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セレド皇宮に、異国からのリボンを仕入れたという商人がやってきたことがあった。
入り乱れる様々な色の流れ、模様の乱舞、艶も織りも手触りも全部違う無数のリボン、商人の手から渡されたそれを、レアナとセアラがとっかえひっかえ試してみていた。
レアナの栗色の髪にはクリーム色はよく映えた。セアラの髪には甘いピンクか、濃い鮮やかな青が映りが良かった。
戸惑うユーノにも商人は当然のようにリボンを差し出した、どうぞ、お好きなものをお試し下さいませ、と。
だが、ユーノの、手入れの不十分で乾燥したばしばしの焦茶の髪に、クリーム色は白々として骨のように見えた。甘いピンクはとってつけたようで、濃い鮮やかな青は繊細な織が跳ね返る髪をまとめられなかった。緑の鳥達をあしらった模様は髪に埋もれて野原の草をくっつけたのかという有様、紫は道具を縛る帯留めに思えたし、赤に至っては幾種類もあった赤のどれ一つとして、流した血を思い出さぬ色はなく……。
(きまり悪かった…な…)
母の困惑、父の訝しげな顔、商人の仕方なさそうな愛想笑い、『なかなかお品が揃わなかったようでございますな、海の方に参りますと、多少は丈夫な紐も……おっと』。
(紐、ってのも、凄いよな…)
髪を飾るよりも、ユーノの髪をどうしたら縛り上げられるかと、商人は途中からそればかり思っていたのだろう。
どれほどいろいろなものを試しても似合わない自分、もちろん、商人の言うように品揃えを責めることもできるのだけど、だんだんそこに居るのが辛くて居たたまれなくなってきて。中座しようとしても、両親はせっかく来ておるのだし、そなたにも買ってやりたいのだと同意してくれなかった。
『何も欲しくないのか、そんなことはないだろう』『あちらのはどうです、もっと、ほら、あのリボンはどうかしら』
その側で、レアナとセアラは何本も自分に似合いのものを見つけて、どれにしようかと迷っている最中、リボンが似合わないことが悪いわけではないはずなのに、竦む心は、どうして自分ばかりこんなに出来損ないなのだとそればかりで。
『ユーノ、せっかくなのだから、自分で選ぶことも考えなくては』『迷うなら、何本も買っていいのですよ』
違うんだ。
何も似合わない、それがわかるばっかりなんだ。
どれを選んでも、どれだけ気に入ったリボンがあっても、それをつけた自分のみっともなさを、繰り返し鏡の中に見つけてしまう。自分だけではなく、両親や商人の、慰め顔や労りの口調に察してしまう、これではだめなのだ、と。
『かあ、さま』
とっさに手近の一本を手に取った。真っ白で艶やかな織で、確かの上物には違いない、けれど味も素っ気も無い、それを。
『私、これがいい』
『え、まあ』『それは…その』
口ごもる両親を商人が救う。
『お似合いですよ!』
安堵したような響きに押されるように、両親がほっとした笑顔になった。
『そう、ね。そういえば、よく似合っているわね』『気づかなかったぞ、お前にそんなに白いリボンが似合うとは!』
殊更な賛辞は、すぐ側のレアナとセアラの視線に崩れそうになる。え、だって、あれって、ただの、白い布じゃないの。あれなら、ほら、あの箱の中に、数十本もあるよね。
わかっている。ちゃんと見えている。このリボンが、飾るためのものではなく、他の色とりどりのリボンを絡めて留めるためのもので、無造作に箱の中に投げ入れられている数十本の一本にしか過ぎないことを。鏡の中で、額に当てて巻いてみせた自分の顔が、笑顔なのに、今にも泣きそうなのも。
だって、その姿は、ほんとうによく似合っているんだもの、何度も見慣れているんだもの、いつものように、包帯を巻いている姿、として。
白いリボンが似合う。
白いリボンしか、似合わない。
それでもはしゃいで見せた、ありがとう、とっても嬉しいよ、大事な時に使うね、と。
(結局、あのリボンは、すぐに使った、んだよな…)
数日後、カザドに狙われた。腕に掠り傷を負った。幸いに毒は仕込まれていなかった。だが、血の止まりが悪くて、生憎手元にあった長い布はそれだけだった。
本当は嫌だった、使いたくなかった、けれどそのままだと周囲を血で汚してしまうから、慌てて巻き締めて、気づく、布が血を吸ってくれないことに。
気持ちを堪えて締めた白いリボンの下から、真っ赤な毒液のように血が滴る。衣服で押さえるしかない、見つからないように衣服ごと処分するしかない、ぼろぼろ零れた涙を振り払いながら思っていた、何であんなに選んだんだろう、と。
(何選んでも同じだったじゃないか。結局、こうやって血に汚れて、捨てるんだから)
どんなに願っても、どんなに望んでも、全ては血に汚れて失うしかないのに、何を人並みに迷ったり選んだりしたんだろう。
(何色でも良かったんだ。何色選んでも同じだったんだ)
あんな想いをして、あそこに居なくても、そこまでして、何かを選ばなくても、さっさと適当に掴んで逃げ出してしまう方が、よっぽど楽だったんだ。
(私は、馬鹿だ)
脱いだ服を抱き締めて、嗤い続けていた、自分の愚かさを。