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「こ、これじゃあダメっすかね……」

 リコのおすすめに説明に従い、街の雑貨屋にやって来た俺は、店内に並べられているスライムをじっくりと見分していた。

 スライム達はどれも窮屈そうな瓶に入れられており、そうと知らされていなければ新種のジャムと見間違えてもおかしくはないほどに自然体だった。自然体過ぎてたまに身動ぎをしている。絶対に見間違えねえわ。


「なあおっちゃん、どれがいいかな?」

「変な服の兄ちゃんよ。あんたそうやって一時間もスライム棚の前に居るじゃねえか。色以外全部変わんねえって言ってるだろ」

「その色が重要なんだよ。おっちゃんにはわかんねーかな、このロマンが」


 俺のイチオシは断然黒色のスライムだ。全てを飲み込む漆黒の王……とか言うとなんか格好良い。地球に置いてきた黒歴史.txtが疼きそうだ。やべっ、HDDの中身爆破してねぇ!

 メームが緑色だったせいか、緑のスライムも捨てがたい。ムーメとか名前付けたらガキ共怒るかな。むしろ嬉々として兄妹扱いしそうだ。そういえばスライムに性別はあるのだろうか。

 赤や青のスライムも強そうで好ましい。属性魔法を使ってきそうな見た目がなんとも引き寄せられる。ムーメだって緑だが、緑のスライムは癒やしよりも毒のイメージが強いからな……。

 ちなみに、茶色と黄色のスライムは売ってないらしい。まあ、色々と想像しちゃうからね。そう言う用途に使うことが基本って聞くし。


「俺もここに店を構えて長いが、スライムでそんなに悩むのはお客さんが初めてだよ。どうだ、お客さん。スライムなんてただの掃除用具で、そう高いもんでもない。ここは一つ大人買いしてみるってのは?」

「くっ商売上手な店主め……分かった。金に糸目はつけない。幾らだ?」

「いや、まだ何も言ってないんだが……そうだな。纏め買いをしてくれるなら特別にまけとくよ。銀貨一枚でいい」


 気前のいい店主に感謝の言葉を述べながら、意気揚々とポケットを漁る。何故か空振ったので、反対側のポケットも調べた。


「あ、あれ……? お、おかしいな……」

「兄ちゃん、どうした?」


 靴裏まで調べてようやく見つけたのは、現代日本製の百円硬貨だった。なんだこれ、ジュース代かよ!


「こ、これじゃあダメっすかね……」


 形はどうあれ、銀貨には違いない。正確には銀っぽいだけで、実際には全く別の何かが素材だった気がするが、そんなことはおっちゃんには分かるまい。


「どこの国の硬貨だよ。うちは王国硬貨じゃねえと認めねえぞ」

「いやいや待ってくれおっちゃん。時代はグローバル化だっていつも言ってるだろ? 知らない硬貨だからってすぐに跳ね除けるのはよくない」

「知るか! 欲しいならきちんと金を払ってから言え――いや、まてよ。小僧の戯言はともかく、この意匠は見事だ。好事家に売っぱらえばそれなりの値段がつきそうだな」

 手に取った百円硬貨を裏返し表返し、おっちゃんはしきりに頷きながら穴が空くほど見つめている。そんなに見つめたら五十円玉になるぞと忠告しようとしたが、やめておく。

 ともあれ、俺の超絶素晴らしい交渉術によっておっちゃんは考えを改めてくれた様子。場末の店主かと思えば、きちんとした審美眼を持っているな。


「ほらよ……スライム全七種、まいどあり。ついでに袋もサービスしといてやる」

「サンキューおっちゃん。また来るぜ」

「今度は金払えよ!」


 おっちゃんの声援には片手を上げて応え、スライムいっぱいの袋を持って帰路に着く。

 

 孤児院に戻ると、途中で居なくなったことを心配されていた。どうせうちでは七匹もいらないだろうと判断し、お詫びにスライムを一匹贈呈しておく。何故かリコだけが終始顔を背け、目を合わせてくれなかった。

 紆余曲折あったが、どうにかダンジョンコアに顔向け出来そうだ。一仕事終えて家庭に帰ってきたサラリーマンってのはこんな気持ちなんだろうか。あいつが女房ってのは死んでもごめんだけどな。なんせ菱型だし、可愛いのは声だけ。

 

 しかし、なんだかんだ夕方近くになってしまった。孤児院の墓場兼ダンジョンの入口から空を見上げると、アンドオアの太陽も紅く燃えている。


「えっ!? 本当に燃えてるゥ!?」


 或いは溶鉱炉並に激しい燃え盛りようである。例によって光量は然程でもないが、天体の周りで焔がうねるように蠢いている様は、見ている者の不安を否が応でも掻き立てた。


「(はよ家帰ろ……)」


 帰宅、もとい、俺がダンジョンに足を踏み入れようとしたその時、前方から響く足音を捉えた。階段を登る音、鎧が擦れるような金属音。物好きな冒険者がまたしても不法侵入をしていたらしい。

 階段を登って此方に姿を表したのは、今朝方出会った洗濯機女だった。


「あれ、アンタまた来たの?」


 初対面のインパクトが強すぎて細部は記憶になかったが、落ち着いた目で改めて見るととんでもない美少女だ。

 強い意志が秘められた紅玉の瞳、釣り上がった眦が不機嫌そうに俺をを射抜いてじろじろと観察している。

 装備の合間から露わになっている白い素肌。身につけている鎧にしても紅を基調とした革鎧で、強度を補うためか要所に金属が編み込まれているようだ。先程はそれが音を立てていたのだろう。


「俺がどこにいようと勝手だろ」

「そうだけど……こんなとこ、冒険者じゃなきゃスラムの子供でも近寄らないわよ。幾ら此処がモンスターの出ないダンジョンだからって、そんな軽装で……見たところ、武器も持ってないようだし」


 奴はそこまで言うと、俺が手に持った袋を見て露骨に顔を顰めてきた。なんなんだよ。


「なんでもいいだろ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるのさ」


 俺の場合は、一刻も早くあの柔らかい布団に戻りたいという欲望だ。今日は色々ありすぎて疲れたし、ダンジョンコアだって成果を上げた俺を無碍には扱えないはず。

 紅女と入れ替わるようにして我が家へ足を踏み入れた。脳裏に"おかえりなさい"という少女の声が響く。いやあ帰る場所があるってのはいいよなあ。


「あ、そだ。サンキュ。ダンジョン掃除してくれてたんだろ」

「……それもアンタが汚しに行くんでしょうけどね。やれやれだわ」


 あ? もしかして俺のスライム入り袋を見て、糞尿業者と勘違いしたってのか?

 訂正する間もなく紅女は立ち去り、俺は呆然と立ち尽くす……なんかもういいや、帰ろ。

初ブクマが嬉しかったので二回投稿です。(ちょろい)

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