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三月三日 丁丑 戌二刻
「季満や」
手燭の向こうの小柄な背に向かって、道説はなるべく親しげに聞こえるように声をかけた。
まるで壁のように鬱蒼と生い立つ、檜の木叢を左手に、道説、長恭、季満、ついでに尾筒丸の四者は、三条大路を東へと歩んでいる。明るいうちに通ったならば、あるいは木間を縫って神泉の禁苑が垣間見られたかもしれなかったが、夜闇のうちにあってはそんな趣も期待できそうにない。
見上げれば、夜空に秀でた樹頭の端々が、昏雲にうかぶ三日月を千々に切り刻んでいる。あたかも頭上に掲げた十指のあいだに、それを見るかのように。
(あるいは百鬼夜行とは、かくのごときもののことなのだろうか。この両手をあげた巨人が立ち並ぶかのようなさまが、夜道をゆく人びとをして、人外化生だなどと誤解せしめるのであろうか)
季満のいらえがなかったので、道説は檜のような長身を傾がせて、ふとそんなことを考えていた。
(あの羅城門の鬼。佑の言うことだ、なにやら不思議のことわりで動いていたのであろうが……)
面妖ではある。あるが、やはり彼には今ひとつ胃の腑に落ちてこないものがあった。いや、落ちてくるものがなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。
(畢竟、あれは人であったし、斬れば動かなくなった。残った死体にツノが生えているわけでもなし。……こういう乾いた、即物的な考えに落ち着くおれは、やはりどこかおかしいのであろうか)
大宮大路は芥川に差し掛かるころには、彼は緩やかな鬱に入っていた。例の学のなさからくる反省に加えて、鬼と対峙したあの経験から自らに突きつけられた、彼が内心あがめる「精神的」と信ずるものごとへの無感動。巷間あやしおそろしと言われていることどもに、皆とひとしい感情を抱けないことに――突き詰めて言えば、周りの人間と比べてずれていることに、道説は言いようのない情けなさを感じるのであった。自らの余人に秀でた体躯でさえ、その例には漏れなかった。
「季満や」
一段、優しい声をかける。手をつないだ尾筒丸がちらと振り返っただけで、やはりいらえはなかった。
「土師法師! 妙法先生がお呼びだ」
即座に背後の長恭が大声をあげた。道説愛用の檀の大弓を弓手に担ぎ、季満になかば無理矢理押しつけられた頭陀袋を馬手に持ち、あまつさえ背にぎっしりと征矢の収まったやなぐいを負い、その顔は闇の中でさえそうと知れるほどに不機嫌である。前を歩いていた三者は一緒になって飛び上がった。
「な、なんやなんや。これはおれのや、やらへんえ」
見れば、季満と尾筒丸はなにか食べているようであった。こちらを向いたなり、かすかになにかを咀嚼する音が聞こえてくる。自分はこいつの夕餉の時間も奪ってしまったのだと、道説はさらに心を暗くした。
「すまぬなあ、食を採る時間もなかったのだなあ。尾筒丸も相すまぬなあ……」
なかなか鬱の晴れぬ道説は沈んだ声を出して、盛大に季満を気味悪がらせた。尾筒丸は慰めのつもりか、手に持っていたなにかを道説に差し出した。
「……なんや、気色わるいえ、道説。さっきのならもう怒ってへんし」
数刻前、道説は虚言を弄した季満を戒めるため、「ちょっと小突いて」いた。季満は「あたまにヒビはいった!」だのとひとしきりのたうち回ったものだが、無論みずから招いたことなので、その後とくに腐る様子も見せていない。歯のちびた足駄を引きずりながら、暢気に鼻歌など歌っているさまからは、緊張の一片すら窺えなかった。かかる大事を控えて、まるで遊山にでも出かけるかのような落ち着きぶりである。
「季満や、ひとつ聞きたいのだが」尾筒丸から頂戴したなにかを口に含んでみる。それは干した果実かなにかのようだった。「その……なんだ、術とか呪とかいう類のものはだな、なにかこう、特別な知識なぞがいるのであろうか。――いや、いるに決まっておるではないか。ええ、つまらんことを聞いた」
後半しどろもどろになって、道説は投げかけた質問を勝手に完結した。いきおい情けなさはいや増した。
「さあ、あったほうがええやろが、なくても別にええやろ、使えりゃあ」
この季満の深遠なひと言に危機感を抱いたものか、長恭がやや性急に、
「土師法師、確認しておくが、この依頼を受けたは見込みあってのことなのであろうな。妙法先生のお手前だ、このようなことは言いたくはないが、わたしはお前に全幅の信頼を寄せてなどいない。――まして今のごとき発言を聞けば尚更だ」
ひと息にまくしたてた。季満はそれを聞いても、特に気分を害するそぶりは見せず、振り返ってにっと笑うだけであった。
「二人とも、しろうとはんやな。こんな仕事はな、その気ィになったら道説でもできるえ」
言われた二人は、同時に「なに!」とわめいた。無論、両者の意味合いはそれぞれ違ったのだが。
「馬鹿にするな。なにも知らぬおれでも、陰陽道なるものがさよう簡単なものではないことくらい、聞き及んでおる」
きっぱり言い切ったあとで、ひょっとすると季満は自分を慰めてくれたのであろうかと考え直し、道説はあわてて「いや、そう言うてくれるのはありがたいが」と付け加えた。
「陰陽道ゆうのんは、白いもんを黒いゆうたり、黒いもんを白いゆうたりすることや。簡単やろ」
はたして、道説と長恭は闇の中で顔を見合わせた。お互い、どのような顔をしあっているかは手に取るようにわかる。ここへ来てようやく、道説は季満の能力に対する疑念に遭遇していた。
「……あ、疑ごうとるなあ。よしよし、ほならおれが特別に、お前らしろうとはんに術のイロハ教えたろ」
「……妙法先生、本っ当に、これで、大丈夫なのでしょうか」
「しっ、もう後には退けぬ。――うむ、頼む」
「あほ」
「なに?」
「トンチキ」
「…………」
「生不動」
道説がふたたび「ちょっと小突こう」と拳を握りしめると、季満は尾筒丸を盾にあわてて後退った。
「待った待った! ほうら効いたやろ、おれの術は――」
季満の弁解は、本日三発目の拳骨によって遮られた。
堀川院――それは隣と合わせて一保四町もの敷地を専有する、古今未曾有の大豪邸であった。
いつ途切れるかもわからぬ長大な築地塀は、道説のごとき巨人が伸び上がっても、手の届かぬほどの丈がある。犬行の幅もこのあたりだけは特別製のようで、四人がめいめい手をつないで並んでも余るほどの広さがあった。
洞々たる堀川の流れに、寂光はなつ三日月の姿がおぼめいている。上巳の月の似姿を背にして、四者はそれぞれの思惑のうちに、口を半開きにして立ち尽くしていた。眼前には篝の明かりに照らされて暗夜に聳える、大仏刹のごとき八脚門が大口をあけている。
その奥に競って群れ建つ花閣。内裏もかくやと思われるその壮麗。
(ううむ……言葉もない。これほどの巨大な邸宅を、一体なんのためにこしらえたというのであろう。大臣は家の中で道にお迷いになられたりせぬのであろうか)
(堀川院! 入るのは初めてだ、さすがに緊張してくる。――文武百官の頂におわす、太政大臣がお暮らしになるにふさわしき、なんという希有壮大なる御殿よ)
(いった……今度こそあたまにヒビ入ったか思たわ。血ィ出てへんやろな……)
(…………)
ややあって、長恭の話を取り次いだ舎人が戻ってくる。
「御前は只今、隣の私邸におわしますので、どうぞそちらへ向かわれますよう」
心持ちうなだれた長恭の代わりに、道説がいらえる。
「あ、さようか。――隣というのはどちらであろうか」
「この屋敷の向こうがわの」舎人は八脚門の向こうを指さし、「油小路を挟んで隣のお屋敷にございます」
「さようか。――そのお屋敷も大きゅうござろうな」
「はい、大きゅうございます。とても」
なんとなくうんざりとした道説の口に、妙に若い舎人はにこやかに返した。
「皆、ここではないそうだ、いま少し歩かねば」
「道説、尾筒丸が足いたいゆうとる。負ぶったってくれへん?」
「……それ、負ぶされ、尾筒丸」
名残惜しげな様子の長恭をしんがりに、一行は堀川小路を来た道のまま上り、二条大路を折れて堀川院を迂回した。右手側の長大な塀は一向に途切れず、石灰質の白っぽい塗壁が、三日月の仄明りをおぼろに反射して、自ら発光しているかのようである。その頭上を飾る、八弁花をあしらった無数の軒丸瓦だけでも、道説ごときの禄ではほんの側辺を用立てることすら適うまい。
(宿る軒もなく路傍におろくをさらす人々もいれば、このような家宅に起き伏しする人もいる。住む世界が違えば、けだし住む家も違うのであろうが……)
釈然としないものを胸に、道説は油小路を曲がった。
「いやあ……真っ暗やな。ここ」
季満のうそ寒げな声がする。左右を背の高い塀に固められたその小路は、確かに暗い。九条の湿気ったような暗さとは性質の異なる、清潔で無臭の、乾いた暗黒がそこに伸び開けていた。
(ここには貧しさがない。あれほどに京を席巻する、あのひとの臭いが)
堀川院とは似ても似つかぬ、簡素な棟門で道説たちを迎えた男は、自らを藤原佐世と名乗った。大臣の家の家司であるという。
「御前は騒がしゅうされるのがお嫌いじゃによって、私語は屹度つつしんでいただく」
季満たちの名乗らぬうちに、佐世は高慢ちきにそう言うと、そのままきびすを返して中に入っていってしまう。四人は声を出す機会を逸したまま、仕方なしに家司の背を追った。
(な、なんや、こら……)
敷地内に一歩ふみ入れるなり、季満は絶句した。前に垣間見た堀川院に比する、さぞやきらきらしい御殿が立ち並ぶものと思えば、門口をくぐった先にあったものは、
「なんという諧謔……」
長恭の呆けたような呟きが聞こえる。
夜目にもあきらかな、そこは深閑たる森であった。――少なくとも、季満には森にしか見えなかった。
本来なにがしかの建物が建っていてしかるべき空間は、すべて丈のまばらな檜葉やら杉やらの樹木が乱立しているか、さもなければどこから拾ってきたものか、身の丈ほどもあろうかという奇岩怪石が、苔のむすまま無造作に転がっていたりするのである。
振り返ってよくよく眼をこらせば、それらを囲む築地塀も異常を極めた。丈も高いが、厚さは尋常のものの三倍は下るまい。なにもかもが冗談のような佇まいであった。
(わからん、金持ちのすることはようわからん……)
檜葉の芳しい薫りを吸い込めば、知らずおのれが山奥にでも迷い込んだような気さえしてくる。太政大臣というひとの人となりを推察するには、この判断材料はいささか衝撃的に過ぎた。
「御前ご腐心の槙林じゃ。先に堀川院を見たものはみな一様に、そうして肝を消しおるわ」
蛇行気味に配された甃を律儀に踏んで、先に立って歩く佐世がちょっと得意げな声を出した。
「護法の依頼ありとは申せ、この御前の槙林に足を踏み入れるは名誉のことぞ。前に卒せられた在中将や河原大臣などは、ことのほかこの景色を嘉せられての。風雅の名声世にたかき名士は、けだしものの良さというものがわかるものじゃで、せんだってなどは聖上が行幸なされるという、まことめでたき――」
私語はつつしめなどと言っておきながら、先導する佐世の自慢話は声高に続いた。もっともこの深々たる森の中にあっては、佐世の文人質の声など出す端から樹間のうちに消えていくのであるが。
「それ長恭どの、在中将がその甃を踏んだやもしれぬぞ」
「……妙法先生、私語は屹度つつしまれませ」
道説が冷やかすような声をあげると、長恭はつんと顔を背けて、わざわざ示された甃を避けて通った。
「なんやよっちゃん、あんな女たらしが好きなんか」
「よっ……!」
長恭が絶句する。
「この長恭どのはの、かねてより在原業平卿に私淑しておってな。聞くところによれば、彼の御方の卒せられた折などはもう――」
「静かに! 御前はもうお休みかもしれぬのじゃぞ、私語はつつしまっしゃい!」
にわかに雄弁になった道説を、佐世がそう言って遮った。最前から静かにしろと言っておきながら、その実だれよりも大きな声を出していることに、どうも彼自身は気付いていないようであった。私語を咎めるというよりは、自分の話に耳を傾けないことに腹を立てたようであるらしく、はたしてそのように言い放った舌の根も乾かぬうちに、
「河原大臣などはの、この洛中に忽然と現れた山居のごとき妙趣に、いたく対抗心を燃やされての。それ、左京六条は河原院などは、あれはその最たるものよな。わざわざ海から水に草に運んできて塩を焼いて「陸奥の眺望こそ風情」だなどと、出し惜しみせぬのはよきことじゃがの、風雅というものは金をかければよいなどというものでは――」
長広舌はじきに再開された。
棟門より続いてぐねぐねとのたうつ甃は、できるだけ長く森の中を散歩させる意図があるのか、わざと遠回りするように配されているらしかった。一行は佐世の長話を右から左へ流しつつ、敷地内をさんざめき歩き回ったあげく、おそらくは敷地の中ほどに広がる、一泓の池のほとりに至った。
「ううむ……坊令泣かせよな」
道説が唸った。池に湛えられたゆたかな水は、東側の築地塀に切られた暗渠より流れてきていた。大胆にも西洞院川の流れを強引に引き込んだもののようで、細い川が池の南端からもう一筋、築地塀に伸びているのは、小路から奪った流れを返すためのものらしい。流れ水の絶えた区画は塵芥によって、さだめし猖獗を極めていることだろう。
「これが大臣の、お家、どすか」
その池になかば乗り出すようにして、大臣の屋敷はあった。
「なんやその……えろう、細い、どすな」
月明かりの弱いのに加えて、敷地中に植わった樹木がいちだんと闇を濃くしているのだが、その眼の利かない中にあってさえ、屋敷の小ささ、ささやかさは明らかであった。
屋根が檜皮で葺いてあるのは、檜葉の木叢を見渡せば不自然はない。が、貴族の寝殿がおしなべてそうであるような入真屋ではなく、建物はすべて木訥な真屋造りで構成されており、母屋の端に対屋がひとつだけついているほかは、雑舎がひとつと唐風の四阿がひとつ、屋敷の伸ばした隻腕のごとき釣殿が池中に臨むのみである。
華美を極める堀川院とまこと対照的な、それはあまりにもささやかな屋敷であった。
「大なるものが、輝くものがよいとは限らぬのよ。――そこもとのごとき若輩にはまだわからぬのかの」
佐世は訳知り顔で嘯くと、さっさと対屋のほうへ歩き去ってしまった。正面の母屋には、塗りのない、白木の地の剥き出した五級階が設えられ、そのかたわらにぽつんと植えられた一本の紅梅の若木が、彩りの薄い景色のなかにあって、文字通りの紅一点を供している。行きずりにそのような光景を垣間見れば、芸術などの方面にはとんと貧しい季満でさえ、なんとはない趣を感じるような気がしてくるのであった。
一行は対屋の孫庇で履物を脱ぎ、やたらと体格のよい舎人に庇のうちへ招じ入れられ、板の間で椿餅と白糟酒を持てなされた。佐世は屋内に入ったきり姿を見せず、舎人も無言のうちに饗応を終え、灯台に油を足すと、「ここでお待ちを」と一礼して、母屋に続く透渡殿へと消えていってしまう。
「食べてもええのんかな。ええよな。出されたもんな」
「……む、頂け」
四人だけになると、道説に形ばかり許しを得て、季満はさっそく供された椿餅に躍りかかった。
「甘……」
ほのかな甘味のあるのは、甘葛の煎じ汁かなにかが練り込まれているのであろう。粗食に慣れきった季満の貧しい舌にとって、それは例えようもない美味に感ぜられた。
「甘いなあ、甘いなあ。――もうのうなったなあ」
そうしてたちまちおのれの分を食らってしまうと、今度は物欲しげに道説の餅を見やるのであった。隣には尾筒丸がやはり同様の手続きを経て、大男の手元を凝視している。
「…………」
道説は無言で餅を二つに割り、二人に分け与えた。
「驚きました……大臣の私邸がかほどのものであったとは」
道説の杯へ瓶子を傾けながら、長恭は呆けたような顔をしている。この屋の「妙趣」とやらに余程の衝撃を受けたものか、青年の目は最前からうろうろと游いでいた。
「前の御殿も、ここも、おれがごとき小身には居心地が悪い。このような屋に住もうておったら食も喉を通らぬ」
大男は深呼吸と長大息の綯い交ぜになったような息をついた。庇の半蔀が開け放たれているために、辺りには屋外となんら変わらぬ樹の香りが立ちこめている。板の間に座していなければ、まるで野辺に会しているかのような心持ちになったことであろう。
「よっちゃん、それ、いらへんのん? おれ食べよか?」
「……土師法師、そろそろ仔細を聞かせてもらおうか」
「へえ、仔細って? それ食べへなんだらおれに――」
「この護法の仔細だっ!」
「長恭どの静かに! 大臣が屋ぞ!」
「よっちゃん」呼ばわりがよほど気に食わなかったものか、青年は突如弓を放り出して爆発した。その面にはもはや「不機嫌」などという形容は中らない。燃え上がる双の眼には憎しみすら見て取れた。
「貴様、土師法師、なぜ真面目にやらぬ。貴様の一挙手一投足にわが父の進退がかかっておるのだぞ! 無位の外法師めが小才を鼻にかけおって――この期に及んで策の立たぬなどと申してみよ、決してこの屋より生かしては返さぬ……!」
片膝立ちになり、太刀に手をかけ、長恭は歯を剥いて季満を恫喝した。たおやかな青年の突然の豹変に、制しようとした道説の動きが阻まれたかのごとくに止まった。肩にかけようと伸ばされた手が、大仏の施無畏印のようなかたちで凍りついている。
(おちゃらけとったんが裏目に出たな、こら。道説以上のカタブツや)
季満は出し抜けに青年に向かって額ずいた。まったく突然に土下座された長恭は暫時、気を呑まれてその動きを止める。
「ご無礼をいたしました! 真面目にやらさしてもらいまっさかい、何とぞ命ばかりは……!」
無論、道説が仲裁に入ることを見越しての芝居である。案の定、お人好しの大男は大手を振って二人のあいだに滑り込んできた。
「待て、待て! 大臣が御殿を血で穢すつもりか」
「妙法先生、なにゆえこのような者に肩を入れるのです。このいかにも不誠実で卑しい――」
「そなたの悪しき癖だ、長恭」長恭の言い募るのを遮って、道説はそう呼び捨てた。「木を見て森を見ぬ。――なにゆえ判断を急ぐ、我らは門外漢ぞ。これがかようおちゃらけて見えるのも、なにがしかの理由あってのことかもしれぬではないか」
「いや、とてもそのようには――」
「見えぬゆえ断ずる、というわけか。よし結構! これが護法に失敗したなら、煮るなり焼くなりそなたの好きにするがよい。だがその前に、そなたにこれを紹介したおれを斬ってからにせいっ!」
対屋をゆるがす大音声。渡殿の方から板の間の軋る音が近づいてくるのは、すわ何事かと舎人が駆けつけたものであろうか。
「……努めよ、土師季満」しばし恥じ入ったように俯いていた長恭が、おもむろに顔を上げ、こうなったのもすべて貴様のせいだと言わんばかりに季満を睨まえた。「我が父の行く末は貴様の腕に、貴様の首は我が太刀に委ねられた。――努めよ、土師季満」
長恭が太刀を下ろし、居住まいを正すとすぐ、前の舎人が足音たかく戻ってきた。迷惑げに眉を聳やかし、
「何事です、声が高うございますぞ」
と囁いた。