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「当然じゃないか」
美しい姫君は人殺しなぞしない。浴室に剣なぞ持ち込まない。怪物が現れれば悲鳴を上げてすがりつき、傷を受ければ痛みに涙を零し気を失う、たとえそこが戦場であっても。
誰が自分で身を守れる人間を助けようと思うだろう。そう言う人間は守るべき存在ではない、あえて言えば、隣で肩を並べて競うべき人間だ。
「うん、当然のことなんだ。アシャの野郎がああ言うからかいを向けたのは、ほんと腹が立つけどさ」
『…それぐらい元気があれば大丈夫だな』
にやりと笑ってみせるしたたかな顔。
あんな危険な任務を背負って、不安そうなユーノを前に、ああ言うふざけたやり方で元気付けてくれたのかもしれない。いつか考えたようにレアナに向けられない想いをユーノにぶつけたのではなくて。
『安心しろ。もう襲わんさ、二度と』
「…もう、二度と」
ああ言う距離に近づくことは、ない。
「…当然…だ…」
アシャこそ大変な想いをして敵地に向かうのに、罵られて顔を殴られて。
「………」
ちゃぷん、と膝を抱えて湯に沈む。
ごめん、アシャ。
そうだよな、まず何を言うかなんてはっきりしている。
お帰りなさい。無事で嬉しい。お疲れ様。それから、ごめんなさい、いつも子どもで、うまく応じられなくて。
「っよしっ」
ばしゃばしゃと湯を掬って顔を洗い、頭から浴び、わしゃわしゃ身体をこすって一気に湯から上がる。
「しっかりしろ、ユーノ!」
声を出して叱りつけ、浴室から出た。
「…で、私が着るのはこれ、と」
この前の、様々なドレスが揃えられた小部屋で、ドレスに背を向け、鏡の近くに重ねられた薄青の長衣、ズボン、紺の短衣などにしゃがみ込む。少年向きの礼装用をミダス公に頼んで揃えてもらった。
「身体を拭いて、髪乾かして」
ごしごしと布で身体をこすり、下着もつけないまま髪を拭きにかかる。ちらりと鏡の中に視線を投げ、口を強く結んで向き直り、自分の裸身を睨みつけた。
「覚えておくんだ、ユーノ」
低く呟く。
「これがお前、セレドの第二皇女、ラズーンの正統後継者候補、ユーノ・セレディス。これが他の誰でもない、私自身なんだから、ばかな後悔なんか、絶対するなよ」
(するものか)
響くように、胸の内側で声が応じた。
するものか。後悔など、ただの一瞬だってするものか。この道を選んだのは自分、ここまで生きて来たのは自分、たとえ、この先にどんな果てが待っていようと、一瞬だって振り返るものか。
(たじろぐな。ユーノ・セレディスの名にかけて)
長衣をまとい、腰のところで紐を結ぶ、ズボンを押さえつけるようにしっかりと。その上から短上衣を羽織り、首のところ、胸元2ヶ所、腰の4ヶ所で銀の飾り紐を結ぶ。両方の袖の手首も同じような飾り紐で巻き、小さな銀の留め金にかけて留める。
鏡の中には1人の少年がいる。蒼の礼服、肩に触れるか触れないほどの焦茶の髪、額に透き通った『聖なる輪』(リーソン)、腰には『泉の狩人』(オーミノ)から渡された剣を下げている。
に、と不敵な笑みを浮かべた。
(よし、行け)
屋敷が不意にざわめきを増したようだ。ぱたぱたと駆けてくる軽い足音、レスファートの嬉しそうな声が聞こえる。
「ユーノ!! アシャ、帰ってきたよぉ!!」
「今行く!」
ユーノは顔を振り上げ、身を翻した。




