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毒花と避妊薬

 

 しばらく経ってから、ミランダの報告で新たな妾女が入宮したことを知った。気持ちが重くなり、その日はどんよりと過ごした。

 

 翌朝の目覚めは最悪な気分だった。どことなく身体が少し重い。

 侍女を呼んでお茶の用意を頼む。疲れたときに飲用している、回復効果の高いお茶を棚から取り出しポットに入れる。

 カップに注いで、一口含みカップをソーサーに戻す。


「……うっ」


 胸からせり上がるものを感じて手を口にあてた。その掌には鮮血が付着している。

 フェリシアの身体が崩れ、床にうっ伏した。


「きゃぁ〜〜!!ひ、妃殿下!!!」


 侍女の声が遠くなり、フェリシアは意識を手放した。


 

 ポットの中の褐色の茶葉は、すっかりほぐれて葉の形があらわになっている。葉の縁がギザギザになっている茶葉で、鎮痛効果のある薬草に似ている。

 いや、茶葉などではなく毒花の若葉だ!即効性はないが、飲み続ければ月日をかけて身体を蝕んでいく。


 王城は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


 王宮内で使用されるお茶は、王宮お抱えの薬師が配合し、外部から持ち込まれたものも検査を欠かさない。一体どこで、誰が――?

 関係者をすべて調べたが、そのお茶の出所は不明だった。



 アルベルトの心に鋭い痛みが走った。

(――フェリシアを守れなかった――)その事実が胸を締めつける……


 アルベルトは、眉間に皺を寄せ執務室に座っていた。足を組み、机の上をせわしなく叩いている。キッと机の前に立っているロイドに目線を向けた。


「ロイド、何か分かったか?」

「妃殿下がお飲みになったお茶は、ご自身で配合なさったものでした。」

「自分で!?」


 アルベルトは目を瞠いた。


「はい。妃殿下は薬草に興味をお持ちで、よく研究所に足を運ばれているとのことです。そこで薬師と相談されて色々試されているようです。」

「薬師か――」


 アルベルトは眉間の皺を深くした。



◇◇◇


 アルベルトは王都のオリビアの薬屋に来ていた。

 勢い込んで店に入ると、カウンター奥に座っていたガタイのいい男に向かって尋ねた。


「薬師のオリビアはこちらに居るだろうか?」


 奥の部屋から出てきたオリビアは、アルベルトを見ると顔面が蒼白になり、ひどく不安気な表情になった。目線を下げ落ち着きなく目を彷徨わせる。


「急に来て悪かったな。」


 その言葉にオリビアはびくっと体を震わせた。


「い、いえ…」


 ほとんど聞き取れない声で答えた。



 訝しい――いきなり王太子が訪ねて来たら、困惑したり、おどおどしてしまうことはあるだろうが、ここまで怯えるのはどう見てもおかしい。まるで、処刑台の前にでもいるようではないか。

 これではまるで過ちを犯しましたと、態度で自白しているようなものだ。


 アルベルトは澄ました表情を保ちながらも、内心では確信していた。

 坦々とした口調でオリビアに話し掛ける。


「…なぜ、わたしが来たかは既に分かっているだろう。正直に話してほしい。」


 オリビアの体が大きく跳ね、身体が小刻みに震え始める。

 懸命に口を開き、震えながら声を発した。


「あ、あの、わたしは、なにも…」


 そこで、アルベルトはちらりとレオンとロイドを見た。二人はただならぬ状況に緊張した面持ちで、アルベルトの出方を見守っていた。

 

 アルベルトの視線を受けて音もなく移動する。レオンはオリビアの右側に、ロイドは左側に、それぞれ距離を取って挟むように立つ。

 アルベルトはそこで眼差しを鋭くしてオリビアを見据えた。


「なぜ、そなたはそんなに怯えている?何をそこまで怖がる必要があるのだ?」


 言い終わると、視線を頭から足元まで探るように移動させる。

 

 射すくめられるように固まっていたオリビアが、その視線にわずかに身じろぎした。

 アルベルトは渇いていた薄い唇を無意識に舐めた。

 そして、覚悟を決めて口を開いた。


「コレはそなたが配合した茶葉だろう?」


 オリビアはアルベルトの手の中の瓶をチラリと見ると、瞳を激しく揺らした。

 その瞳に絶望的な色が灯り、首ががっくりと垂れ下がった。


「…王太子妃と取引したものをすべて出せ!」


 それは、ほぼ命令に近かった。



 オリビアはゆるゆると奥の部屋まで向かうと、いくつかの瓶を手にした。店内に戻るとカウンターにそろそろと並べる。


 それは見覚えのあるエーヴェルトで流通している薬や茶葉がほとんどだった。レオンがその中の薬の瓶のひとつを手に取り顔を顰めた。そして、おもむろにその瓶の蓋を開けると、くんくんと匂いを嗅いだ。

 

 やがてレオンは、何とも言えない表情でアルベルトを見た。

 こくりと喉を鳴らして唾を飲み込むと、おそるおそる口を開いた。


「これ、避妊薬だ…」


 アルベルトは耳を疑い、呆然とレオンを見上げた。



 フェリシアが避妊薬を飲んでいた。アルベルトは心が抉られるようだった。


 子供が欲しくないのであれば、相談してくれたら良かった。理由があるならば、その理由を教えて欲しかった。フェリシアは王太子妃で妻だ。妻の悩みを聞けないほどアルベルトは狭量ではない。

 

 あるいは、アルベルトの子が欲しくなかったのだろうか。フェリシアはアルベルト以外の男に想いを捧げて、アルベルトの子を孕むことを拒んだのだろうか。


 たとえ、フェリシアの心の中がどうであっても、王太子たる重圧を抱えたアルベルトを、これまで癒してくれたのはフェリシアだ。感謝しているし、これ以上傷つけたくない。


 今はただ、フェリシアの無事を祈るだけ。どうか無事でいて欲しい。



◇◇◇


 ぼんやりと周囲が明るい気がして、フェリシアは意識が浮上した。天蓋の薄いカーテン越しに薄っすらと朝日が差し込んでいる。視界は何となく狭くて瞼が重たい。

 ゆっくりと瞼を開くと、ハッとひとつ息を吐いた。


『ここはどこだろう?』


 視線を動かすと、視界に黒い大きなものが入り込んだ。


「…フェリシア」


 優しい声が上から落ちてきた。


 視線をやると、髪を乱したアルベルトがこちらを覗き込んでいた。目を左右に動かしながら、ゆっくりと焦点をアルベルトに合わせる。

 アルベルトの大きな手が、フェリシアの手を優しく包んだ。片方の手でそっと頬を撫でる。


 声が上手く出ない。


「……で、ん、か」


 掠れた声でそう呼ぶと、アルベルトがはっと目を瞠いた。


「フェリシア!!」

「水は飲めるかい?」


 身体が怠くて動かない。ふるふると頭を振る。


「もう大丈夫だ。安心して眠るといい。」


 アルベルトはグッと目を瞑り、やがて、ゆっくりと開いて優しい顔で笑った。

――生きていて本当によかった。



 フェリシアは、三日間眠り続けた。しばらく安静にするようにお医者さまに言われた。

――毒を盛られていた――その事実に、フェリシアは驚愕しショックを受けた。


 まさか、オリビアが……

 それだけではない。きっと、避妊薬のことも知られてしまった。

 フェリシアは、身も心もボロボロだった。



 一週間経つ頃には、フェリシアは起き上がれるようになった。


「起き上がれるようになってよかった。…少し話ができるか?」


 ドクンと心臓が跳ねた。


「すまなかった。わたしがもっと気をつけていればこんなことは起きなかった。…つらい思いをさせた。わたしの油断がこの事態を招いた…すべてわたしのせいだ。」


 その瞳はユラユラと揺れていて、怒りや不安、優しさを映していた。 


「…殿下のせいではありません。わたくしが注意を怠っていたのです。」


 そうだった、セシルが忠告してくれていたのに――フェリシアは浮かれていて、王太子妃としての自覚が足りなかった。


「オリビアは、どうなりました?」

「薬師はすでに拘束している。薬草を間違ってしまったのだと…でも、そんな訳はない。」

「……その、オリビアからお聞きになったのでしょう?」


 アルベルトはフェリシアをじっと見ていた。何かを堪えるように、苦しそうに顔が歪んだ。

 フェリシアは思わず顔を伏せた。まつ毛が微かに震える。


「……で、いつからあれを使っていたんだ?」


 青褪めた顔で黙ってしまったフェリシアに、アルベルトはぼそっと呟いた。


「…どうしてあれを…?」


 フェリシアはびくっと小さく肩を震わせた。


「フェリシア、理由を教えてくれ?」


 アルベルトの懇願するような声に、フェリシアはぐっと唇を噛んだ。

 心がずしりと重たくなって、不安に支配されていく。


「…ごめんなさい……」


 言おうとした言葉は胸につかえてしまい、代わりにフェリシアの瞳から涙がぽろぽろと零れた。

 ハッとした様子のアルベルトがフェリシアを引き寄せ、両肩に手を置いて顔を覗き込んだ。


「フェリシア、もういい。無理をさせた。ゆっくり休むといい。」


 アルベルトが苦しんでいる。きつく眉を寄せ辛そうに唇を噛む。柔らかな形のいい唇に前歯が食い込んで、白くなったそこが痛ましい。

 

 フェリシアの胸は締め付けられるように痛んだ。

『結局すべては自分が逃げるためだったんだ。なんて弱いんだろう。自分のことしか考えていなかった――』

 

 アルベルトは何も知らなかったのだ。今までフェリシアを信じていたのに……

 きっと、アルベルトの心は離れてしまった――とてつもない怖れが、フェリシアに襲いかかる。





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