「俺、聖職者になりたい」
「クソ眩しい……」
おおよそダンジョンマスターに転生してから二週間、己のダンジョンに引き篭もっていた俺だが、ようやく地上に出ることが出来た。別に出たくなかったけど。
天上で輝く太陽が鬱陶しいことこの上ない。まるで俺を嘲け笑っているようにしか見えないのだ。ああそうだよダンジョンマスターがダンジョンから出るとか普通ありえねーよ! てめぇこそ頭が高いぞオイ!
「ん? 太陽?」
異世界のくせに太陽系に属するのだろうか。眼を焼かれないよう一瞬だけ空を見上げてみる。
「んん……? んんん……?」
眩しくはある。眩しくはあるが眼を開けていられないほどではない。それどころか、ずっと眺めていられるくらいの、優しい輝きだ。
よくよく目を凝らしてみれば、小さな粒のような、青白い燐光を地上に撒くように放っているようにも見える。ただひたすら過剰な程に明るく、有害な物質を振りまくだけの地球産太陽とは違うのだ。流石異世界だ。
「しかし……どうしたもんかね」
まさかお天道様に祈れば不法投棄問題が解決するわけでもあるまい。きょろきょろと周りを見渡せば、いくつかの大きな十字架が地面に突き刺さっているのが見える。
墓地だ。とはいえ大した規模ではない、十字架の数も両手の指で数えきれてしまう程度。
だが縁起が悪いことには違いがなかった。今はダンジョンマスターである身と云えど、そう簡単に前世の価値観を捨てられるものではない。
「おや……冒険者の方ですか。お勤めご苦労様です」
横合いから唐突に掛けられた声に反応し思わず振り向く。
神父だろうか。この世界にまでキリストの威光が届いているとは考えにくいが、いかにも聖職者を彷彿とさせる装いの老人だ。白を基調とした礼装を身に纏い、こちらに近づく足遣いはゆったりとしていて、余裕を感じさせる。
「いや冒険者じゃねぇよ……少し、こいつらの知り合いだっただけさ」
憂いを帯びた瞳で、此処に居ない誰かに思いを馳せるように呟いた。
無論大嘘なのだが、それ以外にこんな所にいる理由が思いつかなかったのでしょうがない。
「……そうですか。生来身寄りのないこの子らが天に召され、女神の腕に抱かれてもう幾許か経ちます……貴方のような方がいると、やはり少しばかり、神の袂に旅立つのが早かったのではないかと思わされるばかりで……」
何か語りだしちゃったんだけど……。
察するに、此処は孤児院の墓地か何かなのだろうか。それならこの数も頷ける。街全体から死者が運ばれてくれば、もっと多くの墓で埋め尽くされていたことだろう。
話の合間で頷きを返し、適当に相槌を打っていると、爺さんは目を閉じ、両手を合わせて祈りはじめた。
真剣に死を悼んでいる姿を見ると、その場を去るのも無粋に思える。雑音を立てるのを嫌い、そのままぼうっと蒼く輝く太陽を眺めていると、目を瞑ったまま爺さんがこう言った。
「お客人、この子達の知り合いとなればこのまま帰すわけにもいきませんで、お茶でもどうですかな?」
「お茶……? んーまあ、時間はあるからいいか……」
正直、このまま街に繰り出した所で、どうすれば不法投棄が止まるのかも定かではないのだ。領主とか国王とかにに訴えてそれで済むならいいが、それだけで済むほど簡単じゃないはずだ。そもそも会えるほどのコネとかないし。
多少の寄り道はくらいなら、ダンジョンコアも許してくれるだろう。
こうして、外に出て数分も立たぬ内に、俺の足は止まった。
神父の爺さん(仮)に先導され、墓場から孤児院までの道を歩く。先程までは気付かなかったが、改めて遠くを見渡すと、この孤児院の敷地、それなりに広い。異世界の孤児院といえば貧乏で経営に四苦八苦しているイメージしかないのだが、前世基準で言うと、小さめの小学校とその校庭くらいはあるだろうか。背丈の低い子供達が、ボールを足蹴にして遊んでいるのが見える。
次いで眼前の建物に目をやれば、形そのものは木造の教会と言った風情、熱心な信徒であるわけでもなく、建築様式に詳しいわけでもない俺ではそうとしか表現のしようがない。左右対称の造りで、天辺には十字架が威風堂々と突き刺さっている感じのアレだ。増改築を繰り返したのか、やたら横幅だけが広く取られていて、不格好にも思えてしまう。
裏口から中に入ると、神父の個室のような場所に案内された。ベットと机、椅子があるだけの空間だ。あ、窓もあるよ。
「ちょっと清貧すぎねえ!? 来客室もねえのかよ!」
「懺悔室ならございますが……」
「それはちょっと……」
代々無宗教であるところの俺だが、そんな神聖そうな場所に足を踏み入れたらないことないこと懺悔してしまうかもしれない。いや、俺はいつでも品行方正だけどね?
ところで、聡明なる俺の皆さん既にお気づきだろうか。そう、この部屋。お茶要素皆無なのである。ティーポットすらない、なんなら、水の気配もない。
「喉乾きましたね」
「おっと、これは失礼」
超ド直球な要求にも嫌な顔ひとつせず、首元に掛けられたロザリオを握りしめる爺さん。いや、神に祈れなんて言ってねえよ! 喉乾いたつってんの!
──すると、ロザリオが淡く不思議な光を放ち、その光が収まる頃には机の上にティーセットが置かれていた。湯気が立っているので、準備もバッチリ。
神の御業とも言うべき奇跡を目にした俺は、深く息を吐き、真剣な表情で爺さんに向き直る。
「爺さん」
「どうかなさいましたか?」
「俺、聖職者になりたい」
「はい?」
要、ダンジョンマスター辞めるってよ。
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