「お前だけが頼りなんだ!」
爺さんは最初こそ困惑していたようだったが、俺の熱意に感激したのか最終的には了承してくれた。聖職者になるには色々準備が必要なようで、今日中には難しいらしい。まあ、ここ孤児院だしな。
それなら仕方ないということでお茶を楽しみながら爺さんと談笑する。転生してこの方、話し相手といえばダンジョンコアだけだったから、爺相手とは言え新鮮な時間ではあった。ついでに好感度を上げておこうとこんな提案をしてみる。
「未だ成らずとはいえ、俺も聖職者志望の端くれです。何かお手伝いできることはありませんか?」
「ふぉっふぉっふぉ……要殿は本当に感心な若者ですな。であれば、掃除を手伝っては頂けませんか。いつもは子供らにやらせているのですが、遊び呆けるものも多い……子供は遊ぶのも仕事ですから、多少は目こぼしも必要でしょうが、それが怪我に繋がることも多いのです」
ほんほん、つまり俺にガキのお守りをしろと言いたいわけか。成る程な、プールの監視員みたいなものじゃないか。余裕だぜ。
実際、プールの監視員ってメチャクチャきつい。特に猛暑だと何故俺はあのプールに入れないのか分からなくて泣きそうになる。一方で子供のお守りはと言えばそんなことはなく、適当に偉そうなこと言いながら子供を働かせればいいだろう。
「分かりました! 任せて下さいよ!」
ガキと相対した俺は、唇を一文字に固く引き結んでその挙動をつぶさに観察する。
「お前、何したか分かってんのか?」
「俺は悪くねえ! 全部こいつらが勝手にやったことだ!」
「言い訳はそこまでのようだな」
一歩踏み込んで、小僧との距離を詰める。左腰に添えた右手が握り拳を作り、刹那の瞬間に刃先が滑る。
「──要一刀流秘技!! 燕返し!!」
一瞬の鍔迫り合い。ガキの奮闘も虚しく相手の箒は弾かれ、天高く舞い上がる。それを見届けた小僧は態とらしく膝をついて、口元を抑え血を吐く素振りしながら答えた。
「くっ……負けたぜ。この命、アンタの好きなように使え」
「ならば犯した罪を償え。それがお前に課せられた使命だ」
調息、のちに鞘に刀を仕舞い込む。やったぜ、完璧に決まっ――
「わああああぁああ!!!!」
「兄ちゃんすげえ! 超かっこいい!」
「さっきの技なんて言うの? もっかい教えて!」
ふう……人気者はつらいぜ。何やら当初の目的を忘れているような気もするが、これだけ子供たちから信頼を獲得したんだ。問題はあるまい。
そろそろ神父様が戻ってくる時間なので、俺は両手を叩いて音を立てると、子供達を静めて掃除を再開する。
「はいはい、静粛に。さっきの技は掃除を頑張った子から順に教えていきまーす。選定方法は俺の独断と偏見で決めるので、頑張って俺に媚を売るように。何? 演技指導? そりゃお前クラウスに聞け、あの歳でやられ役をしっかり演じきる方がやべーよ。何者なのあいつ?」
俺達の担当箇所は教会の心臓部。つまり礼拝堂でチャンバラかましてたわけだが、まあ純真な子供のやることだ。神も見逃してくださるだろう。
「あ、じゃあわたし、メーム持ってくるね」
孤児たちの中では比較的年長のリコが声を上げる。ボブカットの女の子で、ぶっちゃけ俺が居なくても彼女が居れば問題ないくらいには人望もある。んだが、メームってなんだ?
「メームってなんだ?」
「あのねぇ、うちで飼ってるスライムだよー!」「なんでもよく食べるの!」「じゅわああってなるよ!」
子供たちの説明は要領を得ないが……スライムといえば、俺もダンジョンマスターになった当時に見たことがある。ダンジョンコアの機能を使い、モンスターを出すかどうか吟味していた時だったな。
ダンジョンというのは基本的にDPを使って運用されるもので、DPの用途は多岐に渡る。単なるモンスター召喚から、ダンジョンの地形そのものを弄ったり、或いは生活用品を購入することも可能だ。
当然のことながら、スライムはその項目のモンスター召喚によってダンジョンの中に配置することができる。消費に必要なDPはたったの1。ダンジョンコアの評価は"これにポイントを使うマスターはゴミクズですね。スライムに掃除されたほうが宜しいのでは?"とのことだったので、勿論俺も見送っていた。なんなら全てのモンスターを見送ったわけだが……。
──これはもしかすると、もしかするのかもしれない。
やがて小さな籠に乗せて連れられてきたのは、緑色のスライムだ。時折ぐにぐにと動いているので、生命体ではあるらしい。
目玉がついているタイプではなく、全身くまなく粘液になっている奴だ。その割に表面はつるつるとしていて、触ると柔らかそう。
「それで、こいつをどうするって?」
「見ててくださいね」
リコはそう言うと、部屋の隅に集めたゴミの上にメームを乗せる。初めは何も起きないように思われたが、メームは塵や抜け毛、糸くずで出来た山を見る見るうちに吸収すると、満足そうに身体を震わせた。
目を白黒とさせてメームを見遣る。そんな俺の反応に、何故かリコがない胸を反らして誇らしげに言った。
「どうです? メームはすごいでしょう?」
「ああ、すごい、めちゃ凄い。もしかしたら俺の救世主かもしれない。泣きそう」
「そ、そんなに?」
リコは頬をひくつかせてドン引きしていた。百年の恋も醒めたのかもしれない。だが、今の俺には全て些細なことだ。
「リコ、頼む! お前だけが頼りなんだ!」
彼女の華奢な肩を両手で掴むと、真摯な眼差しで彼女の双眸を見つめる。リコの頬が林檎のように赤くなり、びくりと身体を震わせて飛び跳ねた。
「にゃにゃにゃ……にゃになになんですか!?」
「他の子供達には頼めない! お前だけが頼りなんだ!」
半ばNPCじみた俺の台詞に何を感じ取ったのか、リコは翠の瞳を潤ませて蚊の鳴くような声で呟く。
「はぃ……私に出来ることでしたら」
「スライムが売っている場所を教えてくれ!」
「はい?」
これは後から聞いた話なのだが、まさにその時百年の恋も醒めたらしい。会って一日しか経ってないくせに、女って奴は勝手だよな。