スーパー家政婦・シンデレラ
シンデレラは、高貴な身分で有り、誰もが認める美貌を持った女性でした。しかし母を早くに亡くし、娘のためにと再婚した父も病気で亡くなってしまいます。それから、シンデレラは底意地の悪い継母と二人の義理の姉と暮らすことになりました。3人はシンデレラの美貌を妬み、継母の屋敷で日々雑用を押しつける生活を送っていました。
最初は両親が亡くなったことを悲しんでいたシンデレラですが、ある日、掃除の楽しさに目覚めました。最初は家事のやり方が分からずに失敗し、継母や義理の姉にバカにされたシンデレラも、段々とやり方を覚えるようになると、いかに効率よく合理的に、そして美しく仕上げるかに一種の快楽を覚えるようになっていったのです。
掃除の技術はみるみるうちに上達していきました。窓ガラスや鏡には曇り一つなく、床や置物の上にも埃一つ残しません。玄関の靴は綺麗に並べられ、浴室やお手洗いも汚れを全て取り除きました。洗ったお皿にも水滴を一滴も残さず磨き上げ、洗濯物やベッドメイキングも皺一つなく完璧にこなします。そして、常に花瓶には美しい花が生けられました。掃除の時間もどんどんと短縮できるようになり、普通の使用人の1/3程度の時間でできるようになりました。やがて継母の屋敷はいつも綺麗だと街で評判になっていきました。
高貴な身分ということにとらわれずに掃除にひたすら没頭するシンデレラに、最初は奇異の眼差しを向けていた継母や義理の姉も、自分の屋敷が褒められるようになると掃除の面に関してはシンデレラに一目置くようになりました。
彼女は朝早く起きて夜遅くまで楽しそうに掃除をします。継母や義理の姉から無理難題を押しつけられても、決して断りません。もはや彼女は貴族の娘ではなく、「スーパー家政婦」になっていました。そしてシンデレラの評判はたちまち街中に広まり、ぜひ自分の家も掃除して欲しいという依頼が継母に来るようになりましたが、意地悪な継母はシンデレラを決して外に出そうとはしませんでした。
ある日、シンデレラたちが暮らす国で王子様が舞踏会を催すという知らせが届きました。継母や義理の姉はけばけばしく着飾って出かけていこうとしますが、シンデレラは舞踏会には全く興味がありません。この屋敷を明日もどうやって美しく磨こうかしら、そんな風に考えるほど、シンデレラの脳内は掃除や家事のことで頭がいっぱいだったのです。
そんなシンデレラを義理の姉はあざ笑い、かわいそうとさえ言いました。しかし、シンデレラにはその言葉の意味が理解できませんでした。なぜなら毎日退屈そうにお茶を飲んだり誰かの悪口を言ったり、暇を持て余している義理の姉の方がよっぽど哀れで、しかも容姿に不釣り合いなドレスがシンデレラには可笑しく思えたからです。
義理の姉たちと義母を見送ると、シンデレラは自分の室内履きがすれて破れかけていることに気付きました。屋根裏の部屋で裁縫しようかしら、と思っていると屋敷の扉をたたく音がしました。
シンデレラは来客があっても開けてはいけないと継母から言いつけられていましたが、今は誰も居ません。急ぎの用事だと困ると思い、おそるおそる扉を開けると、そこには杖を持った魔法使いのようなふくよかな仙女が立っていました。
「シンデレラ、あなたは一体何をしているの?」
仙女が心配そうにシンデレラの顔をのぞき込みますが、シンデレラは仙女が誰か知りません。
「あの、どちらさまでしょうか…」
とシンデレラが問うと、仙女はあきれたように肩をすくめて、
「あなた、これから舞踏会に行くのよ!」と言いました。
しかし、シンデレラは首を横に振り、
「いえ、私は舞踏会には興味がありません。王子様とダンスするよりも、お掃除をする方がよっぽど楽しいですから…」と答えます。
「舞踏会に行けばあなたはその美貌で必ず王子様の心を掴み、一国の王女になることができるかのしれないのよ!」
あまり乗り気の様子を見せないシンデレラに仙女は驚きを隠せず、声をうわずらせて言いました。
「王子様と一緒になったら、きっとお掃除ができなくなってしまいます。それでは、私の楽しみがなくなってしまいますわ」
シンデレラがあまりにも楽しそうに瞳を輝かせて話すので、仙女はそれ以上何も言うことができませんでした。
「…あらあら、このシンデレラは他のシンデレラと違った、少し変わった子なのね」
と言い、仙女はシンデレラを説得するのを諦め、そのまま姿を消して居なくなってしまいました。
「あの方、一体どうしたのかしら」
目の前で突然姿を消した仙女に一瞬目を丸くしましたが、そのまま扉を閉じて屋根裏部屋へと戻っていきました。
翌日、義理の姉たちは昨日の舞踏会がいかに楽しく、そして王子様が格好良かったかをシンデレラに何度も聞こえるように自慢しました。シンデレラはその様子を聞き流しながら、窓拭きを一生懸命やっています。
すると、玄関をたたく音がしました。義理の姉の一人が来訪者の様子を見に行こうと玄関まで出迎えると、そこには昨晩舞踏会に居た王子様の側近の執事が立っていたのです。
義理の姉は驚き、唇に手のひらを当てて後ずさりしました。そしてすぐに、自分か姉のどちらかがきっと王子様に見初められて呼ばれに来たのだと、胸を高鳴らせました。
「突然の訪問で申し訳ございません。奥様はいらっしゃいますでしょうか」
執事はうやうやしく頭を下げました。義理の姉は同じく頭を下げ、うわずった声で「しばらくお待ちください」と言って小走りで母親を呼びに行きました。
義理の姉の知らせを聞いた継母は玄関まで飛んでいき、そして中へと招き入れました。応接室に通し、シンデレラにこっそりと紅茶を入れるように指図をしました。
シンデレラは来客をもてなすために、精一杯美味しい紅茶を作りました。湯を沸かし、ポットに茶葉を入れ、コップを温め、ポットにお湯を注いで蒸らし、均等に紅茶が行き渡るように濃さを調節しました。もちろん、持って行く役目はシンデレラではなく、義理の姉です。
もてなされた執事は、その紅茶の美味しさに驚きました。
「ああ、とても美味しい紅茶ですね。一体どなたが入れたのでしょう」
そう言うと、継母はとっさに紅茶を運んできた義理の姉の一人を指さしました。
「この娘でございますわ。とても紅茶を入れるのが上手なんですの」
しかし、この執事は中々に鋭い洞察眼を持っています。あまり品の良さそうに見えないこの娘に、果たしてこれほど美味しい紅茶が入れられるものなのか疑問に思いました。さらに、ちらりと、薄汚れた格好の娘が居るのを見ていたのです。
「そうですか、美味しい紅茶をありがとうございます。…ところで」
と、執事は話を切り出しました。継母も、義理の姉の二人も、心臓の高鳴りは最高潮まで達しています。どちらが王子様に選ばれるのか、と。
「…実は、私の宮殿で、一人女性使用人の欠員が出てしまいましてね。この屋敷にはとても優れた使用人が居ると、噂で聞いたのですが、ぜひ、その使用人に我が宮殿で働いていただけないかと思い、やってきました」
継母と義理の姉二人は、執事の思いがけない発言に絶句し、しばらく言葉を返すことができませんでした。やっと言葉を絞り出せたのは、「…え…?」という言葉だけでした。
「もちろん、ただ働きでとは申しません。相応の給与を使用人と奥様にはお支払いさせていただきます。それ故、ぜひ、その使用人に会わせていただけないでしょうか」
継母は当てが外れたあげく、自分たちが小馬鹿にしていたシンデレラを使用人という形で宮殿に招き入れる誘いがきたことに頭の中が真っ白になってしまいました。
「…お母様、お母様」
継母の異変に気付いた義理の姉の一人がこっそりと継母の肩を揺らします。我に返った継母は、
「その使用人はもう解雇いたしました。私たちのお金を持ち逃げしたものですから」
ととっさに嘘をつきました。
執事は眉をひそめ、「本当ですか?」と問いました。思いのほか眼力が強い執事にたじろいだ継母ですが、シンデレラを宮殿によこすわけには行かないと「もちろんですわ」と継母は答えます。
しかし、応接室の傍でこっそりと話を聞いていたシンデレラは、この継母の発言がどうしても許せませんでした。自分は誇りを持って掃除をしてきたのに、居なかったことにされることに納得がいかなかったのです。王子様には関心がありませんでしたが、一生懸命やってきたことをなかったことにされるのは我慢なりませんでした。
そこてシンデレラは、応接室の扉を開け、「私が使用人です!」と答えました。
継母も、義理の姉も、執事も、皆驚いて扉の方を振り返りました。
その時のシンデレラの服装は決して綺麗とは言えませんでした。それこそ薄汚れた格好でしたが、すり切れた履き物や少し荒れた手、そして真剣な眼差しに、執事には間違いなくこの娘が使用人だと直感しました。
継母は慌てて執事に「この子はちょっとした心の病気で…」と言いかけましたが、執事はその言葉を遮り、そして立ち上がってシンデレラの前まで歩いていきました。
「ええ、間違いなくこの娘が使用人でしょう。君の名前はなんと?」
「シンデレラです」
「そうか、シンデレラ、ぜひ、宮殿であなたのその腕をふるってください」と言い、そっと肩をたたきました。
「はい!ありがとうございます!」
シンデレラはもっと大きなところで働けることが心底嬉しく、そして掃除がますます楽しみになりました。二人の様子に、継母と義理の姉はあっけにとられた様子で眺めていました。
それからの話はと言うと、シンデレラは宮殿に使用人として仕え、その腕前を存分にふるいました。周りの使用人も驚くほどで、シンデレラは一躍使用人の中でも一目置かれる存在となりました。
さらに幸運なことに、シンデレラの美貌が王子の目に留まりました。舞踏会で素敵な女性に恵まれなかった王子は悩んでいましたが、新しい使用人の噂を聞きつけ、こっそりその様子を見に行くと、その使用人があまりにも美しかったので、一目惚れしてしまったのです。
シンデレラは最初王子の求愛に戸惑いました。周囲からも使用人と結婚するのは身分が違いすぎると反対されましたが、後に彼女が高貴な身分だったと言うことが分かると、誰も反対するものは居ませんでした。さらに、王子は大変に寛大な心を持っており、たとえ結婚しても掃除をしても構わない、とシンデレラに言ったのです。
それから二人は結婚し、シンデレラは使用人を監督する立場として、宮殿をいつでも綺麗な状態にできるようにし、後にめでたく子どもも授かったのでした。
めでたし、めでたし。
お読みいただき、ありがとうございました。
勢いで一気に書いてしまったので、誤字脱字があったら申し訳ありません。こっそり修正しておきます。
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