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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第四章 剣覚達の休日
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 一日の授業を終え、迅達は部屋で夕食を囲んでいた。

 今日の食事当番はレニだ。居間のテーブルには色とりどりの料理が並んでいる。炊きたての御飯に、微かに柚子の香りが漂う味噌汁、茹でた野菜を添えたハンバーグという家庭的な献立だ。

「お口に合えばいいんですが……」

 凛奈の料理と比べて劣ると感じているのか、レニはどこか自信なさげに萎縮している。

 彼女の生真面目さに苦笑しながら、迅はハンバーグを口に運ぶ。甘みを感じさせるデミグラスソースと牛肉の旨味が口の中に広がり、柔らかい味覚の波が舌を刺激する。凛奈の濃いめの味付けと比べると、全体的に優しい味付けで、なんとなく二人の人柄が出ているような気がする。

 迅はハンバーグを飲み込んでから、率直に感想を述べる。

「口に合うもなにも、めちゃくちゃ美味いぞ」

「うん。本当に美味しいよ。レニもさすがだなぁ」

「よ、よかったぁ……」

 料理自慢の凛奈にも絶賛され、レニはようやく緊張から解放されて相好を崩した。

「しかし、二人に作ってもらってばかりで悪いな。やっぱり、今度俺も作ろうか?」

「春日君の料理、ですか……食べてみたいって気持ちはあるんですが……」

「あんた、そもそもまともに料理したことあるの?」

「失敬な。これでも一応は料理できるぞ。チャーハンとか、パスタとか……」

「男の人の料理、って感じですね……」

「真っ先にそのへんが出てくるあたり、不安しか感じないわ……」

 眉をひそめて渋ってから、レニと凛奈がこそこそと小声で議論を始める。

 なんだか品定めされているような居心地悪い気分になりながら、迅は黙って二人の結論が出るのを待った。料理の上手い二人からしたら、食事のグレードが落ちてでも自分で料理する手間を省くか、食事のグレードを維持するために自分達で料理をするか、なかなか頭を悩ませるところなのかもしれない。

 料理が上手いということは、味に関して自分なりのポリシーをきちんと持っているということだ。そういう相手に料理を振る舞おうというのだから、この議論も当然なのかもしれない。

(……もしかして俺、ものすごく身の程知らずなことを提案したのか?)

 食事を始める前、レニがやたら緊張していた理由が、今ならわかるような気がする。だが、あまりにも気づくのが遅すぎた。

 迅が冷や汗を流し始めた頃、レニと凛奈の議論もちょうど決着がついたようだった。

 凛奈がわざとらしく咳払いをしてから、判決を言い渡す裁判官のような神妙な面持ちで口を開く。

「迅。あんたがあたし達の負担を減らそうと思って提案してくれたことには、素直に感謝してるわ。でも……正直、あんたの料理は未知数すぎるのよ」

「……そんなに信用できないか? いや、確かに二人の料理を食べたあとに、俺の腕を信用しろと言えないが……」

「それを自覚できてるところは評価するけど、さすがに一人では厨房に立たせられないわ」

 ただのキッチンを『厨房』と呼んでしまうあたりに、料理人の業の深さを見たような気がした。

 凛奈が口をつぐみ、レニが彼女に代わって結論を言い渡す。

「春日君一人では不安なので……わたしたちのサポート付きなら、料理してもいいことにします」

「……なに?」

「あんたが料理作る時は、あたしたちが手伝うってこと」

 凛奈が少しだけ頬を染めて言ってくるのに、迅は妙な連想をしてしまっていた。

 ――男女で並んでキッチンに立つのか。なんだか新婚夫婦みたいだな。

 とはいえ、迅はなんとも釈然としない思いだった。

「……それって、単に二人の手間が増えるだけじゃないのか?」

「そ、それはそうかもしれませんけど……春日君は料理を覚えられれば、将来的にはわたし達も楽できますし!」

「遠大な目標だが、その頃には班替えしてるかもしれんぞ」

「そ、それは……あんたが早く料理を覚えればいいだけの話じゃない! ……いや、そんなに早く覚えられても困るんだけど」

「どっちだよ」

「ど、どっちでもいいでしょっ」

「……なんで怒ってるんだ」

 凛奈が顔を真っ赤にして怒鳴ってくるのを、迅はなんとなく理不尽な思いを噛み締めながら受け止めた。

「……とにかく、二人が手伝ってくれる時なら、俺も料理してもいいんだな?」

「そ、そういうことです」

「わかった。なるべく二人の手をわずらわせないようにしよう」

「そ、それもそれでちょっと困るんですけど……」

「なんでだ?」

「い、いえ……気にしないでください」

 レニに曖昧な笑顔ではぐらかされ、迅は首を傾げた。だが、なんとなく追及しても無駄のような気がしたので、迅は話を戻すことにする。

「明日から休みだし、せっかくだから土日の飯くらいは俺が用意しよう。もちろん、二人が問題なければだが」

 言って視線で問いかけると、レニと凛奈は即座に首肯を返してきた。

「じゃあ、明日は街に買い出しに出るとするか」

「りょーかい。でも……あんた、ホントに少しくらい料理できるんでしょうね?」

「ふっ。俺特製黄金チャーハンは、実家でも『普通にイケる』と評判の一品だぞ」

「また微妙な評判ね……てか、やっぱりチャーハンは作るんだ……」

 なぜだか疲れたような顔をして、凛奈は頭を抱えていた。

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