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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第五章 守りたいもの
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 少女の姿をしたヴァニルと相対しながら、細川は場違いな懐かしさを覚えていた。

 彼が立たされていた戦場では、死んだ人間がヴァニルに乗っ取られてしまうこともままあった。それ故、目の前に立っているような幼い少女が、死後もヴァニルに記憶と肉体を食い物にされているとしても、今更驚きはなかった。

 驚きはないが、怒りを感じないわけではない。

 迅とのやり取りをみた限りでは、ヴァニルは彼の妹の肉体を操っているのだろう。彼女に対する同情の念は湧くが、彼女の遺体のことを配慮して、ヴァニルに対して手加減するつもりは毛頭なかった。

 こちらの出方をうかがっているのか、敵は野太刀を八双に構えたまま動かない。先ほど片鱗を見たとはいえ、剣精霊の能力を正確に把握しておきたいという魂胆だろう。

(随分弱気なことだ)

 あるいは、人間の記憶を得たことで多少なりと人間性を身につけ、命が惜しくなったのだろうか。

(そんなわけがないか)

 内心で苦笑してから、細川はあえて敵の狙いに乗ってやることにした。

 地面を蹴る。Aランクの剣精霊によって強化された身体能力は、十メートル近い距離をほぼ一瞬でゼロにした。敵が驚愕に息を呑むのを感じながら、細川はその胴体を逆袈裟に斬り上げる。

 激突。

 ヴァニルはかろうじて反応し、斬撃を野太刀で受け止めたようだった。八双の構えから瞬時に野太刀を下げ、下段からの攻撃に対処した技術は見事と言えよう。だが無理な体勢で剣を受けたため、勢いを殺し切れずに身体が浮く。

 当然、その隙を見逃す手はなかった。

 細川の刀――剣精霊『舞揺まゆら』が、ぐにゃりと形を変える。刀身が薄く長く伸び、刃の鋭さを残したまま鞭のようにしなる。それを手足のように制御しながら、細川はヴァニルの首筋へ刃を走らせる。

 手応えはあった。

 少女の左手が、空中に舞う。どうやら、ヴァニルは腕を盾にして首をかばったようだ。首に核があるわけでもないだろうが、視覚と身体が切り離されるのを嫌ったのだろう。

 ヴァニルは先程よりも距離を取ってから、野太刀を正眼に構え直した。斬り飛ばされた左手は、本来の肉体である黒銀色の篭手で補っている。構えの変化から察するに、先ほどよりも防御を意識しているようだが、それも当然の反応と言えよう。

 驚きを宿した瞳のまま、ヴァニルが口を開く。

「……随分妙な剣精霊だな」

「そうか?」

「ああ。そんな珍妙な剣精霊で、よくも今まで戦ってこれたものだ」

 ヴァニルの指摘は、ある意味もっともだった。

 細川の剣精霊『舞揺』の能力は、「刀の形を自在に変化させる」というものだ。

 それは別段、驚くべき能力というわけではなかった。元来、剣精霊は主の好みに合わせて、武器としての己の姿を変化させることができる。人間形態において服を変えるようなもので、変化することそれ自体は舞揺だけの特別な能力というわけではない。

 舞揺の特殊性は、その時間の速さにこそあった。

 本来、形を別のものに変化させるには、相応の時間がかかるものだ。普通は数秒、複雑な形状であれば数十秒ほどはかかる。

 だが、舞揺にはそのラグは存在しない。細川の意思ひとつで、一瞬で自在に形を変化させる。

 ――何の能力も持たない舞揺が、研鑽の果てに掴んだ力。

 器用貧乏な自分の剣技とは正反対だが、血の滲むような努力の果てに築き上げられたその能力を、細川は気に入っていた。

 細川は無構えを崩さないまま、ヴァニルの言葉に鼻を鳴らした。

「人の相棒を悪く言わないでもらいたいな」

「貴様の剣技に呆れているだけだ。その能力、並の剣術家では使いこなせまい」

「異常な剣術家であることは認めよう」

 軽口で返してから、細川は刀を上段に構え直した。踏み込みと同時に刀身が太く長く伸び、長大な剛剣と化した刃をヴァニルに叩きつける。

 今度の攻撃には、敵も反応できたらしい。即座に斬撃を受け止めるのを諦めて、真横に逃れる。

 轟音を上げて、剛剣が地面を抉る。だが剛剣はすぐに鉄鞭へと姿を変え、細川はそれを横薙ぎに振り払った。

 迫り来る鉄鞭を、ヴァニルは野太刀で叩き落とそうとする。細川は鉄鞭を自在に操り、敵の斬撃を避けて野太刀に絡みつかせた。

「……っ!」

 野太刀を奪おうと鉄鞭を引くが、ヴァニルが抵抗するように野太刀を引いてきた。だが少女の体格を借りているせいか、敵のほうが力が弱い。細川は全力で鉄鞭を引いて、ヴァニルを身体ごと目の前に引きずり出そうと試みる。

 地面に踏ん張って抵抗していたヴァニルは、即座に方針を変えたようだった。引っ張られる力を利用して跳躍し、高く跳ね上がった状態から野太刀を振り上げる。恐らく、こちらが鉄鞭から攻撃用の武器に変化させる瞬間を狙って、必殺の一撃をお見舞いしようという魂胆だろう。

 その攻撃を、細川は冷静に分析する。

 この場で武器を変化させて真っ向から打ち合えば、純粋な剣技で戦うことになるだろう。敵はまだ、少女の肉体に宿った剣術の腕を見せていない。自分のほうが腕は上だという自負はあったが、それに慢心するつもりはなかった。なにより、眼前のヴァニルが核をどこに隠しているのか、まだ判断がつかない。意図して致命打を狙えない分、通常の間合いで真っ向から打ち合うのは、こちらのほうが分が悪いとも言える。

 対して、鉄鞭を操って突進の軌道を逸そうとすれば――恐らく敵は野太刀を捨て、ヴァニルの力だけでこちらを仕留めに来るだろう。この場合でも、こちらは容易に刀を変化させ、斬撃で迎え撃つことができる。

(……後者だな)

 細川は思案を終え、確実な方策を選択した。

 剣理を追求し続け、無敗の剣を目指したが故の徹底した合理性。それこそが、細川を剣鬼へと昇華させた大きな要因であり――同時に、彼の限界でもあった。

 鉄鞭を操り、細川は頭上から飛来してくる敵の軌道を逸そうとする。

 予想通り敵は瞬時に反応し、野太刀を手放した。飛来する勢いをそのままに、黒銀色の左手首をナイフのように変化させて、細川の胴体に突き出してくる。

 細川は敵の接近を許さず、刀を打ち下ろして敵の左手を斬り落とした。返す刀で首を刎ねようとし――

 ありえない光景に、彼は目を見開いた。

 ヴァニルの右手には、先ほど捨てたはずの野太刀が握られていた。混乱する思考の中で、細川は瞬間的に悟る。

(――剣精霊、だと!?)

 主が望めば、剣精霊はどれだけ離れていても、空間に干渉して瞬時に主のもとに移動することができる。状況を理解できても、混乱はすぐには収まらなかった。

 ヴァニルは左手を突き出した体勢から、無理やりに身体を捻って力任せの斬撃を放ってくる。本来なら十分避けられる間合いだったが、敵の野太刀を中心に巻き起こる暴風が細川の動きを止め、ヴァニルの動きを加速させる。

 首を狙ってきた斬撃を、肩を上げて受け止める。肩が焼けるような激痛に耐えながら、細川は斬撃の勢いに逆らわず跳躍した。それ以上刃が食い込まないよう野太刀を刀で押さえ、敵が野太刀を振りきった瞬間、刀を鉄鞭に変えて敵の身体へ奔らせる。

 無理な斬撃で体勢を崩していたヴァニルには、鉄鞭を避ける余裕はないようだった。鉄鞭は胸を深く抉り、黒銀色の外皮を削って赤い核を露出させる。だが核を砕く前に、鉄鞭は野太刀に弾かれてしまった。

 細川は肩を斬られた勢いで硬い地面の上を転がりながら、それを見届けた。立ち上がろうと四肢に力を込めるが、斬られた左肩には力が入らなかった。出血はそこまでひどくないが、骨をやられてしまったようだ。

(……参ったな)

 苦笑を漏らしながら、細川はなんとか立ち上がった。右手だけで刀を担ぐように構える。

 その姿を見て、ヴァニルは意外そうに目を丸くした。

「まだやるつもりか?」

「……これでも一応、教師なんでね。教え子の前で、格好悪いところは見せられない」

「健気なことだ」

 ヴァニルの声には明らかに嘲弄が混じっていたが、細川は一切意に介さずに思考を巡らせる。

(……このヴァニルは、ここで仕留める)

 ここで逃してしまえば、大きな禍根を残すことになる。そうなればまた多くの人が犠牲となり、多くの剣覚が戦場に倒れることになるだろう。

 だから、絶対に逃すわけにはいかない。そのためならば、自らの命も賭けてみせよう。

 細川の冷徹な決意を察したわけではなかろうが、ヴァニルも嘲弄を消して真剣な表情で野太刀を八双に構え直した。斬り落とした左手はすでに再生を終えており、両手で野太刀を構えながら、手の中で柄をくるりと回す。

 相手は両腕が健在だが、こちらは片腕しか使えない。力で押し切るのは不可能だろう。

 思案を巡らせながら、わずかに息を呑み――


 ヴァニルの姿が、視界から消えた。


 動揺のあまり、細川は周囲に視線を巡らせた。だが敵の姿はなく、移動する音すら聞こえてこない。

(どこにいる……っ!?)

 焦りのあまり刀を振り回したくなる衝動をこらえて、細川は意識を凝らした。音、匂い、空気の流れのすべてを全身で感じ、敵の行動を推察しようとする。

 側面から冷たい殺気が生まれ、細川は瞬時に振り返った。振り向き様に、右腕だけで刀を袈裟懸けに振り下ろす。

 だが――斬撃は、虚しく空を斬っただけだった。

「残念。外れだ」

 背後から嘲るような声が響き。

 背中を走る冷たい鉄の感触に、細川は意識を手放した。

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