第1章「その女は」
大丈夫ではなかった。
利塚の視線の先に、――足があった。足が来た。いや、来たという表現より、その場から突然現れたというような。
足は奇妙に動いている。めりめりと足が空間から伸びてきて――、ん?スカート?スカートがくっついて出てきやがった。
気持ち悪くスカートはうねりながら腹を出してきた。そして、胸――、(けっこうでかい)しまいには少女らしき顔が窮屈そうに現れた。
「こ、こんにちはですわ!」
少女はたどたどしく、しかし厳しく(おそらく厳しく言いたかったみたいだから)そう言い捨てた。
「あ、現れ方が失敗したからって、別に困らないかしら!初めてですのよ!そ、そんな鳩みたいに目を丸くしないでくださる?!」
俺らは別に少女の現れ方だけに驚いてるわけではない。この、状況。その全般に、理解不能で静止しているだけだ。
「わたくしは、あなたたちの担当のアリスですわ!」
ここで一之瀬が口を開く。
「こ、これって異世界とかそういうかんじのあれなのかな?!」
「いや、ここ体育館だから違うとそうではないと思うけど――。」池宮が冷静に判断する。
「え、で、でも、そういう感じだよ!?あのひともなんかさぁ!」
「つーか、今気づいたんだけどさ、...外明るくね?」
スマホを探りながら利塚は言った。
「ちょ、無視しないでくださる!?アリスですのって言ってますわ!」アリスは、叫んだ。
「残念ながら、あなたたちの元の居場所とはここは違う場所ですわ。移転させましたの。わたくしの力ではないのですけど。」
アリス――、彼女はぐりんぐりんの金髪でいかにもお嬢様風の服装で、手をひらひらさせてそう言った。
「あなたたちにはやって頂きたいことがありますの。」
「その前にどーゆー状況か教えて欲しいんだけど。」池宮が話しかける。
「どーもこーもないかしら。あなたたち3人は参加者なのよ。それでは説明しますわ――。」
「だからなんの参加者だよ、意味わかんねえって。」アリスが話し終わらないうちに池宮はそれを遮る。
「うるさいかしら!説明しますわと言っていますのよ!少しは話を聞くかしら!!」
声を荒げるアリスに池宮は驚き、肩をすくめて利塚と一之瀬に目配せをした。
「あなたたち3人、これを差し上げますわ。」
アリスは興奮を抑えながら説明を始め、3人にカードを配った。カードは二つ折りにされていた。
「そのカードはとても大切なものですわ。参加者はそれぞれ星の書かれたカードを渡しますの。あなたたちはこれからそのカードを集めて
頂きますわ。黒い星のカードは1点。たまに赤い星のカードをもつ参加者もいるかしら。それは3点ですわ。」
アリスはカードの説明を続けた。
「今から24時間。一人3点集めてもらいますわ。24時間たった時点で3点ない者は、そうね、死んでもらうかしら。
ちなみに、初めから赤いカードを配られた参加者はもうクリアということですわね。」
「死んで――、」一之瀬が目を見開く。
「ほかの参加者と奪い合ってもらうのよ。殺しても構いませんわ。どうせもうあれかしら。」
「...それをクリアしたら元の世界に戻れるっていうやつなのか。」
アリスをにらみながら利塚はつぶやく。
「可能性はあるかしら。私の役割はそこまでじゃありませんわ。」
一之瀬は自分のカードを確認する。そこに書かれていたのは黒い星だった。あと2枚、集める必要があるようだ。
利塚と池宮のカードを覗いてみると、2人とも黒い星であった。
「そうですわ!大事になことを最後にまわしてしまいましたわ!」
アリスは笑顔でそう言った。
「参加者にはカードとともに権能が配られていますわ!権能はみなさんそれぞれ違いますの。ただし、権能はカード一枚以上所持してないと
使えませんわ。カードを失えば、権能も使えませんわね。あとで試してみるといいですのよ!」
「権能…?」池宮は聞いた。
「権能。そう、特殊能力みたいなものですわ。それぞれお持ちになれるのですのよ。
私に聞かなくてもできますわ、簡単ですもの。――、あら、始まりの時間になりましたわ!それじゃあ、頑張りますのよ!」
アリスはそう言い残し、突然消えた。今度はあのうねうねした気色悪い動きはなく、忽然と煙のように消え去った。
現れ方よりは随分スマートだった。
「は、始まりましたわって何も起こらないじゃん…?」
「ほかの参加者、と言っていたな。俺らのほかにもこの事態に遭遇している人がいるということだ。
どうする、辺りを探りに行ってみるか。」
「な、ほかの参加者って、おま、このカードの奪い合いをさせられるんでしょ!?殺されることだってあるってさっきの人が。」
「落ち着けって。慌てたってしょうがねーだろ。」
「辺りを探るっつーのは、状況を確認するということだ。地震のこともあるし、体育館にこもってたってしょうがないだろう。
警察とか政府とかに動きがないか確認したいだろ。俺らだけじゃないんだから。」
慌てる一之瀬に冷静に利塚と池宮が応える。こういうときに誰かといるのはありがたい。
一人だといかに冷静を失ってしまっただろうか。
「とりま外出ようぜ。」
「あぁ、このままいても何が起きてるのか分からないしな。」
腰が抜けてしまったのだろうか、体育館の出口に向かう二人の後ろを一之瀬は震える足取りでついていった。
そして、分厚い金属製の扉に手をかけ、横に力いっぱい引っ張る。
扉は案外すんなりと開いた。ここで開かなかったら――、そんなことも考えたが杞憂だった。
隙間からまぶしい光がこぼれてきている。
朝か昼だ。
夜の7時、部活終わりでこれから家に帰るという時間帯のはずなのに。