責めていることはフェリシアも感じていた。でも、フェリシアはアルベルトに苦しんでほしくなかった。
「もう自分を責めないで欲しいです。そんな顔しないで…」
フェリシアは手を伸ばして、アルベルトの頬を指先で撫でた。
アルベルトは目線を上げてフェリシアを見ると、その細い肩をぐっと抱き寄せた。
「候爵はわたしがフェリシアに執着していることを知って引き離そうとしたが、オリビアへ命じた企ては失敗した。だから今度は、ジェンナを使ってフェリシアを精神的に追い詰め、自ら離れるようにと企んでいた。フェリシアを一人で王宮から出すことを侯爵は狙っていた。」
フェリシアはアルベルトが話している途中から、身体の震えを止められなかった。あまりに身勝手過ぎる。こんな自分勝手な人のために、たくさんの人々の人生が狂わせられたのだ。フェリシアはめらめらと燃えるような怒りが湧いた。
◇◇◇
アルベルトはハリントン侯爵を捕らえたその日のうちに、エルデーリ伯爵、ランバート男爵、この陰謀工作に係わりのあった者たちを、ほぼ全員捕らえていた。その中にはもちろんオリビア嬢も含まれていて、フェリシアは何とも言えない複雑な気持ちを抱いた。
朝からどんよりとしていた空から、ぱらぱらと小雨が落ちてきた。捕らえられた罪人たちが、地下牢から人気のない外廷に引き連れてこられ、ずらりと並んだ。
アルベルトは冷ややかな目で罪人を見下ろし、粛々と断罪をはじめた。
「ハリントン、お前は娘を妃にし権力を握ろうと謀略を図った首謀者だ。あろうことか王太子妃を亡き者にしようと企てるなど、斬首に値する。薬師のオリビアが薬をすり替えていたため、最悪な事態は免れたが、その身を持って大罪を償うがよい。ハリントン侯爵家は取り潰しとする。爵位は剥奪し平民とする。よって、ハリントン家は全員フォーゲル島送りとする。生涯をそこで過ごせばよい。」
フォーゲル島は重罪人のみが流される孤島で、灼熱地獄の中で重労働を課せられる。
「……むううっ」
ハリントンは獣のような呻き声を出した。
アルベルトはハリントンに冷笑を返した。
「わたしは、お前が彼の地でも死の苦しみに喘ぐことを切に願っている。」
アルベルトの視線が、ゆっくりとハリントンの斜め後ろに逸れる。
「エルデーリ、お前は進んでこの計画に加担していた。欲にまみれて娘までも後宮に送り込んで諜報を図った。よって北部の牢獄送りとする。彼の地で労働に勤しむがよい。なお、娘のジェンナは修道院送りとする。」
北部の牢獄は極寒の地にある朽ち果てた牢獄だ。
「お、おおせのままに…」
アルベルトは静かに視線を移した。
雨足が強まってきた。
「ランバート、お前はハリントンに脅されていた。その辺の事情は斟酌するが、爵位を剥奪し領地は没収とする。山岳地に渡り薬草の採取に励むがよい。……さてオリビア、妃に毒を盛るなど斬首に値する行為だ。しかし、妃はそれを望んでおらず減軽の陳情があった。よって父と一緒に山岳地へ赴き、薬学の貢献に努めるがよい。」
オリビアは気の抜けた顔で、座ったまま呆然とした。
斬首を覚悟していた。一家を道連れに罪を償うのだと――
「殿下、ご温情に感謝いたします。わたくしは妃殿下に背いたことを、心から悔いております。」
オリビアは泣きながら叫んだ。
「悔いているからなんだ。わたしはお前に少しの情も持ち合わせていない。二度と我々の前に現れるな。」
アルベルトは冷たく言い放って、踵を返した。
オリビアはその後ろ姿を見つめた。やがて、次第に視界が涙で歪んで、アルベルトの姿はゆらゆらと揺れて消えてしまった。
こうしてこの謀略に加担した者たちや、係わりのあった者たちは、次々と処罰されていった。
そして、アルベルトは後宮で諜報活動や策略が行われていたことを理由に、王太子の後宮を一旦解散すると断言した。
アルベルトは今までの後宮は仮初めのもので、妾女としての役目を果たしてなかったと明言した。妾女たちの今後の待遇としては、希望する者には王宮で使用人としての立場を与えた。