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「聞け、ゴミ」

 昼頃になり、ステラがダンジョンを出たところを見計らって後をつける。ランビリンスの中では勝てないので、外から弱点を探そうという目論見だ。


 我がランビリンスの真上に鎮座する都市、エチケットのエの字も知らんような奴らが集まるその街には、名前がない。ただ、ならず者の街。とだけ呼ばれている。

 農業が盛んなわけではない。家畜もいない。観光資源なんてそんなものあるわけがない。ならそんな街がなぜ存在しているのか、簡単だ。ここは利便性がいい、高名なダンジョンが近くにあり、豊富な魔素のおかげか魔物も出やすい。魔物が出やすいということは、素材が採れるということ。それそのものが産業として成立してしまう。しかしそれ故に、教養のない、さりとて何にも成れず、どこにも行き場がない者ばかりが集う。故に成らず者の街。


 野党崩れの物々しい装備をした冒険者達が、そこら中を闊歩している。此処ではステラのような装いが普通で、俺のような学生服はむしろ異質だった。突き刺さる視線が鬱陶しい。サインなら事務所を通して下さーい。


 まあ、それもそのはず。ここら一帯は冒険者ギルドがある区画で、つまりこの街で最も偉大な権力者が居座っているということになる。なんでこんな場所に来るんだよ、もう帰りてぇな……。

 電信柱があれば嬉々として張り付くのだが、背の高い建物があまりないこの世界。尾行というミッションはあまりにも難易度が高すぎやしないだろうか。

 時には砂利を制服に張り付けて匍匐し、完璧に隠密任務をこなした俺だったが、汚れという名の代償は大きい……。


「つーか自宅見つける気で来たのにたどり着いたのギルドとか、やってらんねぇな……」


 服に付いた砂を払い落としながら件の建物を見遣る。

 この世界にしては珍しい三階建ての大きな木造の建物だ。正面から見ると二階部分に二本の剣が交差した看板が吊るされており、これが冒険者ギルドのマークなのだろう。ちなみに、通りを挟んで反対側には娼館が建っている。わっかりやすいなおい!


 こんなところで突っ立って居ても仕方ないので、敵情視察とばかりに内部に潜入を試みた。


 スイングドアを開いて中を覗きこむと、一階の外観は役所に近い。天井の中央が吹き抜けになっていて、二階部分は酒場になっているようだ。おそらく三階はお偉いさんの部屋とかそんな感じだろう。

 きょろきょろと周りを見渡しているとお上りさんと間違えられるので、熟練の風格を醸し出しながら列に並んだ。


「おい……なんだあいつ、見ない顔だぞ」

「軽装すぎる。無手のようだし初心者か?」

「馬鹿、俺はあんな素材見たことない。きっとあれは暗黒竜の革で出来た鎧だ……」

「見て、靴の部分に赤黒い血がこびりついてる……あんなに固まって、どれだけの激戦を潜り抜けたというの?」


 ふっふっふ……有象無象共の賞賛の声は心地がいいぜ。あ、それは昨日赤スラと遊んでた時にちょっと掛かっちゃった粘液です。磨くの忘れてたよ。


「次の方、どうぞ」

「あ、冒険者登録したいんですけど」


 俺の方を見て話していたパーティはずっこけた。




「ふんふんふん、それで冒険者ランクはFからSSSまであって、Sとなれば世界に数人、SSとなれば伝説上の英雄、最高ランクのSSSにもなると神と同一視されているんだね?」

「あの……まだ何も言ってませんし、違います」

「あれっ!? テンプレは!?」


 おのれ冒険者ギルド。日本男児の常識、テンプレを無視するとは許せん! まあ、元々この世界って女神からしてクソだし、チートもなかったからそりゃそうだよね。

 てんぷれ……? と頭上にはてなマークを浮かべていた受付嬢は気を取り直すと、俺に向かい改めて説明を始めた。


「うちの冒険者ギルドは少し特殊で、この都市が各地のダンジョン探索に非常に適した立地であることはご存知ですよね?」

「はあ……まあ」


 なんせこの街の真下にあるしな。うちのダンジョン。


「ですがダンジョンごとの難易度の差が激しく……冒険者ギルドとしては有望な戦士達を失わないため、各々の力量を測った上でダンジョン入場許可証を発行しているのです」

「なるほど、許可制か。確かに理に叶ってるな。ちなみにこの街の地下にあるダンジョンはどうなってんの?」


 青色の髪を揺らし、きょとんと小首を傾げる受付嬢。暫くすると、思い当たるフシがあったのか両手を叩く。そうだ、いいぞ。我がランビリンスの話を――


「ああ! あの"廃棄場"のことですね!」

「てめ表出ろやコラァ!!」

「ひっ……」


 しまった。つい怒鳴ってしまったようだ。でも自分の家を廃棄場とか言われたらキレるよね。こっちがどれだけ苦労したと思ってるんだよ。

 乗り上げてしまったカウンターから退いて、涙目でこちらを見遣る受付嬢に謝罪を述べようとすると、不意に肩を指で叩かれる。


「なんすか。今取り込み中なんです……けど……」


 振り向くとそこには、完全装備で筋肉隆々の男達が群れをなして俺を睨んでいた。殺意すら感じられる眼差しに、無意識に俺の身体が震える。いや、これは武者震いだよ?


「おい新人、よくも俺達のピアちゃんを泣かせてくれたなァ?」

「ちょっと兄さん達とオハナシしようや……何、手間は取らせねえよ」


「い、いや……あの、その……」

 

 口篭っている間に、両脇を固められて腕を掴まれる。万力のような力で締め付けてくるそれに、逃がすまいとする絶対の意志を感じた。

 

「い、嫌だー! 死にたくない!」

「うるせえ! 大人しくしろ!」


 数十分後。自慢の制服はあちこち破れ、俺はボロ雑巾のようにギルドに転がっていた。それも正面、他の奴らの見せしめになる形でだ。


「おい、見たかあのルーキー」

「ピア親衛隊にやられたんだろ。可哀想にな」


 しかも人間なんかに憐れまれている。悔しい……お家帰りたい……。


 まさにゴミクズのように転がっている俺の頭上から、誰かの声が降ってくる。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 顔を上げると、母なる海のように優しげな蒼い瞳と眼が合う。此方に手を差し伸べ、申し訳無さそうに眉を下げているピアちゃんだ。

「天使かよ……」

「……? いえ、まだ説明の途中でしたので!」


 俺の呟きは聞こえなかったようだが、花咲くような笑顔を浮かべて言葉を返してくれた。心の汗を流しながら、その柔らかな手を取ってゆっくりと立ち上がる。


「あ、すいません。説明の前に行きたいところがあるんです。すぐ戻るのでいいですか?」

「え、はい。構いませんよ! お待ちしておりますね!」


 ハゲになりそうなくらい後ろ髪を引かれながらその手を離すと、俺は脇目も振らず二階に駆け上がった。酒盛りしている荒くれ冒険者の一団を見つけると、大声で叫びながら近づいていく。


「すいませええん!!! 皆さあん!! 俺も皆さんの仲間に入れてくださあい!!」


 彼らはニヒルな笑みを浮かべると、片手を上げて応え、口々に俺を歓迎してくれる。


「やっぱりな、来ると思ってたぜ」「畜生、賭けは俺の負けかよ!」「今月は安泰だな。くはは」

「よお坊主、よく来た。歓迎してやる……ようこそ――」




「それでは、所属パーティは……えっとぉ……ピア親衛隊で宜しいですか?」

「はい!」

「…………分かりました。ではこれで冒険者登録は終了となります。お疲れ様でした」


 書類を持ちながら、その所属名を読み上げる時に羞恥からか微かに頬を染めるピアちゃん。

 俺が正面から相対し、その左右で四人の大男が彼女の恥ずかしがる表情を目に焼き付けている。宗教かよ。

 だが、新人が入った際にはその所属名を読み上げるピアちゃんを皆で鑑賞する。それが鉄の掟なのだ。


 手続きを終えると、俺は二階ピア親衛隊の皆と飯を食っていた。俺は無一文だが、今日は彼らの奢りらしい。流石ピアちゃんの聖母のような優しさに触れた奴らなだけはあるな……。


「俺はジッグ。鍛冶屋をやってる」「俺はザッグ。農家だな」「俺はビッグ。裁縫屋だ」「俺はゴッグ。……俺は、無職だ」


「冒険者じゃないのかよ!!」


 嘘でしょ? そんなに強そうな見た目してるのに?

 話を聞いてみると、彼らはギルドと契約している業者らしい。ダンジョンで素材を持ってきても、使う場所がないと意味ないもんな。無論輸出しているものもあるが、街の中で完結できるなら手間がない。地産地消の精神だ。


「一応冒険者として登録はしちゃいるが、お前の冒険にはついていってやれない。仕事があるからな、ゴッグは働かないし」

「いや働けよ」


 つい先日まで布団でぐーたらしていた俺のセリフではないが、手に職持ってないと今の時代きついよ? ダンジョンマスターやる?

 四人兄弟のようで、家族の情があるから中々放り出せないのだとか。異世界に来てそんな世知辛い家庭事情聞くことになるとはな……。

「ま、まあいいか。皆、一つ聞きたいことがあるんだが、赤い鎧を着た女を知ってるか? 髪も目も赤くて、こーんな顔をしてるんだが」


 指で目尻を吊り上げて、鬼のような表情を作る。こんなヤバい顔はしてなかったかもしれない。

 四人兄弟は顔を見合わせると、ジッグが代表して答えてくれた。


「なんだその顔は……と言いたいところだが、知ってるぜ。赤い鎧なんて着てる奴は一人しか居ないし、うちの店にも来たことがある……カナメはエステラのファンなのか? だとすれば、ピア親衛隊としては――」

「ウェイトウェイト、ちょっと野暮用があるだけだ。大体、あんなゴリラみたいなのとピアちゃんを同列に語っちゃいけない」


 ゴッグが思い当たらなくてもいいことに思い当たり、腰を浮かせて臨戦態勢を取りかけたのを慌てて制する。実際、あいつに見せつけられたのは魔力と速力だけで、筋力に関しては全く未知数なのだが、これくらい言っておけば安心だろう。

 

「ああ……悪かったな。お前の忠誠を疑うようなこと言っちまって。エステラは一週間くらい前に此処に来た新参の冒険者だよ。つっても、あの装備からして大層腕が立つようだな。そのくせいつも廃棄場に潜ってるから、物好きとして有名だぜ」


 ふ、ふうん。そうなんだ……いや全然気にしてないけどね? 俺のランビリンスが廃棄場扱いで定着してるの、全然気にしてないし。気にしてないって言ってるだろ!

 とはいえ、流石にこれ以上の情報は出てこないだろう。どこに住んでるかなんて聞こうものなら親衛隊の皆さんが敵に回ってしまう。俺としてもそれは避けたいので、歓迎会は穏便に過ごすことにした。久々に食べる人間の食べ物は思った以上に美味くて、涙まで流してしまう。ダンジョンマスターって、基本的に飲まず食わずで生きていけるんだよな……。


「おい、どうした。急に泣きだして」「何か腐りでもしてたのか」「低級ポーションならあるぞ」「ん、うまい」


 穀潰しのゴッグ以外は、皆俺を心配してくれる。あたたけぇなぁ……。


「ご……ごめん、こんなに美味いもの食べたの、久しぶりで……」

「そうか……食うに困ったら俺たちを訪ねて来い。気にすることはねえ、ゴッグが一人増えたところで似たようなもんさ」

「ありがとう……ありがとう……」


 母さん……俺、異世界に来て初めて友達できたよ……!

投稿するところを微妙に間違えていたので修正。

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