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ラズーン 5  作者: segakiyui
1.『剣の伝説』(シグラトル)
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6

「……以前に、ガズラの湖で、1人の少女を助けただろう?」

『ああ……そなたの想い人だったな』

 一瞬からかうような声になったミネルバは、すぐに訝しげに尋ねてくる。

『それがどうかしたのか?』

「あのことをラフィンニに話せば、おそらく追放令は取り消されるだろう」

 アシャがイルファやレスファートの元に戻るように、ミネルバもまた、再び『泉の狩人』(オーミノ)に戻ることでユーノの側に居ることができる。

『何…?』

 アシャのことばに考え込んだように沈黙したミネルバは、やがて死の世界を思わせる声で呟いた。

『それでは……そうなのか。あの娘が…』

「そうだ、聖女王シグラトルだ」

『…剣を継ぐものだ…』

 どこか朧な声で応じたミネルバは、ふいにくつくつと低い声で嗤った。

『そなたは昔から頭が良い』

「ん?」

『追放令のことは悔いてはおらぬと言ったはず。が、それを知って持ちかけた情報の交換に、何を渡せというのか?』

 アシャは無言でにやりと笑った。自分の顔がふてぶてしいものになっているのは想像がつく。ユーノを想って純情一途な青年を演じ続けるには、アシャは自分の人の悪さを知り過ぎている。

『ほ…ほほっ……』

 窓の外でミネルバは楽しげに笑った。

『良かろう。聖女王シグラトルに『剣を継ぐ者』(シグラトル)と応じたのは、私が甘かった。そなたが知りたいのは、あの娘が名実ともに聖女王シグラトルになる時であろう?』

 アシャは応えない。

『3日後、ラフィンニが迎えに来よう』

 ミネルバは静かな声で続けた。

『剣もその時には、あの娘のものとなる。……アシャよ』

「うむ?」

『重い定めの娘に惚れたものだ』

「俺も今そう考えていた」

 『泉の狩人』(オーミノ)の運命を引き受けることを示す剣の継承。彼らの望む破滅を確かに導いてやってこその聖女王シグラトル

(そんなことを、あいつは望まない)

 だが、その願いを容れなければ、『泉の狩人』(オーミノ)は自らの破滅を導くために世界を滅ぼすことになる。

(どうすれば、あいつが少しでも楽になる?)

 ラズーンの未来を、『泉の狩人』(オーミノ)の希望を、その2つを背負うだけでも十分に厳しいのに、彼女の最も近しい人々が暮らすセレドの安寧を、ユーノは強く深く願っている。

(守るだけでは、難しい)

 ユーノが無事であるだけでは、彼女はいつか重圧に潰されるだろう。

(どうすればいい)

 あれ以上はもう傷つかせたくない。

(何をすればいい)

 あれ以上苦しませたくない。

(俺の手をいつも払いのけるあいつに、俺は何ができる)

 両手を伸ばし抱え込もうとしても、ユーノは『死の女神』(イラークトル)のお気に入り、一瞬の遅れであっという間に置き去られる。

『護る気か?』

「…っ」

 深い声で問いかけられて我に返る。

 護る。

「…ああ」

 そうか、ただそれだけのことか。

『楽ではないぞ。そなたは沈黙を誓っている』

「…そうだな」

 俺が俺がと考えるから身動きできなくなるのだ。アシャが守ることに拘るから、ユーノの動きを見逃し見過ごし、一歩が遅れるのだ。

「けれど、護りようが、あるはずだ」

 もっと視野を広げ、視点を変え、ユーノを取り囲む全ての因子を頭に叩き込んでいけば、或いは見つかるかも知れない、ユーノが傷つかず苦しまず哀しまず、ただのびのびと幸せに生きていける道が。

『…捜すのか、その方法を』

「捜す、捜して、見つけて、やり遂げる……アシャ・ラズーンの名にかけて」

 その瞬間、脳裏に閃いたユーノの笑顔に体が震えるような喜びが広がった。

『ふ…ふふ。ようやく、名にかけて誓いおったか』

 ミネルバが珍しく柔らかな含み笑いを響かせた。

『報われぬかも知れぬな、あの娘がそなたの保護を必要とするとは思えぬ』

「そう、だろうな」

 はっきり言い切られて忘れていた胸の疼きが戻る。

「それでも」

 ユーノは笑うかも知れない、幸福そうに、明るく。

「…それなら、いい、か」

『…これは当てられたものだ』

 ミネルバがなおも笑った。

 アシャが言い放った『護る』ということが、この先の戦乱を生き抜いていくことと同義、その修羅を思ったのだろう、ミネルバは厳かな声音になった。

『幸運を祈るには筋違い、そなたの武運を祈ってやろう』

 声が消え去ると同時に気配も消える。しばらく、その後も緊張を解かずに身構えていたアシャは、一つ大きな息をつくとごろりと寝転んだ。

「護る、か」

 あいつの側に居るためだけでも命が一体幾つ要るんだろうな。

「いっそ、もっと化物だったらよかったか」

 両手を差し上げ、闇の中で握り、また開いてみる。

 闇の草原、朽ちた遺跡、真に命を貪る魔性であれば、『運命』(リマイン)の血をも含んでいたならば、アシャはユーノを死ぬまで護り通せたのだろうか。やがてはミネルバと同じく、ユーノに狩られることになったとしても?

 甦った記憶にアシャはくしゃりと顔を歪ませた。

 両手で顔を覆う。

「……聞いてはいたが、初恋は、辛いな」

 皮肉な口調で呟き、歯を食いしばる。

「ユーノ…」

 俺を、俺の命を、欲してくれ。

 それは、遠い過去から響く傷みの声だった。


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