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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第二章 強さの責任
6/32

05

 結論から言うと、レニの剣術の腕はひどいものだった。

 剣を構えてはへっぴり腰になるし、Sランク剣精霊の力で身体能力が凄まじく強化されていても、元の体力がないために活かせていない。剣術の基本の型をいくつか教えてみたが、型の反復を始めて三十分もへばって倒れてしまった。

 芝生の上に寝転んでいるレニに、迅はミネラルウォーターのペットボトルを渡しつつ、声をかけた。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 ペットボトルを受け取る手にも、答える声にも明らかに疲労が浮かんでいた。

 レニは水分を摂ってから、ぐったりした顔で聞いてくる。

「……剣を振るのって、こんなに疲れるものなんですね」

「体力が必要なのは間違いないな。でも、レニの場合は他にも問題がある」

「問題、ですか?」

 おうむ返しに問われたので、迅は説明のために立ち上がった。野太刀を抜き、もう一度型を見せる。

 肩の上で担ぐように構えた野太刀を、右足の踏み込みと同時に振り下ろす。踏み込み時の体重移動を利用して振り下ろされた刃は、鋭い音を立てて空気を斬る。

「やっぱり、春日君がやると音がぜんぜん違いますね……」

「原因はいくつかあるが……レニ、ちょっと剣を振ってみろ」

 レニはすぐに立ち上がって、同じ型で剣を振ってみせた。相変わらず腰は引けているし、剣を振る時も踏み込みが浅いため、腕の力だけで剣を振ってしまっている。

「まずは姿勢だな。もっと背筋を伸ばして、重心を腰にやったほうがいい」

「ひゃんっ!」

 レニの腰に触れて姿勢を正させると、彼女が妙な声を上げた。

 迅は気にせず、助言を続ける。

「剣を振る時も、もっと大きく踏み込んで」

「ひゃぅ……あ、あの……」

「腕の力で剣を振るんじゃなくて、体全体の体重移動で振る感じだな」

「う、うぅ……」

 ジャージ越しに脚を開かせ、再度腰に手を当てて体重移動のイメージをつかませる。

「この基本ができていれば、最速で剣が振れるし、腕の負担が少なくなる。レニの場合、剣の威力は関係ないが、早さは追求したほうがいいだろう」

「あ、あの……」

「どうした?」

「て、手を、離してもらえませんか……?」

 涙目になり、怯えた声で言われ――迅はようやく、自分が女子の身体に触れていたことを自覚した。

 慌てて手を離し、相手の警戒を解くために二、三歩離れる。

「わ、悪い……実家の道場では、こうやって教えてたから……」

「い、いえ……でも、びっくりするので、次からは気をつけてもらえると……」

「わ、わかった。本当にすまない」

 顔を真っ赤にしつつも許してくれたレニに、再度深く頭を下げる。

 凛奈に見られていたら、説教された上にどつかれていたかもしれない。幸い今は弓兵用の訓練場にいるが、あとでレニから伝え聞いて説教されるのは覚悟しておこう。

 こちらが深く反省しているのを見て気遣ってくれたのか、レニが話題を変えてくれる。

「それにしても、春日君のご実家は道場なんですね」

「道場はちっちゃいし、地元だけのマイナー流派だけどな。『春日一刀流』って言って……まぁ不意打ちとかフェイントとかを駆使して、隙を作って敵を倒すことを理念にした剣術だから、あまり人気もなかったな」

「でも、人に教えてたってことは、お弟子さんもいたんじゃ……?」

「門弟はいたけど、俺は弟子を持てるような腕じゃないよ。教えてたのも妹だけだし、しかも途中から追い抜かれちまったしな」

「春日君より強いんですか?」

「出来の悪い俺が言うのもなんだけど、妹の剣術の腕は本物だったよ。中一の時に免許皆伝をもらって、うちの道場では百年に一度の天才とか言われてたからな。剣術教え始めてから、三年と経たずに一本も取れなくなってたよ」

「す、すごい妹さんですね……妹さんも、この学園にいるんですか?」

 問われ、言葉に詰まる。

 レニはこの学園に来て間もないのだから、純粋な興味で聞いただけなのだろう。だが、その問いは純粋なだけに、事情を知っているものの揶揄よりも迅の心を騒がせた。

 ――どのみち、ほとんどの生徒が知っていることだ。隠しても意味はないだろう。

 決断すると、迅は重い気分で口を開いた。

「……一年前に、新宿で行方不明になってな」

「え? あっ……」

 簡単な説明で、レニも察してくれたようだった。

 一年前の新宿流星害は、世界的に見ても大規模な流星害だった。海外で報じられていてもおかしくはないだろう。多数の死者と行方不明者を出したが、発見された行方不明者は一人もいない。

 恐らく、行方不明者は「跡形もなく殺された」ということなのだろう。妹がどのような凄惨な最期を遂げたのか、今となっては想像することもできない。

 レニまで暗くなってしまう前に、迅は明るく振る舞ってみせる。

「出来のいい妹がいると大変でさ。実家にいた頃は剣術にコンプレックスがあって、やる気もなくして……妹によく叱られてたもんだよ。まぁ、そんなんだから『適正なし』の落ちこぼれになっちまったんだけどな」

「……そんなことないですよ」

 謝罪のために口を開きかけたレニが、小さく否定の言葉を返してくれる。謝罪されたくないという意図を汲んでくれたらしい。

 彼女は真剣な表情で続ける。

「春日君は強いですよ。わたしを助けてくれたし、つらい思いをしても我慢できるんだから……わたしとは、全然違います」

「レニもこれから強くなるさ」

「……うん」

 答えるレニの表情には、複雑な感情が浮かんでいた。どことなく後ろめたそうなその表情に、迅は首を傾げる。

 だがなんとなくそれを追及できず、迅は訓練に話を戻した。

「……そろそろ、休憩は終わりにするか」

「はい」

 どこかうわの空でうなずきを返し、レニは改めて型の練習を再開した。

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