カミ様になる権利
クリスマスのイルミネーションで街中は、明るかった。
夜なのに明るい青いライトが、私は苦手だった。
目に直接刺さるような光だと感じていた。
忌々しいと。
クリスマスの雰囲気すらも嫌いだった。
街中が浮かれているのは気持ちが悪かった。
さらに、眩しいライトが目を焼いたと思ったら、体が浮いて、地面に叩き付けられていた。
自分の骨が砕ける音が聞こえた。
悲鳴を上げたかどうかは記憶にない。
車体に私の服が絡まって、逃げられなくて、そのまま引き摺られた。
どんどんと、身体が削られていく。
命も体温も正気も、人間としての尊敬も減っていく。
カーブに差し掛かったのか。
やっと、解放された。
走り去って行く車。
人通りの多い場所で投げ出された。
殆ど聞こえないが、人々が此方を指差したり、慌てた様子で此方を見ている。
前方の人と目が合った。
怯えているようだ。
(この人、何処かで……)
見覚えのある気がする人物だった。
これ以上苦痛を与えられる事はないという確信からか、苦痛がぶり返してきた。
痛い。
苦しい。
同時に怒りも。
なんで、誰も見てるだけで助けてくれないの?
群衆に向けて、手を伸ばした。
指が何本か欠損し、残った指は折れ曲がっていた。
群衆は、私を化け物を見るような目で見ていた。
=====
顔に何かが当たる。
くすぐったい。
とうに失った感覚が戻ってきている気がする。
息を吸い込むと、草の匂いがした。
くすぐったいのは、頬にこの草が当たっているせいか。
身体には、太陽の光が当たっているのだろう。
目を瞑っていても、明るいのが判る。
目を開けると、今まで見た事のないような美しい青空が広がっていた。
ビルなど遮る物は無かった。
雲の流れは速く、様々に形を変えている。
私は、だだっ広い草原に、一人で寝転んでいた。
手を確認する。
欠損も、折れ曲がった様子もなく、昨日塗ったグレーのマニキュアも綺麗なままだった。
痛みもない。
コートも、マフラーも熱く感じて、身体を起こす。
防寒着を脱いで、ワンピースの上に小さなショルダーだけを肩から掛ける。
気候は、春のようだった。
このまま、眠る事も続行出来そうだったが、いかんせん、此処がどこなのかがわからない。
天国とか、あの世とかという言葉がしっくりくる気がする。
「じゃあ、やっぱり、私は死んだのか」
ぽつりと、こぼす。
口にした事で実感が湧いた。
でないと、こんな訳のわからない場所に居る意味が解らない。
「そう、死んじゃったんだよね。
おねーさんは」
嫌に甘ったるい声が聞こえた。
誰の気配も感じなかったのに、目の前にはいつの間にか、少女が居た。
いや、少女に見えるだけで、何なのかはわからない。
だって、真っ白だ。
太腿辺りまである長い髪も、肌も、服も、真っ白だ。
こちらを見上げてくる、瞳は、血のように赤い。
にこにこではなく、にやにやと、少女らしきモノは笑う。
「アンタ、何?」
「何って、ひどーい。人を化け物みたいに言わないでよ。ワタシは、ミツカイ。カミ様のお使いだよ」
化け物との言葉に、どきりとする。
私は、あいつらと同じ事をしたのかと。
いや、待て。
いま、何かおかしな事を言われなかったか。
「ミツカイ?カミ様?」
「そうそう。ウチの世界、カミ様が死んじゃったんだよね。で、おねーさんがならない?」
「は??」
「……おねーさん、良い人生じゃなかったでショ?
周りに合わせたくもないけど、合わせた方が生き易い。
だから、合わせたのに、みーんな、馬鹿ばっかり。
でも、世の中は、馬鹿しか居ないから、そうするしか無かった……。
で、おねーさんの最期はああなっちゃった。
あの世界では、おねーさんは愛されてなかったから、弾かれちゃったんダヨ」
歯を食い縛る。
その通りの人生だった。
世界に愛されなかった。
だから、弾かれた。
その言い分に、しっくりときてしまった。
「だーから!
あの世界での、生まれ変わりを捨てて、このセカイのカミ様をやってみない?
どうせ、あの世界で生まれ変わっても、ずぅっと、一緒だヨ?
ずっと、弾かれて終わりだよ。
ずーっと、ネ?」
「……」
過去の出来事を思い返す。
アレを何度も繰り返して、毎日、馬鹿の相手をするのは、嫌だった。
そして、最期には、馬鹿の群衆に弾かれた。
化け物を見るような目で見て、誰も助けてはくれなかった。
それを、繰り返すのか??
「ね、どうする??」
マシだと思った。
「良いよ。カミ様とやらになってやろうじゃない」
「ふふ、じゃあ、決定だネ」
赤い目を、細めてミツカイが笑う。
酷く蠱惑的な表情であった。
=====
カミという、存在はミツカイと特定の者以外には見えないらしい。
私は、基本的に聖堂の中に居る。
だが、国中の何処にでも行く事が出来る。
そして、カミの御告げとして他人の頭の中に声を直接投げ掛ける事が出来た。
主に、私に傅く国王や王族達に。
彼らは、私の言う事を何でも聞いてくれた。
そして、彼らに傅く貴族。
貴族に傅く国民的が。
皆、非常に扱い易い、馬鹿達であった。
だいぶ、私が形を変えてしまったが、
東欧風の世界だ。
金の髪や、銀の髪の人々が多い。
しかも、見覚えがある。
私は、この物語を知っていた。
好きだった少女漫画だ。
作者のサイン会にも行った。
だが、残念ながら、その時の記憶は曖昧だ。
光の巫女と闇の巫女として産まれた双子の姉妹の愛憎劇が面白かった。
姉は光の属性魔術を高める為に溺愛され、
妹は闇の属性魔術を高める為に虐待された。
姉は、博愛主義で世間知らず。
妹は、排他主義で世の中を憎んでいた。
今、女王として君臨しているのは、闇の巫女だ。
彼女は、私と似ている。
そんな気がしていた。
彼女は、私に懐いている。
カミというより、まるで母親に懐く子供だ。
可愛い可愛い私の娘。
だが、少し国が傾いてきた。
処刑した光の巫女の信者達が、騒ぎ出しているのだ。
もっと、私の手直しが必要だ。
「カミ様、忙しそーネ」
「もちろん、もっと手直ししないと。
だって、私は、カミ様なんでしょう?」
私は鏡を見ながら、ミツカイに問い掛ける。
この世界に来て、美しい姿も手に入れた。
原作は、双子に無理強いをした元凶の神がラスボスで倒された。
だからこそ、ミツカイがカミが死んだと言ったのだ。
その神の姿に、劣らず美しい。
この姿を見るのが、ミツカイと闇の巫女のみというのは、惜しいが。
「そーだねー。
もっと、やってヨ。カミ様」
ミツカイは、にやりと、口を釣り上げる。
そして、私には最後の言葉は聞こえなかった。
「もっと、もっと、壊しちゃってよ。
再起不能になるくらいにね、ふふ」
=====
ある少女漫画家は、溜息を吐いた。
メンタルクリニックからの出口の自動扉がなかなか開かなかった。
やっと、開いたと思ったら、雪が降って来たのだ。
何故、こんなに寒いのかと、彼女は自分で肩を抱き締める。
最近、眠りも浅く、不眠が続いていた。
さらに、一番困っている事が、幻聴だ。
そのせいで、仕事もままならない。
一部で、ラスボスの神を光と闇の巫女姉妹が力を合わせて倒した所で終わったのだ。
だが、二部のプロットを組み、下書きを始めている時に、幻聴が聞こえだしたのだ。
しかも、何を言っているのか、全く聞き取れない。
そのせいか、頭の中にある世界は、プロットを無視して進み始めた。
元は、双子姉妹がぎくしゃくとしながらも姉妹としての関係性を喧嘩をしながらも深め合い、もっと信頼し合ってエピローグを迎えるはずだった。
けれど、双子姉妹が仲違いし、闇の巫女が権力を掌握して、光の巫女を処刑してしまった。
そして、彼女こそが新たな敵となってしまったのだ。
プロット通りに、どうしても描けないのだ。
何度、描き直しても、上手くいかない。
何故、自分の考えた物語なのにこんなに思い通りにいかないのか。
ただ、物語のキャラクターが暴走するという事は、たびたびある事だが、これは、そんなレベルではない。
頭の中に、誰か違う人間が居て、その人間が好き勝手に暴れている。
そんな形容が相応しいのだ。
メンタルクリニックで、相談しても、連載が一区切りつき、新たに描き始める際のストレスで不眠と幻聴が出ているのだろうと、大量の薬を処方された。
そのストレスは、確実にあるだろう。
それに、もう一つ、大きなストレスが思い当たった。
目が、合ったのだ。
クリスマスの前々日。
友達に誘われて出掛けた帰り、イルミネーション煌めく街中で、似つかわしく無い事件が起きた。
轢き逃げ事件。
轢かれたのは、大学生の女性。
こちらに手を伸ばしていた。
助けを求めていた。
けれど、どうしようもなかった。
友達が救急車を呼んだが、間に合わなかった。
その被害者と、目がはっきりと合ったのだ。
見覚えのある女性だった。
自己初となるサイン会に、彼女は居た。
女子大生は、漫画家に対して最初は、熱心にこの作品が好きだと力説してくれたのだ。
闇の巫女が特に好きだと。
けれど、女子大生のある言葉を漫画家は否定してしまった。
「貴女も、このクソみたいな世界が嫌いだから、闇の巫女に、世界を壊して欲しいから、漫画を描いているんですよね!?」
「え、い、いえ。
私は、一部と同じように、双子が苦難を乗り越えて、共に幸せになる世界を取り戻して欲しいと思って、漫画を描いています」
その時の、凍てついた目を忘れられない。
「は?
何?本気でそんな偽善者ぶった話、描こうとしてんの?
…………気持ち悪い、何も面白くない!
アンタも、つまんない馬鹿どもと一緒じゃない!!
こんな物を好きだって思ってた時間返してよ!」
女子大生は、警備員に取り押さえられて連れて行かれた。
怖かった。
【お前もそうなのか】
という、怒りが込められていた。
勝手な期待だ。
私の物語は、彼女の指図を受けられない。
受けてはいけないのだ。
他のファンも居るし、何より、私がそんな悲しい話を描きたくない。
なのに、偽善者と叫んだ彼女が、目の前で死んだのだ。
忘れられようが無かった。
もしかしたら、あの女子大生に取り憑かれているのかもしれないと、日々、漫画家は怯えている。
ふと、日が翳った。
粉雪が降る中、漫画家は顔を上げた。
粉雪のように、白い髪、白い肌、白い服。
瞳の色だけは、血のような色。
そして、背中には真っ黒な翼。
白い少女は、口の端を弓形に釣り上げる。
漫画家は、大量の薬が入った紙袋を取り落とし、在らん限りの声で絶叫した。
ミツカイの語尾がふらふらしてるのはわざとです。