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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第五章 守りたいもの
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 落下してくる輸送機が陽光を遮り、向かい合う二人の間に濃い影が差す。

 どうやら凛奈がうまくやってくれたらしい。迅は居合いの構えを解かないまま、小さく笑みをこぼした。

 対峙する怨敵は、苦々しげに顔を歪めていた。だがすぐに集中を取り戻し、野太刀を八双に構えて、手の中で柄をくるりと回す。

 それは迅だけが知る、妹の癖。

 本気を出す時だけに見せる、無意識の予備動作。

 ――本気で来い、小夜。

 敵が本当に小夜と同化しようとしているならば、ああ言えば本気を出すしかないだろうと、迅は踏んでいた。

 迅はやけに静かな思いで、視界から小夜が消えるのを見届けた。ほぼ同時に、風花に託された力を解放する。

 風花の能力は『大気支配』。能力の一部に風を操ったり、空気を圧縮したりといったものはあるが、本質は『支配』にこそある。

 すなわち、大気の完全掌握。

 周囲の大気が自分の皮膚となったように、空気の流れの一切を知覚する。

 風花の忠告通り、常人では耐えられないような負荷が脳を襲う。凄まじい情報量に思考が追い出され、翻弄される。ずきずきと頭が痛むが、その代わり――敵がどこにいるのか、迅には手に取るようにわかっていた。

 ――背後から、袈裟懸けに斬撃。

 瞬時に敵の意図を読み取り、迅はほとんど反射的に背後を振り返った。振り返る勢いのまま、鞘の中で圧縮された空気を解き放つ。

 野太刀が交差する。

 刀身を半ばから斬り折られ、ヴァニルの顔が驚愕に歪んだ。その表情を冷たい目で眺めながら、迅は野太刀を振り抜く。

 迅の斬撃が、ヴァニルの胸部を切り裂いた。心臓の位置に埋め込まれていた核が砕け散り、ヴァニルがその場に崩れ落ちる。黒銀色の仮面と篭手が砕け散り、小夜の顔が露わになる。

 それを見下ろしながら、迅はやけに冷静に考えていた。

 ――本物の小夜が相手だったら、恐らく勝てなかっただろう。

 彼女なら剣精霊の力を剣技に取り込んで、もっと思いもよらないような攻撃をしてきたに違いない。

 だが相手は所詮、借り物の記憶で戦うヴァニルだった。

 小夜の癖も知らず、小夜が無意識に模索していた『理想の剣』も知らない。技術はあっても理念はないため、小夜の剣術から技を進化させることもできない。

 そんな相手に、兄である自分が負けるわけにはいかなかった。

『大気支配』の負荷から解放され、迅もその場に膝をつく。いまだに頭がずきずきと痛むが、構わず小夜の元まで這い進む。

 ヴァニルの支配から解けた小夜は、妙に清々しい顔をしていた。今にも口を開いて喋り出しそうだが、それは叶わない。

 薄く開いたままだった妹の目を、迅はそっと閉じた。胸に開いた大きな空洞を隠すように、ぼろぼろになったパーカーを掛けてやる。

 ――これで、終わったんだな。

 感慨よりも虚しさと共に、それを実感する。

 頭上から差していた影が、唐突に消える。代わりに眩い光が辺りを包み、迅は目を細めた。

 落下してきた輸送機に、跳躍したレニが長剣を突き立てている。光はその長剣から広がっていた。巨大なヴァニルを分解するために、凄まじい力の解放が行われたのだろう。

 まるで太陽が落ちてきたような輝きを見つめ――不意に、迅は自分が涙を流していることに気づいた。

 それで、ようやく理解する。

 ――ああ、俺はずっと死にたかったんだな。

 妹を守れなかった自分が、ずっと許せなかった。誰かを守って死ねるのならば、妹も許してくれるのではないかと思っていた。

 秘めた願いに今更気付き、迅はようやくそれを切り捨てることができた。

 ――ごめんな、小夜。俺、守りたいものができたんだ。だからまだ、お前のところには行ってやれない。

 すべての闇を飲み込むような、温かな光に包まれながら。

 少年は涙が涸れるまで、嗚咽とともに妹の名を呼び続けた。

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