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ラズーン 5  作者: segakiyui
9.『西の姫君』

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119/131

10

「う…うっ」

 ギャティは思わず目を閉じて唸った。足が震える。瞼の裏の闇に、今見てしまった光景が刻み込まれる。

 ピチャピチャと濡れた舌が鳴る音がした。恐ろしく巨大な肉食獣が獲物を飲み込みながら立てる咀嚼音もする。

 もう見なくてもわかる。ずれ込んだカルキュイの顔が、肉から剥ぎ取られた生皮の面が、鼻から頬、目から眉、額へとあの口に吸い込まれ、喰われていっているのだ。

 ぐうっと黄水が胃の腑から押し上げられて来るのを、ギャティは必死に飲み下した。脂汗が額から流れ落ちる。立っている足元が頼りなく鳴る。もう駄目だ、と観念した瞬間、それまで聞こえていた音とは全く違う音が響いた。同時に、ぞっとするほど冷ややかな声が届く。

「つまらん見世物興行だな」

(アシャ?!)

 はっとしてギャティは目を開けて振り返った。

 戸口にほとんど肉塊と化したカルキュイの頭部がある。蕩けた眼球1個は眼窩に収まっていたが、もう1個はぱかりと開けい口の中に残っている。

 だが、その口はもう動いてはいなかった。右から左、頬から頬へと刺し貫かれた長剣と、頭の中心から顎の下まで突き立てられた長剣、二振りの銀の光に固定され、もはやどうにも動けなくなっていた。だらんとした下顎、引き裂かれた唇も垂れ下がり、隅から血泡の混じった粘りつくような黒っぽい液体が滴滴と落ち続けている。

 その右側に1人、この状況にあまりにも不似合いな男が立っていた。

 女と言っても通るほどの優しげな顔立ち、紅の唇が濡れた光を跳ね、滑らかな頬も通った鼻筋も、美の神々がよほど技を凝らし材を選りすぐったのだろう。けぶる長い睫毛の下に深く澄んだ紫の瞳、娘の花嫁衣装まがいの薄物の下、しなやかな肢体は腰布が透けて見える妖しさ……だが、他のどんな要素がどれほど甘い夢を見せようとも、その手が握った二振りの長剣が、かつてカルキュイであったものの口を銀十字に貫き通していることで、この男がまぎれもない戦士、それも魔物(パルーク)並みの豪胆さを備えた歴戦の勇士であることを証明していた。

「ア…シャ…」

「大丈夫か?」

 ふいとこちらに向けた瞳は、光の加減か、わずかに赤みを帯びた。カルキュイは、と尋ねかけたギャティは、アシャが長剣から手を離しても身動きしない相手に、その死を悟った。

 我に返れば、どこか奇妙な臭いが鼻を突く。ぎょっとして見つめたカルキュイの、長剣に串刺しにされた部分がぶすぶすと、薄青い煙を立てて燻っている。どんな技を使ったのかは想像もつかないが、聞こえた音は一撃だけ、おそらくは、瞬間に絶命したのだろう。

「『西の姫君』、アリオ姫だな」

 アシャの後ろから顔を覗かせた人物が確認した。その人物の意外さに、またもやギャティは呆気にとられた。

「シートス…シートス・ツェイトス……野戦部隊(シーガリオン)のあなたがどうして…」

「何を言う」

 シートスは厳しく眉を跳ね上げて見せた。

「お前達の人使いの荒い主に呼び出されたんだぞ、『泥土』へ行け、とな」

「あ…」

 気が付いて、ギャテイは思わず声を上げた。

 確かに、泥獣(ガルシオン)の唯一の天敵は平原竜(タロ)だと言われている。きれい好きな平原竜(タロ)が『泥土』に踏み込むなどとは考えられないが、なるほど野戦部隊(シーガリオン)の面々なら、容易く平原竜(タロ)を御せるだろう。

「まあ、実際には、ほとんど助けは必要なかったが、な」

 シートスはアシャに聞かせるように横目で相手を眺めた。いつもなら軽口に応じるはずのアシャが珍しく取り合わず、『氷のアシャ』にふさわしく淡々と命じる。

「シートス、グードス達を休ませてやってくれ。アリオも、だ。それに、ギャティ…」

「あ、ぼくは大丈夫、で…」

 言いかけて、ギャティは視界を失った。薄暗い闇を振り払おうとしたが振り払えず、そのままがくりと膝をつく。

「ギャティ!」

 駆け寄り自分を抱きとめてくれたアシャ、一瞬違和感を覚えて眉を寄せる。

(あれ? アシャ様の体……光ってないか…?)

 だが、それ以上は考えられずに、ギャティは意識を失っていた。


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