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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第四章 剣覚達の休日
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 その日の夜。

 小夜の夢にうなされて、迅は目を覚ました。

 時計の針は深夜二時を指している。眠気の名残のようなものはあったが、肌が完全に粟立っており、とても寝付けるような状態ではない。

 迅は野太刀を手に、静かに寮を出た。並木道の間で立ち止まり、眠気と夢を吹き払うように剣術の型を繰り返す。

『……ちゃんと眠ったほうがいいですよ、迅』

「寝られたらな」

 風花が心配そうに声をかけてくるが、迅は構わず野太刀を振り続ける。

 ここ最近、小夜を夢に見ることが増えたような気がする。レニに妹の面影を見ているからかと思ったが、少々違う気がする。

 レニや凛奈と同じ班になり、仲間の温かな思いに触れる度――迅は喜びを感じるのと同時に、微かに胸が痛むような気がしていた。小夜を失ってなお自分が「普通の日常」を取り戻せてしまっていることに、罪悪感が湧き上がるのを止められないのだ。

(俺は、幸せになってはいけない)

 それは、小夜を助けられなかった自分が当然受けるべき罰だと思っていた。

 その思いが揺らぐ度に、眠れないほどの慚愧の念にとらわれ、こうして剣を振ってすべてを忘れようとしていた。

 不意に寮のほうから足音が響き、迅は野太刀を振るう手を止めた。なんとなく身を固くして、寮から出てきた人物を注視する。

 彼は迅を目に止めると、少し驚いたように眉を上げた。

「よう、迅。こんな時間に奇遇だな」

「……なんだ。岳か」

 岳は寝間着の腰に打刀を差して、眠そうにあくびを漏らしながら近づいてきた。気だるげな表情で平静を装ってはいるが、その目は常にないほどの疲労と焦燥で濁っていた。

 見たところ、彼も迅と同じような理由で起きてしまい、同じような理由で剣を振りに来たのだろう。凛奈も言ってはいたが、ここまで行動パターンが似てるとは思っていなかった。

 迅の少し離れた位置に立ち、刀を抜くと、岳は力みのない動作で剣術の型をなぞり始める。学年主席だけあって、彼の剣術はかなりのものだ。澱みのない力の流れが全身を行き渡り、それが刀に乗って美しい剣閃が夜闇を切り裂く。

 その圧倒的な技に見とれてぼんやりと立ち尽くしていると、岳が剣を振りながら口を開く。

「お前はやらないのか?」

「……ちょっと休憩だ」

「左様か」

 短く言葉を交わしてから、また剣閃の音だけが夜闇に響く。

 それを数分ほど眺めてから、迅は口を開いた。

「なぁ、岳」

「なんだ?」

「……せっかくだし、軽く模擬戦でもしないか?」

 迅の提案に、岳は型の反復を止めて獰猛な笑みを浮かべた。

「別にいいが、やるなら俺は手加減しないぜ?」

「望むところだ」

「ほう」

 岳が刀を肩に担ぎ、面白がるように目を輝かせる。

「お前がそこまで自信ありげなのも珍しいな。なにか勝算がある……というか、思いついた技を試したいってところか?」

「……よくわかったな」

「お前の考えてることくらいわかるさ」

 調子のいいことを――と以前ならば思ったかもしれないが、今は岳の言葉をそんな風に笑い飛ばすことはできなかった。

 こうしてこの時間、この場所で同じように剣を振っている人間が言うのだから、それは根拠のない軽口などでは決してない。まったく同じ道を歩もうとしている者同士だからこそ、言葉にしなくても考えを予想できる。そういうシンパシーめいたものを、迅も岳に対して感じ始めていた。

 迅も野太刀を肩に担ぐように構え、深く呼吸する。

 静寂が訪れる。迅も岳も同じ体勢で剣を構えたまま、互いの出方をうかがう。

 合図はなかった。

 岳が地面を蹴る。一気に間合いを詰め、踏み込みの勢いと体重移動を駆使して、最速の斬撃を打ち下ろす。

 迅も踏み込みと同時に、岳の斬撃に野太刀をぶつける。勢いを付けて叩きつけることで、普通に受けていたら間違いなく吹き飛ばされていたであろう斬撃を辛うじて受け切る。

 だが、岳はすかさず刀と身を引いた。正面からの重圧が消え、斬撃を押さえ込もうと力を入れていた迅の上体が前に泳いでしまう。

 そこに、岳の諸手突きが飛来する。

(やばい……っ!)

 野太刀で受けようとしたら間に合わない。即座にそう判断して、迅は身体を捻った。バランスを崩して地面に倒れかけるが、思い切って地面を蹴り、野太刀から暴風を巻き起こして飛翔することで岳と距離を取る。

 岳はあえて迅を追わず、余裕ありげに刀を担ぎ直していた。少しだけ感心したように口を開く。

「やっぱ色々便利だよな、その能力」

「かもな」

 割りと正直に答えながら、迅は冷や汗を拭った。

 岳が追ってきていたら、今ので完全に勝負が決まっていた。BランクとEランクの身体能力差を活かした、凄まじい踏み込みからの強烈な斬撃。それを防がれたら即座に剣を引き、こちらの隙を作ってからの刺突。学年主席らしい模範的な戦い方とも言えるのだが、これが模範とわかっていても、ここまでの精度でそれを為せるものはそういないだろう。

 迅の胸中を読んだように、岳がにやにやと笑みを浮かべる。

「それで。お前の用意した『勝算』は、これで終いか?」

 岳の問いかけに、少しだけ悔しさを噛み締めながら、迅はかぶりを振った。

「いや、これからだ」

 言って、迅は野太刀を鞘に戻した。そのまま腰を落とし、右手を左腰に刺さった野太刀の柄に添える。

 居合いの構え。普段まったく見せない構えに、岳は少し目を丸くした。

「ほう。付け焼き刃の居合いで、意表をつこう……ってわけじゃ、なさそうだな」

「一応、これでも本気だからな」

 答えながら、迅は岳から意識を外さずに、鞘の中の空気を圧縮させ始める。

 岳は顔に警戒を滲ませながら、刀を構え直した。すり足でじりじりと、野太刀の間合いまで迫る。

 静止。岳も今度は、一直線に突っ込んでくる気はないようだった。恐らく、ランク差を埋めるだけの『何か』があると推察したからだろう。このあたりの頭の回転のよさも、岳の恐ろしいところだ。

(このまま待っていたら、不利なのはこっちだな)

 鞘の中の空気を圧縮させるのに意識を使いながら、迅は予測する。岳は迅の動きを待って止まっていればいいだけだが、迅は能力を維持しながら、岳にも注意を払わなければならない。疲労度の違いは歴然だろう。

 そこまで岳が気づいているとは考えにくいが……考えが至らなくともこの行動に出る、剣士としての天性の勘には舌を巻く思いだった。

 数秒の静止の後――迅は思い切って、前に踏み込んだ。

 同時に抜刀。鞘の中に蓄積された圧縮空気が爆発的な勢いで解放され、野太刀に凄まじい加速をかける。ほとんど音速に近いその斬撃を、岳の喉元に向けて放つ。

 ――以前、凛奈との勝負で掴みかけたものに、改良を加えた結果がこの形だった。

 圧縮空気の解放による爆発的なエネルギーを利用するのはいいとして、そのエネルギーを余さず斬撃に乗せるのが至難だった。凛奈との勝負の時は、風花の能力でそれを制御しようとしたため、能力の酷使で疲労してしまったのだ。

 だが鞘の中の空気を圧縮し、抜刀の瞬間にそのエネルギーを解放すれば、九割以上の力をそのまま野太刀に伝えることができる。

 岳は一瞬も迷わず、その斬撃を受け止めることを放棄した。大きく後方に飛んで、斬撃の射程から離れる。

 だが、迅もここで逃すつもりはなかった。再度野太刀を鞘に戻し、鞘内の空気を圧縮させながら岳に向かって駆ける。

 剣閃が奔る。

 音速の野太刀が切ったのは、空気だけだった。

 技の起こりを見極めた岳はスウェーで斬撃を避け、迅が納刀するまでの隙を狙って踏み込み、迅の喉元に刀を突きつけていた。

 野太刀を振り払ったままの姿勢で、迅は敗北の苦味に顔を歪ませる。

「……ダメだったか」

「いや、技自体はかなりよかったと思うぞ」

 飄々と返しながら、岳は喉元に突きつけていた刀を鞘に戻した。あごに手を当てながら、冷静な戦評を下してくる。

「だが、勝負を焦り過ぎたな。抜刀後に大きな隙ができるのはわかり切ってる技なんだから、原理がわかってれば誰だってカウンターを狙うに決まってる。それを避けるなら……起こりが読みにくいほど居合の技術を磨くか、納刀までの隙をカバーしないとな」

「要するに、まだまだ修行が足りない、ってことか」

「そうとも言うな。だが、並の剣覚やヴァニル相手には十分通用する技だ。そこは素直に自信を持っていいと思うぞ」

「……慰めはいいよ。結局、お前は能力も使わなかったじゃないか」

「俺のは対人向けの能力じゃないしなぁ」

 言って、岳は刀を抜いてみせた。念じるように目を瞑ると、刀身に青白い炎が巻き起こる。

 岳の剣精霊である煉華れんげの能力、『火焔操作』だ。文字通り火焔を操作する能力で、本気になれば鉄どころか、ヴァニルの外皮すらバターのように溶かし斬ることができる。理想的な剣兵向きの能力だった。

 岳は炎を消してから、思いついたように迅に問う。

「ちなみにさっきの技って、名前とか考えてあるのか?」

 岳の問いはただの興味本位だったのだろうが、迅は重たい気分でその問いに答える。

「春日一刀流『朔夜さくや』改め――『風牙ふうが』ってところだ」

 朔夜というのは、春日一刀流の数少ない居合技のひとつだ。最速の速度で抜刀し、納刀する。さながら新月の如く、姿の見えない斬撃。

 春日一刀流の型名は月にちなんで名付けられる。中でも朔夜は、小夜が得意とした秘奥『晦月』と対をなす月の名だ。

 月が隠れる晦月に対して、月が現れる朔夜。同じように育ったはずの兄妹が、真逆の技を磨き上げることなったことが、迅にはなんとも皮肉に思えた。

「いい名前だな」

 岳の感想に他意はなかったのだろうが、迅はそれに少しだけ救われたような気がしていた。

 額に浮いた汗を拭ってから、迅は岳に提案する。

「……そろそろ戻るか」

「そうだな」

 運動してから休憩をはさみ、少し眠気が戻ってきたのか――岳はあくび混じりの返答を寄越すと、眠たげに目をこすった。

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