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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第二章 強さの責任
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04

 一、二限目の授業は、剣術実技だった。

 校内の訓練場には、三クラス分の生徒達が班に分かれ、それぞれに訓練を開始していた。

 ドーム状の訓練場には芝生が敷き詰められており、運動場といったほうが近いかもしれない。いわゆる道場的な訓練場ではないのは、当然ヴァニルとの戦いを前提にしているからだ。行儀よく礼で始まって礼で終わる剣術など、ヴァニルの前では意味をなさない。訓練場には地形を変えられる機能もあるらしく、実力が認められればそういったものも使えるようになるらしい。

 迅達三人は訓練場の端に集まっていた。それぞれブレザーからジャージに着替え、得物を手に持っている。

 とはいえ、彼らはいきなりチームでの戦闘訓練を始められるような状態ではなかった。

 一応班長を任された身として、迅は説明を始めることにする。

「とりあえず、班活動の基本について教えておこう」

「よ、よろしくお願いしますっ」

 レニも両手を握りしめ、気合十分といった感じだ。凛奈はその様子を微笑ましげに見守っている。

「まず、班には四つの役割ロールがある。

 ヴァニルの攻撃を一手に受け、班の全員を攻撃から守る『盾兵ディフェンダー』。

 盾兵の負担を減らすため、遠距離から牽制を行ってヴァニルの足を鈍らせる『弓兵ストッパー』。

 盾兵と弓兵が作った隙を利用して、確実にヴァニルを仕留める『剣兵アタッカー』。

 そして、全体の戦況を見ながら全員に指示を出し、必要に応じて各役割のフォローも行う『司令塔コマンダー』だ」

 指折り数えながら説明する。レニはふむふむと真剣な目をしてうなずいていた。

「当然、それらの役割を割り振るには、剣精霊の特性を把握しておく必要がある。ヴァニルを倒しきれない剣兵や、すぐに突破される盾兵も役に立たない。個々の役割が機能しない班は、すぐに全滅する」

「せ、責任重大、なんですね……」

「そうは言っても、俺達学生が戦場に出ることなんてまずないからな。今のところは、そこまで気負わなくても大丈夫だ」

「は、はい」

 さっそくレニが不安で青ざめかけていたので、迅は安心させるように補足した。効果があったかはわからないが、彼女の返答を信じて、迅は本題に切り込む。

「とりあえず、役割を決めなきゃ訓練方針も決められない。レニ、すまないが、剣精霊の力を見せてもらってもいいか?」

「……わかりました」

 一瞬だけ逡巡したようだったが、レニは得物を鞘から抜いた。

 現れたのは、刀身が黒く塗りつぶされた異様な長剣だった。長さや作り自体は、女性用の長剣としては標準的だと言っていいだろう。

 それをへっぴり腰で構えながら、レニが尋ねてくる。

「あ、あの……なくしてもいいもの、なにかありませんか?」

「ちょっと待ってくれ」

 問いかけに疑問を感じつつも、迅はジャージのポケットからハンカチを取り出した。

「これでいいか?」

「はい……大事なものとかじゃ、ないですよね?」

 念押ししてくるレニに、迅は即座にうなずいた。

 それで納得したのか、レニはハンカチを受け取った。そのハンカチを長剣に押し当て、念じるように目を閉じる。

 長剣が光を放ち――次の瞬間、ハンカチが消えていた。

 文字通り、跡形もなく消滅していた。

 Sランク剣精霊の力を見れると思い、遠巻きに様子を見ていた学生達も、絶句して言葉が出ないようだった。

 その静寂を、レニが破る。

「『元素変換』。それが、この子……ナハトの力だそうです」

「……それって、ヴァニルにも通じるのか?」

「さすがに本物で試したことはないですけど、本人が言うには『剣で触れさえすれば大丈夫』だそうです」

 迅の問いに、レニは自信なさげに答えた。

 とはいえ、それが事実だとしたらとんでもないことだ。

 ヴァニルの外皮は、並みの剣覚にとっては途方もなく硬い。母数の少ないBランクの剣覚でも、ヴァニルを倒すには渾身の一撃を確実に叩き込む必要がある。過去に発見された大型のヴァニルにもなると、Aランク数人がかりでも手を焼くらしい。

 レニはそんなヴァニルを、ただ近づいて剣で触れさえすれば、容易に消滅させられるのだ。

 あらゆるヴァニルの強度を完全に無視できる、対大型ヴァニル戦において最強の戦力と言っていいだろう。

「……レニは剣兵だな」

「……だね」

 衝撃冷めやらぬ思いで呟くと、凛奈も同じような声で同意した。

 その決定に、レニは不安そうに表情を曇らせる。

「あ、あの……それって、ヴァニルに攻撃する役割ですよね? それって、あの、危ないんじゃ……」

「確かに危険だが、盾兵と弓兵がいるからな。そこまで不安がらなくても大丈夫だ」

「そ、そうなんですか? ところで、この班の盾兵って……」

 レニの素朴な質問に、迅はばつの悪い思いで回答する。

「うちは三人しかいないからな。凛奈は根っからの弓兵だし、盾兵は司令塔と兼任で俺がやってる」

「春日君って、盾兵だったんですね。ちょっと意外です」

 朝の戦闘を思い出しているのか、レニは不思議そうに首を傾げる。

 彼女の純粋な疑問に、迅は思わず顔をそむけたくなった。罪悪感に駆られながらも、正直に説明する。

「……というか、消去法で盾兵をやってるだけだな」

「剣兵でも盾兵でも弓兵でも、『適正なし』だもんね。迅は」

「そ、そうだったんですね。でも……春日君に守ってもらえるなら、安心です。朝も守ってもらっちゃいましたし」

 屈託のない信頼と笑顔を向けられ、迅はむずがゆくなって頬をかいた。

「役割は果たすよ」

「おー、迅が照れてる。めずらしー」

「茶化すな」

 茶々を入れてくる凛奈を軽く小突いてから、改めてレニに告げる。

「とにかく、しばらくは基礎訓練と剣兵用の訓練メニューだな。俺も付き合うから、頑張ろう」

「は、はい! 頑張りますっ」

 ――こうして、初日の訓練が始まった。

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