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「なんていうか、普通ね」
チャーハンを口に運んだ凛奈は、開口一番そう言った。
寮の居間に集まって、迅達三人は昼食を取っていた。カーテンを開け放したベランダからは、暖かな日差しが差し込んでくる。日差しを浴びていると少し汗ばむようになってきて、初夏の終わりと本格的な夏の兆しを告げているようだ。
今日の昼食は、迅が作ったものだった。テーブルの上にはチャーハンとスープ、大皿のサラダが並べられている。チャーハンの具は豚バラ肉を中心に、細かく切った玉ねぎや椎茸、人参などを卵で絡めて米と具がパラパラになるまで炒めている。
湯気とともに香ばしい匂いを上げるチャーハンを掬い、迅はそれを口に運んだ。咀嚼しながら、醤油の塩気と具の旨味を舌で転がす。
「……確かに、二人の料理と比べると普通だな」
迅のとっては一番の得意料理だったチャーハンだが、やはり凛奈やレニの作る料理には敵わなかった。
それを素直に認めて消沈していると、レニが慌ててフォローしてくる。
「で、でも、春日君の料理もちゃんと美味しいですよ? 確かに、ちょっと大味は感じはしますけど、そこが春日君らしいというか……」
「……無理にフォローしなくてもいいぞ」
というか、後半は褒めてるのかけなしているのか、怪しいところだった。
もう一度チャーハンを咀嚼してから、凛奈もフォローを入れてくる。
「や、実際悪くはないよ。ただ味付けが男らしいというか……調味料とか下味のつけ方とか覚えると、もっと奥行きが出るかもね」
「奥行き、か……」
料理を趣味にしている人間の評価は、やはり辛口だった。
迅はもう一度チャーハンを口に運び、懐かしい味を噛み締めてから、もう一度口を開く。
「……いいんだよ。俺は、この普通の味で」
拗ねてるわけでも、開き直るわけでもなく、迅は苦笑して言った。
凛奈とレニは驚いたように目を丸くしてから、くすりと笑みをこぼす。
「そーね。普通が一番」
「わたしも、春日君の料理好きですよ」
二人が妙に嬉しそうに言ってくるのに、迅はなぜだか妙に照れくさい気持ちになっていた。ごまかすように一気にチャーハンをかきこみ、スープも飲み干してから席を立つ。
「悪い。食器を片付けといてくれるか。晩飯の時は、俺がやるから」
「どこに行くんですか?」
「……ちょっとな」
それで事情を察したらしく、凛奈のレニもそれ以上追及してこなかった。
彼女達の気遣いに内心で感謝しつつ、迅は部屋を出た。
ヴァニルの御原島襲撃から、すでに二週間が経っていた。
あの事件での死者は、九六人。あの規模の戦闘での死者数としては、奇跡的な数と言える。その他にも多数の重傷者を出しているが、一般人の死傷者はほとんど出なかったようだ。
細川教諭も重傷だったが、かろうじて一命を取り留めたようだった。まだ職場には復帰していないが、来月中には復帰できるという噂を岳から聞いた。
軍や学園関係者は、いまだに事件の後始末のために奔走しているそうだ。訓練も自習が増えたし、モールの修復もまだほとんど進んでいない。食料や衣類、日用雑貨など、必要最低限の店しか開かないままだ。
奇跡的な犠牲の少なさとはいえ、失ったものはあまりに多い。
それでも、学生達は少しずつ、元の緩やかな日常を取り戻しつつあった。
御原島の外れに出来た墓地に、迅は立っていた。
墓地の向こうには、一面に水平線が広がっている。吹き付ける潮風は心地よく、照りつけるような暑さを和らげてくれる。
崖の前に並んだ墓のひとつひとつは、今回の事件で死亡した剣覚達のものだった。
遺体の多くは遺族に返還され、正式な葬儀が行われたらしかったが、家族がいないものの葬儀は学園で取り行った。また遺体を遺族に返された者達の分も、名誉の戦死を遂げたということで、災害記念碑のような形で墓が作られることになったらしい。
墓のひとつの前で立ち止まり、迅は潮風に目を細めながら口を開く。
「……また来たよ、小夜」
墓に刻まれた名は、春日小夜。
妹の葬儀は、新宿流星害の時にすでに行われていた。だが学園側の厚意で、学園での葬儀に小夜も含めてもらったので、その折に御原島にも墓を作ってもらう運びになったのだ。葬儀の際、小夜の痛ましい遺体と対面して、久しぶりに会った両親が更に老け込んだように見えた。
妹の墓に線香を上げ、花を取り替える。軽く墓の周りを掃除してから、迅は再度口を開いた。
「……悪い。これから、あまり来れなくなると思う」
謝罪の言葉を口にしながら、迅は清々しい思いで笑みを浮かべていた。
「仇討ちは終わったけど、俺はもっと強くなりたいんだ……今度こそ、大切なものを守れるくらいに」
言って、小夜の墓から踵を返す。力強い足取りには、もはや迷いはなかった。
今の自分には、守りたいものがあるのだから。
―了―




