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「まったく。ホント無茶言うんだから」
迅と別れてから、凛奈は愚痴をこぼしながら戦場を駆けていた。
アウトレットのあちこちでは、まだヴァニルと剣覚達の戦いが続いている。いくら倒しても降ってくるヴァニルの群れに、学生も教師も疲労の色が隠しきれていなかった。彼らの善戦もあって、一般人の避難は完了したようだったが、このままでは戦線が崩壊するのも時間の問題だろう。
(ごめん。もう少しだけ踏ん張って……!)
罪悪感を覚えながら彼らの戦っている脇を駆け抜け、凛奈は壁を蹴ってモールの屋上に飛び乗った。ざっと見渡した感じだと、このあたりで一番背の高いモールだ。やるならここしかないだろう。
少し遅れて、レニも息を切らしながら屋上に上がってきた。度重なるヴァニルとの戦闘と、戦場を駆けずり回ったことで、彼女の疲労もピークにあるようだ。
だが、レニは肩で息をしながらも、気丈に笑みを作ってみせた。
「す、すみません……わたしは大丈夫ですから、始めちゃってください」
「りょーかい」
苦笑しつつ、凛奈はモールの天井に仰向けに寝転がった。上空に銃剣を向けると、銃剣の剣精霊『紅葉』が銃身を固定するように、蜘蛛の足のような固定具を屋上の床に突き立てる。銃身の上には、普段は長距離射撃用のスコープまで突き出している。
相棒の気遣いに感謝しつつ、凛奈はスコープ越しに上空の黒点を覗きこんだ。
上空に浮いているのは、やはり輸送機だった。島の上空をぐるぐると周回しながら、今もヴァニルを落下させている。高度はおよそ三〇〇〇メートルほど。黒銀色の装甲を見る限り、装甲の硬さはヴァニルの外皮並かそれ以上だろう。
能力による消耗を考えれば、無駄弾を撃っている余裕はない。軌道がずれても修正することはできるが、それを何度も繰り返していたら、敵に届く前に凛奈のほうが力尽きてしまうだろう。
重力に逆らって弾丸を飛ばして、硬い装甲を撃ち抜いて、ただ一撃で敵を撃墜する。
(……そんなこと、本当にあたしにできるの?)
動揺で手が震えだし、照準がずれてしまう。瞑目して深呼吸をするが、手の震えは容易には収まりそうになかった。
(撃ち落とせなかったら、どうなるんだろう……)
考えてはいけないことが、どんどん思考を掻き乱してくる。邪念を消そうとすればするほど、状況は悪くなるばかりだった。
孤独な戦いに耐えられず、助けを求めるように凛奈は口を開く。
「……ねえ、レニ」
「は、はい」
「……あたし、ちゃんとやれるかな……?」
想定していたよりか細い声が漏れてしまい、凛奈は赤面した。
レニは少しだけきょとんとしてから、こともなげに言ってくる。
「凛奈さんが、失敗するわけないじゃないですか」
碧色の瞳には、凛奈が失敗するなど微塵も疑ってないような、絶大な信頼の色が宿っていた。それを不安そうに伏せてから、レニは頭を抱える。
「それより、問題はわたしのほうですよ……失敗したらどうしましょう……いや、絶対失敗なんかしちゃいけないんですけど、でもやっぱり可能性はあるわけで……」
「……ぷっ」
顔を青くして不安を吐露するレニに、凛奈は思わず噴き出してしまった。
「そ、そんなぁ! 笑わないでくださいよ、凛奈さん!」
「ごめんごめん。でも、レニは絶対上手くやるって。あたしが保証する」
「ほ、本当ですか……?」
なおも不安そうなレニにうなずきを返してから、凛奈は再度上空の物体に照準を合わせる。
(この子の信頼に、ちゃんと応えてあげないとね……)
まだまだ未熟なルームメイトに、剣覚の先輩として胸を張れる自分でいたいし――なにより、仲間の信頼を裏切るなんて、死んでも御免だ。
狙いの邪魔にならないよう、浅く呼吸する。手の震えは、もう完全に収まっている。世界が静止したように、自分の鼓動の音だけが聞こえる。
邪念の入り込む余地すらない、完全な集中の中。
凛奈は静かに、引き金を引いた。
爆発の能力によって射出された弾丸が、天に向かって放たれる。重力につかまれて引きずり落とされそうになる弾丸を、背後から爆発させて加速させる。
能力の酷使の影響で、全身から力が抜けていく。意識が遠くなるような脱力感に耐えながら、凛奈は弾丸の加速を続けた。
何度も繰り返してる内に、弾丸と輸送機の間合いが近づいてくる。凛奈は最後の気力を振り絞り、一気に能力を解放する。
弾丸が急激に加速し、輸送機から突き出ている四基のエンジンを、串刺しにするように貫いていく。
爆炎。すべてのエンジンを破壊され、輸送機が慣性のままに落下を始める。そのままの軌道で落ちれば、海上に落下するコースだ。
だが、ヴァニルは自分を撃った敵を道連れにすることを選んだようだった。軌道を変えて、凛奈のほうへと落ちてくる。
(……やってやったわよ、迅)
ここにはいない少年の顔を思い浮かべて、凛奈は微かに笑みを浮かべた。
全力を出し切った凛奈には、もはや逃げる体力すら残っていない。あとできることと言えば、仲間たちを信じることだけだ。
ぼやけた視界の中で、眩い光が広がるのが見え――
そこで、凛奈は意識を失った。




