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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第五章 守りたいもの
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 春日一刀流の秘奥『晦月』。

 その技の前に歴戦の剣鬼が斃れるのを見届けて、迅は絶望的な思いを噛み締めていた。

 細川教諭は、国内でも十指に入る剣覚だった。現役を退いたとはいえ、この島では間違いなく最強の戦力だった。こうなると、もはやヴァニルの猛威を止められるものはこの島にはいないだろう。

 痛みとショックで頭がくらくらするが、迅は気力を振り絞ってなんとか立ち上がった。野太刀を握りしめ、風花の力で巻き起こした暴風を小夜に向かって撃ち放つ。

 風には無論、小夜を傷つけるほどの威力などなかった。だが暴風に煽られて迅の存在を思い出したのか、小夜は倒れた細川の検分をやめて迅のほうを振り返った。

 その顔には、嘲弄の笑みが浮かんでいる。

「どうした? そんなに早くヴァニルになりたいか?」

「……冗談じゃねえ。俺が相手してやるって言ってんだ」

「威勢がいいな」

 細川を倒したことですっかり自信を得たのか、ヴァニルは完全にこちらを侮っているようだった。冷笑するように鼻を鳴らし、細川を放ってこちらに歩み寄ってくる。

「だが、無謀だ。せっかく恩師が命を張ってくれたのだ。素直に逃げておくべきだったな」

「俺がお前らを前にして逃げるなんて、それこそ有り得ないね」

「なるほど。戦場で真っ先に死にそうなタイプだ」

「かもな」

 応じながら、迅も野太刀を鞘に納めて居合の構えを取った。

 奇策とはいえ純粋な剣技で細川を凌駕した相手に、正攻法で勝てるとは迅も思っていない。勝機があるとしたら、やはり『風牙』に賭けるしかないと確信していた。

 問題はひとつ。タイミングだ。

 いかに神速の太刀とはいえ、技の起こりを読まれてしまえば、剣術に通じるものなら回避は可能だ。それをいかにカモフラージュし、タイミングを外して放つか。

 あるいは。

(……絶対に避けられない状況で、技を出せるか)

 その方法には、ひとつだけアイデアがあった。

 きっと、一か八かの賭けになる。成功しても、恐らく無事では済まないだろう。

 だが、なにもしないよりはきっとマシなはずだ。

 二人の距離が、徐々に縮まっていく。迅は最後の賭けを始めようと口を開きかけ――

 迅の後方から銃声が響き、小夜が足を止めた。迅の顔の脇を通過して、銃弾が小夜に向かって飛来する。

 それを正確に斬り落とすと、小夜は弾丸の飛んできた方向を不機嫌そうに睨みつけた。

 迅もつられて背後に視線をやろうとする。だが彼が振り返る前に、二人の少女が彼と肩を並べるように歩み出てきた。その顔を見て、迅は驚愕に目を見開く。

「凛奈! レニ! 二人とも、こんなところでなにしてんだ!」

「なにしてるって……それはこっちの台詞ですよ、春日君!」

「なんであんたはいつも一人で無茶するのよ、このバカ!」

 レニは長剣を構えたまま、凛奈は銃剣を小夜に向けたまま、それぞれに迅に怒鳴り返してきた。

 二人とも私服はところどころ破れており、肌に擦り傷ができているのがうかがえる。恐らく、少し前までヴァニルと交戦していたのだろう。朝見た時よりもぼろぼろで、みすぼらしい姿のはずなのに、迅には今の彼女達のほうが輝きを放っているような気がしていた。

 呆気に取られている迅を尻目に、凛奈が怒鳴り声を上げてくる。

「あんたはあたし達のリーダーでしょうが! やるべきことがあるんなら、一人で抱えるんじゃないわよ! あたし達、チームでしょうが!」

「春日君は、わたしの荷物を一緒に背負ってくれるって、言ってくれましたよね!? だったらわたしだって、春日君の荷物を背負いたいです! だって――」

 レニは大きく息を吸い込んだ。


「――だって、それが仲間じゃないですか!」


「……ったく、恥ずかしい奴らだな」

 ストレートな思いをぶつけられて、迅は照れ隠しに呟いていた。死ぬ気で賭けに出ようとしていたことが、なんだかバカバカしく思えてきた。

 胸に温かいものが宿るのを感じながら、迅はぼやくように言う。

「俺は……ヴァニルを倒すことしか頭にない、ダメなリーダーだ。たぶん無茶するのだって、今回が最後じゃない。ヴァニルがいるなら何度だって戦場に飛び出していくし、チームを何度も危険に合わせると思う。それでも、一緒に戦うっていうのか?」

「そんなの、とっくの昔にわかってるよ」

「わたしだって、承知の上です」

「……このお人好しどもめ。だったら……同じ班にいる間は、地獄の底にだって付き合ってもらおうか」

「りょーかい」

「はいっ」

 威勢のいい返事に、胸の奥から力が湧いてくるのを感じる。心なしか腹を刺された痛みも薄れてきたような気がして、迅は自分の現金さに苦笑した。

 それからすぐに表情を引き締めて、人差し指で上を示しながら尋ねる。

「さっそくだが……凛奈、あいつをなんとか撃ち落とせないか?」

「あの、上に浮いてる黒いやつ?」

「ああ。あいつがここまでヴァニルを運んできた。ほうっておくと面倒だから、ここでなんとかしたい」

「ここでなんとかって……撃ち落せたって、核の場所がわからないとどうしようもないよ?」

「それはなんとかなる」

「なんとかって……」

 凛奈は更に言い募りかけて、迅の意図を察したらしく言葉を止めた。

 レニがまだ首を傾げているようだったので、迅は今度は彼女に向けて口を開いた。

「レニ。凛奈があいつを撃ち落としたら、その長剣であいつを『分解』してくれ」

「あ、あれを、ですか……?」

「ああ。ちなみに失敗したら、このモールは壊滅するな」

「ぷ、プレッシャーかけないでくださいよぉ」

 情けない声をあげるレニに、迅は苦笑した。

「大丈夫だよ。レニならやれる。というか、こんなことレニにしか頼めない」

「も、もう……そんな風に言わなくたって、ちゃんとやりますよ」

 レニが照れたように頬を赤らめたようだった。迅は首を傾げてから、気を取り直して二人に告げる。

「そんで――妹の相手は、俺がする」

 言って、迅は視線で小夜を示した。

 レニと凛奈は驚愕に息を呑んだようだったが、すぐに無言でうなずきを返してきた。兄妹で斬り合うのを止めようとしないのは、恐らく迅の意思がテコでも動かないと察しているからだろう。実際のところ、仮に他の適任者がいたとしても、迅はその役割を誰かに譲るつもりはなかった。

「……勝算はあるんでしょうね?」

「まぁな」

「相打ちなんて、絶対ダメですからね」

「わかってるよ」

 問いに応じると、二人は同時に嘆息をついたようだった。小夜の動きに注意しながら、戦いの邪魔にならないようにじりじりと後退を始める。

 それを横目で確認しつつ、迅も小夜から視線を外さなかった。彼女がまだこちらの動向を訝っているのを見て、風花に尋ねる。

「風花、聞いてもいいか」

『はい』

「小夜の持ってる剣精霊、お前の関係者か?」

『……どうしてわかったんですか』

 いつも無感動な風花の声に、微かに驚きの色が混じっていた。

「なんとなくかな。能力が同じだし、お前もあいつも新宿流星害で降りてきた。あと……お前はヴァニルと戦うのを嫌がってたし、能力も隠してるような感じがしたから。敵に殺したくない相手がいるのかなと思ってた」

 言いながら、迅はいつかの風花の言葉を思い出していた。

 ――みんながみんな、ヴァニルと戦いたいわけじゃないってことです。

『……迅は、たぶん忘れてると思ってました』

「実際、ずっと気にしてたってわけでもないけどな」

『正直ですね』

 風花は苦笑してから、観念したように語り出す。

『彼女は、私の姉のような存在で……ちょうど迅に出会う前に、私をかばってヴァニルに取り込まれたんです』

「……ってことは、あのヴァニルは俺とお前、両方の仇ってわけか」

『そうなりますね』

「なら、頼む。今回だけでもいい。お前の全力を、俺に貸してくれ」

 ――レニとの鬼ごっこ訓練の時に感じた、あの空気の流れを知覚する感触。

 小夜に勝つためには、あの感覚がどうしても必要だった。

『……こうなったら、私も腹を括るしかなさそうですね』

 野太刀の柄から、ため息のような風を吹き付けてきた。

『でも、あれを長時間発動させるのは無理です。普通の人間には耐えられません。迅ならせいぜい十数秒といったところです。それでもいいですか?』

「上等だ、相棒」

『本当は、迅にも戦って欲しくなんかないんですが……あなたはきっと止まらないでしょうから、仕方ないですね。あなたが戦うなら、私も戦います』

 そこで風花は言葉を斬り、

『私もあなたの……仲間、ですから』

 照れたように言ってから、彼女はそれきり口を閉ざした。

 無愛想な相棒の思いがけない言葉に驚きつつ、迅は野太刀の柄を握る手にそっと力を込めた。

「内緒話は終わったか?」

 いい加減待つのに飽きたのか、小夜の姿をしたヴァニルがつまらなそうに問うてくる。

「まぁな」

「それで、貴様一人で私と戦うのか? 随分なめられたものだな」

「そうでもないさ。少なくとも……兄の俺が、妹の剣に負けるわけにはいかない」

 迅は再度居合の構えを取りながら、ヴァニルの向こうにいる小夜の記憶に呼びかけた。

「本気で来い、小夜」

 名前を呼ぶと、仮面に覆われていない小夜の顔に、微かな反応があった。

 それに手応えを感じつつ、迅は彼女に宣戦布告する。

「久しぶりに、本気で相手してやる」

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