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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第二章 強さの責任
7/32

06

 一日の訓練と講義を終えてから、迅達三人はまっすぐ自室に戻ってきた。

「ほ、ほんとに同じ部屋なんですね……」

 二人分の生活感が残る居間を見て、レニはどこか衝撃を受けたように呟いた。

「慣れればそんな不都合ないよー。迅は人畜無害だしね」

「……わかった。今度起こす時はなんかしてやろう」

「お、起こす!? 春日君が、凛奈さんを起こしてるんですかっ!?」

 レニが愕然とするのに、迅は慌てて弁明する。

「い、いや、凛奈の寝起きが悪いから、仕方なくやってただけだって! 放っておくと寝坊して、恨み事言ってくるから」

「……それで、今度起こす時は『なんかする』んですか?」

「いや、あれは……」

「……ごめんなさい。冗談です」

 弁解の言葉に困っていると、半眼で睨んでいたレニがくすりと笑い、いたずらっぽく舌を出した。

「か、からかわないでくれ……」

「でも、これからはわたしも同室なので、女子の寝室に入るのは……」

「わかってるって」

 そもそも、望んで凛奈を起こしていたわけでもない。レニの要求に否やはなかった。

「とりあえず、コーヒーでも飲みながら話さない?」

 手際よく湯を沸かしながら、凛奈が提案してくる。無論、二人に異存はなかった。

 凛奈が入れてくれたコーヒーを飲んで一息ついてから、迅は話を戻す。

「とにかく、レニが同室になったことだし、改めて部屋のルールを決めよう」

「さんせー」

 凛奈がコーヒーを飲み干し、ぐったりとテーブルに突っ伏しながら同意を示してくる。

 それに苦笑しながら、レニが手を挙げた。

「とりあえず、凛奈さんはこれからわたしが起こすということで大丈夫ですか?」

「助かるよー、レニぃ」

 凛奈が甘えるように、レニに抱きついた。レニもくすぐったそうにそれを受け入れる。

 仲睦まじい姿に苦笑しつつも、一応迅は釘を刺しておいた。

「凛奈は自分で起きる努力もしろよ」

「わかってるってばー」

「あの……代わりと言ってはなんなんですけど、わたしが転入する前の講義のノートを見せてもらってもいいですか? 試験が心配で……」

「レニは真面目でかわいいなー。もちろんいいよ」

「あ、ありがとうございます……」

 凛奈に横から抱きつかれて頭を撫でられ、レニは照れたような困ったような、複雑な笑顔を浮かべる。同い年の女子に頭を撫でられるというのは、背丈の違いにコンプレックスを刺激されるのかもしれない。

 だが、そうしてじゃれ合う二人は姉妹のようで、迅からすれば微笑ましいものだった。

「あとはご飯とお風呂かなー」

「普段はどうしてるんですか?」

「ご飯は基本的に寮の食堂だねー。ただいつも混んでるから、食材買って自炊してる子もいるみたい」

「た、確かにお昼はすごい人でしたね……」

 昼食時の激戦を思い出したのか、レニは眉をしかめた。人ごみがあまり得意ではないらしく、メニューを受け取ってテーブルについてからはずっとぐったりしていたので、その反応も当然だろう。

 なんとなく気の毒になって、迅は助け舟を出してみた。

「自炊するなら協力するぞ。毎日食堂で食べてても飽きるしな」

「ほ、本当ですか?」

「ただし、味には期待するなよ」

「そこは断言しないで欲しかったです……」

 きっぱりと予防線を張ると、レニはすぐにがっくりと肩を落とした。最後の希望とばかりに、凛奈を見やる。

「凛奈さんはどうですか?」

「まぁ普通かなー。学園に来る前は、結構料理してたしね」

「マジか……」

 凛奈の予想外の返答に、迅は驚愕のあまり声を漏らしていた。耳ざとくそれに反応した凛奈が、半眼で睨んでくる。

「ちょっと。あたしのこと、料理ひとつできないズボラ女とでも思ってたの?」

「知り合って一週間しか経ってない男に、毎朝起こしてもらってたくらいにはズボラだろ」

「ね、寝起きと料理の腕は関係ないでしょ! 見てなさい、絶対吠え面かかせてやるから!」

 三下の捨て台詞っぽいことを言って、凛奈は自炊する決心を固めたようだった。

 協力者が確定して、レニは嬉しそうに胸の前で手を合わせる。

「凛奈さん、これからよろしくお願いしますね」

「うん。でも食材も買いに行かなきゃだし、自炊始めるのは週末からかな」

「はいっ」

 レニが頼もしげに凛奈を見上げる。女子同士の連帯感になんとなく疎外感を覚えつつも、迅は話を戻す。

「じゃあ、飯は任せた。あとは風呂か……」

「備え付けのでいいじゃん」

「今まではそれでよかったけど、そうもいかないだろ」

 知り合って間もない男が入った後の風呂とか、普通の女子は嫌に決まっている。

 言外に込めた意味を察したのか、凛奈は面白くなさそうにむくれる。

「……時々思うんだけど、迅ってあたしのこと女の子として見てないよね」

「同居してる男に女の子として見られてたら、色々まずいだろ」

「それはそーだけどさ」

 やっぱり面白くない、とでも言いたげに凛奈はそっぽを向いてしまった。

 実際のところ、凛奈と同居を始めたばかりの頃は、迅もそのあたりだいぶ気を遣っていた。

 凛奈が風呂に入ってる時は、音が漏れてくる居間には近づけなかったし、風呂も寮の共用風呂を使うようにしていた。

 だがある時、迅を知っていた生徒と共用風呂で出くわしてしまい、成り行きで殴られてしまったことがあった。青あざを作って帰ってきたところを凛奈に見られ、結局彼女に押し切られる形で、部屋の風呂を使わせてもらうことになったのだ。

 その件も含めて、凛奈には感謝しているが……さすがに転入したばかりのレニにまで甘えられない。

「レニはそういうの、気にするほう?」

「そ、それは……ちょっとは気になりますけど……」

「大丈夫だよー。迅ならせいぜい、レニの入った後のお湯を飲むくらいだから」

「の、飲むんですかっ!?」

「いや、飲まないから……お前も、話をややこしくするな」

 顔を真っ赤にして確認してくるレニをかわしつつ、凛奈を軽く小突く。

「とにかく、俺は寮の共用風呂を使うよ」

「い、いえ……気にはなりますけど、春日君がヘンなことしなければ、わたしは大丈夫ですよ」

「そりゃしないけど……本当にいいのか? 変に気を遣わなくてもいいんだぞ」

 朝の件や訓練で面倒見てもらうことを気にして、レニが我慢しているのではないか。そう思ったのだが、彼女は意外にもきっぱりと首を振った。

「春日君のこと、信用してますから」

 真正面から言われて、迅は返す言葉に困ってしまった。

 なぜ彼女がそこまで自分を信用するのか、理由はよくわからないが、そう言われてはなにも反論できない。

 言葉に詰まっていると、レニがくすりと笑みをこぼして続ける。

「春日君のほうこそ、『変に気を遣わなくていいんだぞ』ですよ? ルームメイトなんですから、自分だけがガマンするのはよくないです」

「……まいったな」

 レニに一本取られ、迅は苦笑して頭を掻いた。

 新生活に慣れるまで大変だろうと気を遣ってはいたのが、彼女にもバレてしまっていたようだ。そのせいで逆に気を遣われるなど、情けないにもほどがある。

「……嫌になったら、正直に言ってくれよ」

「わかりました」

 眩しい笑顔でうなずくレニに、迅はなんとなく気恥ずかしさを感じて、目を合わせられなかった。

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