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「小物ですね、マスター」

 ピア親衛隊の皆さんと別れた後、俺は人目も気にせずに自宅への道をひた走った。


「ああああああああああああ!!」


「おかーさんあれなにー?」

「しっ、見ちゃいけません」


 善良そうな親子に後ろ指を指されてもひた走った。一瞬母親と手を繋いでいた女の子が俺好みの美少女に育ちそうだったので逡巡したが、やはり振り切ってひた走った。絶叫しながら駆け、冒険者区画を抜け、孤児院の手前まで来ると流石に自重した。俺は格好いいお兄さんで通っているからだ。

 

「俺は札付きのワルさ……あんな奴らとの慣れ合いなんてごめんだね」


 そう、この俺こそは! 魔物たちの王! 迷宮の支配者! ダンジョンマスターなのだ!

 俺としたことが、あまりにも街の居心地が良すぎて馴染んでしまった。一度頭を冷やさなければ……あ、ちゃんと孤児院には寄って子供たちに勉強を教えないとな。


「おや、カナメさん。今日も来てくださったのですか」


 礼拝堂に顔を出すと、神父の爺――レイゼンというらしい――がそう声を掛けてくる。

 しょうがないじゃん! お前らの孤児院ダンジョンの目の前にあるんだよ! 通ってる時に子供に見られたらもう寄るしかないじゃん!


「申し訳ありませんな……聖水の準備は出来ているのですが、本部に手紙を出したばかりなのです。返答が来るまでお待ちいただけますか」

「んあ、いいよいいよ。餓鬼共と戯れに来ただけだし」


 レイゼンが言っているのは恐らく聖職者になるための儀式のことだろう。俺も早く神の御業を使ってみたいが、そう急ぐものでもない。ゆっくり待っているとしよう。


「お兄ちゃん見てみて!」「お兄ちゃんもう区別つくようになった?」「ムーメが寂しがってたよ~」

「よし……見せてみろ……今度こそ当ててやる」


 きゃー! と良く分からない悲鳴を上げて子供達が盛り上がり始める。奥からリコとクラウスがやってきて、物々しげに二匹のスライムを籠に乗せて持ってきた。

 一人はメーム。緑色だ。一人はムーメ。緑色だ。


「分かるわけないだろ!」


 子供たちが言うにはメームは活発でムーメはだるんっ……としているらしい。お前らよくそこまでスライムの機微に詳しくなれるね?


「だっせーな兄ちゃん。叩いたらトゲトゲになるのがメームで叩いても何もしてこないのがムーメだよ」

「お前の確認方法のほうがだっせーな。野蛮人かよ」


 それってお前も区別ついてねえってことじゃん。クラウスは得意気に笑うが、言っていることは随分脳筋思考だった。


「メームは糸くずとか塵をよく食べるんだけど、ムーメは……えっと、その……」


 リコは言いづらそうに歯噛みして、段々と視線を床にやりながら頬を染めていた。

 あーね。女の子には言いにくいものをよく食べるってことね……それなら丁度いいな。


「今からダンジョンに行くから、ついでにムーメに飯を食わせてやろうか?」

「ほんと? それならムーメも喜ぶと思う。お兄ちゃん、お願いしてもいい?」


 本当は直帰するつもりだったが、孤児院とダンジョンを往復するくらいは大した手間でもないからな。

 

 子供たちに見送られながらムーメを抱えて孤児院を出る。

 暫く歩き、ランビリンスの中に入ると、すぐさまダンジョンコアが声を掛けてきた。勿論、迷宮内に反響したりはしない。俺にだけ聞こえる声だ。


『つけられていますよ、マスター』


 誰に、なんてのは最早聞くまでもないことだが、どう追い返したもんか……名案が思いつかなかったので、人生で一度は言ってみたい台詞集の中から引用し、使わせていただくこととしよう。


「そこにいるのは分かってるんだ。出てこいよ」


 体ごと振り向きはせず、首の角度を傾けるに留める。憂鬱そうな声色を意識し、お前のことなんて最初から分かってたぜ感を余すところなく醸しだす――完璧だ、惚れ惚れするような主人公ムーヴである。


「……驚いたわね。いつ気づいたの?」


 すると案の定、曲がり角の向こうからステラが姿を表した。


「さあな。随分と熱烈な俺のファンのようだが……一体何の用だ? サインでもしてやろうか」


 これはちょっとキザすぎるだろうか。ハードボイルドに寄り過ぎてしまったな……軌道修正を掛けるとする。


「馬鹿にして……! あんた、自分の立場分かってんの?」

「さて、あっしは名無しの根無しの風来坊。ひとところに立てるような出来た人間じゃございません」


 俺の言葉を受けると、ステラは顔を伏せ、肩を震わせ始めた。これは行ったか!?

 

「コロス」

 

 恐ろしい三文字が耳に届いた瞬間、物凄い勢いで背を殴られた。激痛で一瞬意識を失い、数メートル浮遊して吹き飛ばされる。着地と同時に地面に腹を打ち付けられ……と思ったが、ムーメがクッションになっていい感じに衝撃を殺してくれた。


「アンタさ、不愉快なんだよね。人間じゃないくせに人間の振りとか、反吐が出るのよ」

「どっからどう見ても人間だろが……」

「やれやれ……知ってる? こんな掃き溜め、スラムの子供でも近寄らないの。近寄るのは依頼を受けた冒険者だけ……ギルドに確認を取ったけど、アンタ、まさに今日登録したばかりの新人らしいじゃない。これっておかしいわよね? 昨日のアンタはこんな場所に何をしに来たのかしら」


 怒りを湛えた紅の瞳に射抜かれ、僅かに気後れする。


「あ……愛するペットのスライムに餌をやりに……」


 腹に隠れたムーメを取り出してみせる。ステラはあからさまに狼狽え始めたが、すぐさま切り返してきた。


「初めて会った時には何も持ってきてなかったじゃない!」

「うちのムーメは美食家でね。そんじょそこらの排泄物じゃ満足しない。ここの糞尿の質を先んじて調査していたんだ」

「その後入口でもう一度会った時は!?」

「おいおい、俺が持ってた袋が見えなかったのか? あの中には俺の飼ってるスライムが六匹入ってた。全員を満足させるには此処が丁度良かったんだ。なんなら一緒に雑貨屋の親父に確認に行くか?」


 ふん、舌戦になってしまえば此方のもの。俺は勝ち誇った笑みを見せ、対照的にステラは表情から血の気をなくして唖然としている。


「さて……何か申し開きはあるか?」


 砂埃を払いながら立ち上がり、本日のMVPであるところのムーメを撫でてやりながらステラを睨む。

 彼女は唇を引き結んだ後、蚊の泣くような声で言う。


「ご……ごめんなさい」

「あ~~~いたたっ! 誰かさんに殴られた背が痛むなァ~~~~!」

「くっ……こいつ……」

「なんか君さ、頭高くない? 俺被害者、君加害者。わかるかなぁ?」


 なんだろうこれ、美少女を完全に掌の上で弄んでる感覚……楽しい。相手が凄腕冒険者であることも相まって、下克上感もプラスされ点数が高い。俺、今初めて人類の敵っぽいことしてる!


『小物ですね、マスター』


 一部始終を見てたであろうダンジョンコアが口、もとい念話を挟んでくる。うるさいよ。


「う……ごめ、ごめんなさ……ぐすっ……」


 味方からちょっかいを掛けられている間にも、ダンジョンの床に膝を突き、紅玉の瞳から涙を零しながら頭を下げようとしているステラ。王女故にプライドも高いのだろうか。微妙に角度をつけようと頑張っているが、下げきれていない。

 何より、泣かれるとこっちが悪いことをしているみたいじゃないか。勘違いで殴られたのはこっちだぞ。実に心外だ……まあ、こいつの推理は正しいんだけどね。ありがとうムーメ。

 お遊びはここまでにして、本題に入るとしよう。


「あー、分かった分かった……もういいよ。それで、お前はこんな所で何をしてたんだ? 俺には根掘り葉掘り話させといて、お前はだんまりってのはナシだぜ」

「……勘違いで殴りかかったのに、許してくれるのね。ありがとう。貴方、意外と良い人なんだ」


 ステラは立ち上がって居住まいを正すと、ぽつりぽつりと事情を話し始める。


「この世界の迷宮は、全て最深部にある宝石のようなもので制御されていることは知ってる?」

「ああ、まあな」


 ちなみに、ダンジョンがそうして運営されていることは、人間の間では極秘情報にあたる。一握りの冒険者か。各国の重鎮にしか知らされていない。何故そうなったか? 答えは単純明快で、ダンジョンは資源に値するからだ。存在しているだけでリスクもあるが、それを上回る素材が手に入る。どこかの正義馬鹿がコアを停止させないように、或いは悪人に乗っ取られないように情報統制が敷かれているわけだ。


 ステラがそれを知っているのは恐らく王女だからだろう。妙な服を着ているだけの一般人にしか見えない俺がコアに知っていることで、驚きに目を見開いたようだったが、それなら話は早いとばかりに言葉を紡ぐ。


「そう……それで、この話には違う噂もあって……ダンジョンを掌握したものには、なんでも願いが叶えられるらしいのよ」

「ははん? それで廃棄場と呼ばれているこのダンジョンなら、危険を犯すことなくコアを手にできると思ったんだな?」


 ステラは隠しもせずにこくりと頷いた。

 なるほど、人間の考えそうなことだ。とはいえ、なんでも願いが叶えられるというのは概ね間違っては居ない。頭にDPさえあればという文言がつくだけで、ダンジョンはそれだけのポテンシャルを秘めているからな。

 しかし、そうなるとこいつのダンジョン攻略を止めることは難しいだろう。コアルームに続く道は巧妙に隠してある。暫くは見つからないだろうが……一年も探索されれば分からない。


「ちなみに、お前はどんな願いを叶えたいんだ?」

「――病気の妹がいるのよ。生まれつき身体が悪くて、どんな医者でも治せないって……」


 ははあ……なるほどな。つまり病気の妹を治せればそれでいいわけか。王家の系譜となると少し面倒だが――待てよ、これを逆に利用出来ないか?


「おい、ステラ。お前、その妹のためならなんでもするか?」

「え……? ステラって、何急に愛称で呼んでんのよ。当たり前じゃない、病弱だって関係ないわ。あたしの可愛い妹なんだから」

「なら、ついてこいよ」

「あ、ちょっと!」


 返答を待たずに踵を返し、ダンジョンの深部へと足を踏み入れる.目指すは第三層……ではなく"第二層"だ。


 途中でムーメを離し、好きなように食事をさせる。俺達はといえば、石畳と松明だけで作られた正方形の迷路の中を彷徨っていた。

「ちょっと、どこ行く気なのよ。さっきのはどういう意味?」


 隣を歩くステラが憤然と鼻を鳴らしながら問い詰めてくる。俺は答えることなく足を止めると、目を閉じ、片手を天に掲げた。


「大迷宮ランビリンスよ――ダンジョンマスター、一色要が告げる。主の凱旋だ。疾く道を開け」

「音声認識クリア。識別コード承認――お待ちしておりました。我がマスター。帰還プログラム"F"を作動します」


 ダンジョン内に響いた謎の声。瞬時にステラは剣を抜き、周りを油断なく見渡すが――遅い。


 俺達の足元の石畳が左右に分かれ開き、中は暗闇、一寸先とて見通すことは出来ない。そして、当然のように物理法則に従い、俺達の身体が落下を始める。


「はっはっはっは!」

「きゃあああああああ!!」


 各々の悲鳴だけが響き渡り、何事もなかったかのように石畳は閉まる。後には静寂だけが残された。

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