愛に救いはあるか
割とバッド?エンドな感じなんで気を付けてください
「私を愛してくれませんか」
と、クラスのの地味で誰とも喋らないような女子に突然言われた。
名前は知っている、窪田麻文という、苛められてはいないけれど、相手にもされていない根暗なやつだ。
「なに突然。なんで私」
髪が長くて、化粧っけも薄くて、なんか不潔な感じの女子。
で私も女子。女子同士で愛してくれないか、は穏やかじゃない。
「あに、窪田さん、あれ、レズ?」
訝しんで聴いてみたけれど、ふらっとそのまま彼女はどこかへ行こうとする。
「ちょちょ待って」
ふらふら亡霊のような窪田さんが何を考えているか分からないが、妙なことを言って無視して逃げるなんてあんまりだろう。
一瞬立ち止まって、だけどまた逃げるように離れていく。くらげみたいにふわふわした感じがまた癇に障る。
「あんためちゃくちゃ言ってるって自覚あんの?」
詰問するような言葉を投げてもノーリアクションで逃げる。それを私もつかつか追いかける。
愛するって、なによ。なんで私? なんで愛? 分からないことばかりだ。
「あー、愛する愛する。窪田さんのこと愛するよ~」
冗談めいていうと、意外や意外彼女はピタリと立ち止まった。
ぬらりと振り向いて暗い顔を私に向ける。
「本当ですか?」
「あー……」
予想外の反応だから、少し返答に困る。
まぁ、今彼氏いるわけでもないし、そもそも彼女? ができるのって別に彼氏に許可いることでもないような気がする。他に彼女ができるわけもないだろうし。
「うん。いいんじゃない?」
「ありがとうございます!」
窪田さんはこれまた突然、張り切って私の両手を持って握手してきた。白くて細い指がしなやかに巻き付いてくる。
冷たい指先が私の手を包むとぞくりと体が震えた。
「ちゃんと食べてる?」
「はい?」
小首をかしげた後、彼女は少しの間をおいて言った。
「デートしませんか」
「いちいち急ね……デートって」
状況もいまいち把握できてないのに。
といっても、要は今、私は窪田さんと付き合ってデートの予定を立てるってだけか。シンプルだけど、なんか腑に落ちない、突拍子なさすぎるもの。
デートプランはこれまた意外、まるで予め決めていたように窪田さんが場所や日程を決めてスムーズに進行した。
今度一緒に食事したり水族館に行ったりする、らしい。
実感がないけれど、そういうことだった。
待ち合わせの駅に、予定より早くついてしまった。
しかも、なんか無駄に張り切ってしまった……この上着とかだいぶ高かったし、バッグはブランド物なんだけど。
窪田がやたらと凝ったプランを考えるからだ。友達とか恋人でも普通もっと適当にぶらぶらすると思うけれど、根が真面目なのかな。
しばらく待つと窪田はやってきたけど。
うわぁ、黒一色だ。ボディガードか何かか。
「もっと明るい服着たら?」
「……ん」
怒ったのか悲しんだのか、ただそんな呻きみたいな一言だけで、先に歩いていく。
「ちょっと」
追って隣を歩くけど、私のことを無視するみたいにずんずん歩く。
ムードの欠片もない、やっぱりダメそうね。
電車でも、歩いてても、食事してても、会話は必要最低限もしてくれない。私からちょっと話を振っても反応は鈍いし、当たりが強くなったりしてどんどん話しづらくなる。
水族館にやっと着いた頃には、もうほとんど別々に観覧していた。
全ッ然楽しくない。
少しでも期待した私が馬鹿だった。恋人どころか友達付き合いもなさそうな奴に一端のデートなんかできるわけないんだ。
一人で魚介類見て何が楽しいんだか……。
あいつのプランは確か終わりの時間は決まってたから、それまで適当に時間を潰して過ごそう。
いっそ先にふけてやろうかと思った時、窪田と偶然合流した。
あいつは円柱状の水槽が並ぶクリオネのコーナーで一人手をついて立っていた。
わざとらしく通り過ぎて、ふと顔を見ると。
滂沱の涙を流していた。
「ちょっ……」
普通じゃない。感情がないかのような女が顔をくしゃくしゃにして泣いている。
私がどうしたらいいか分からず慌てていると、私に気づいた窪田は突然駆け出した。
「あんたまたっ! いつも急なのよ!!」
流石に放っておくわけにはいかない、全速力のあいつを追うために私までサンダルを手で持って走ることになってしまった。
ありえないわ……ほんと……。
もう水族館も出て、ここはどこだか人気のない公園。
すっかり日を落して少し肌寒い中、シーソーに抱き着いて泣きじゃくる窪田を見て、私はかける言葉を探していた。
警察に通報されかねないから早くどうにかしたいんだけど。
私は、こいつのことを何も知らなさすぎる。
そもそも私がこいつに何かしてあげられるの?
たぶん私のせいでこうなってるわけだから、何かしたらある程度解決するとは思う。
でもここまで崩してしまったからには、それを完全に修復できるわけもない。
……あー、もう、どうしたら。
泣いている窪田の肩を引っ掴んで立ち上がらせ、額と額を重ねた。
「あのさ、私の何がいけなかったか教えてくれる?」
考えずに行動した結果、あんまりにも直情的で、泣いている子をますます泣かせるような行動だ。
実際窪田はえづきながら、ほろっとまた涙が流れる。
怒ってないのだ、そう伝えるだけでも、なんとか。
「その……私だって、なにが悪いか分からないし、ねえ。……分からないから愛してあげられないの」
彼女に初めて言われたことを思い出しながらそんなことを言ったら、窪田も少し落ち着いたみたいで、けれど私を押しのけてシーソーに座った。
「……ごめん」
「いや、私もごめん。むきになってたし」
こんなに凹みやすいやつとは思ってなかったし。丁重に扱った方がいい感じだ。
窪田が泣き止むまでしばらく待って、結局そのまま帰ることになった。
けど。
「手。恋人同士とかなら、繋ぐよね」
差し伸べると窪田はおずおずとつかむ。白くて細い、心地良い冷たい指だ。
窪田は何も言わない。
私も、何も言わなかった。
そして、窪田は自殺した。
全校集会が開かれて、色々と喧しい話をされて、最後にはそれから何日も、何週間も経ってから遺書めいたものが私宛にあったということで、それを受け取った。
どんな内容だろうかと思っていたけれど、こんな私のことを思ってくれてありがとうだとか、付き合ってくれてありがとうだとか、そういう感謝が半分くらい。
残りの半分くらいは自分がどれくらい死ぬと決め込んでいたかという別の固い決心だった。
ふざけんな。
私は当て馬か。人生最後の楽しみか。
何が恋人だ、愛してくださいだ。
なんでもっとちゃんと相談してくれないんだ、愛を求めているくせに私を愛してはくれないのか。
最後の最後まで急なんだよ……。
私はどうすればよかったんだよ……。