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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第一章 異国の少女
2/32

01

 アラームの音に促され、目を覚ます。

 枕元でがなり立てる目覚まし時計を止めると、春日迅はベッドから身を起こした。寝癖のついた黒髪を鬱陶しげにかき混ぜながら、眠たげな瞳で室内を見渡す。

 見慣れた学生寮の部屋は、相変わらず物が少なくて簡素なものだ。備え付けのタンスとデスク、通学用の鞄以外にはほとんど物がない。あとはせいぜい――と、あるべき場所にあるべきものがないことに気づき、迅は眉根を寄せた。同時に腰に何かが巻きついていることに気づき、身体にかかっていた毛布をまくり上げる。

 ネグリジェ姿の少女が、少年の腰に絡みついていた。緩くウェーブのかかったエメラルドグリーンの髪がシーツに広がり、西洋人形のように整った顔立ちを一層幻想的に際立たせている。ネグリジェから伸びた手足も、触れれば傷がつきそうなほど白くほっそりとしている。

 見慣れた相棒の姿にため息を漏らしてから、迅は彼女の肩を揺すった。

「おい、風花ふうか。起きろ」

「ん……」

 少しだけむずがるような声を漏らしてから、緑髪の少女はそっと目を覚ました。ぼんやりとした翡翠の瞳が、迅の姿を捉える。

「おはようございます、迅」

「おはよう……じゃなくて、人のベッドに勝手に入るな」

「朝からうるさいです。いつものことじゃないですか」

 お説教をかわしながら、風花はあくびをかみ殺しながらベッドを降りた。野良猫のような気ままさに呆れつつ、迅もようやく立ち上がる。

 寝間着から学園指定のブレザーに着替え終わる頃には、風花も清楚なワンピース姿に変わっていた。緑髪を頭の両サイドでくくっている彼女に、迅は冗談めかして尋ねてみる。

「今日はそのままで行くのか?」

「んー……歩くのは面倒なので、お任せします」

 言って、髪を整えてから手を差し出してくる。迅は苦笑しながら、その手をそっと握った。

 風花が念じるように目を閉じると、彼女の体から淡い光が溢れ出す。それが数秒で全身を覆い尽くし、光が消えた後――迅の手に握られていたのは、少女の手ではなく一振りの刀だった。

 刀身が九〇センチを超える野太刀。それが風花の本来の姿だった。

 ――四十年前、ヴァニルと共に地球に飛来したもう一つの鉱物生命体、剣精霊ヴァルキリー。地球に来る前からヴァニルと戦い続けて、今も人類の味方として戦場に立ち続けてくれる人類の戦友。ヴァニルの外皮を貫ける唯一の武器でもあり、持ち主の身体能力を何十倍にも引き上げ、物理現象に作用する強力な異能を持つ存在。

 彼女はそんな剣精霊の一人だった。

 迅が野太刀をベルトに差すと、風花は満足したように声を投げてくる。

『楽ちんですね』

「左様か」

 苦笑して返してから、時計を確認する。時刻は午前七時ちょうど。始業にはまだ早いが、そろそろルームメイトを起こす頃合いだろう。

 寝室を出て居間を抜け、隣室のドアをノックする。数秒待っても返事がないので、迅はそっとドアを開けた。女性らしい華やかな寝室にずかずかと足を踏み入れ、ベッドまで歩み寄る。

 ベッドの上では、年頃の少女が仰向けになって眠っていた。いつもはポニーテールに結ばれた茶色がかった髪も今はほどかれ、パジャマ姿を無防備に晒している。呼吸の度に浮き沈みする豊かな胸。乱れたパジャマからのぞく、余分な肉のないお腹。細いが健康的な筋肉がついたカモシカのような脚。同じ部屋に割り振られてから一年以上が経つが、その肢体はいまだに迅にとって刺激的なものだった。

 寝姿をのぞいている罪悪感に苛まれ、一瞬猛烈に帰りたくなったが、迅はかろうじてその場にとどまった。同室に割り振られてから最初の一週間、彼女を起こさずに放置していたことがあったのを思い出したからだ。

 その時の彼女は午後になってからようやく学園に辿り着き、朝昼と食事を抜いたまま一週間学園に通い続けていた。空腹のあまり授業に身が入らず、過酷な訓練と教師からのお説教で心身ともに疲弊し、「起こしてくれないと困る」と何度も迅に泣きついてきた。恐らく、今回も放置すると同じことになるだけだろう。

 迅は彼女の肢体から視線を外しながら、そっと肩を揺すった。

凛奈りんな、そろそろ飯の時間だぞ」

「……んー……」

 寝ぼけた声が返ってくるが、まったく起きる様子はない。そもそもこの程度で起きるようなら、目覚まし用のアラームでとっくに起きているだろう。カーテンを開けて部屋を明るくし、頬を軽くたたいて追い打ちをかける。

「また朝飯抜きたいのか。とっとと起きろ」

「……んぅ……迅……? おはよう……」

 少女――沢渡さわたり凛奈はようやく目を覚まし、眠そうな声を返してきた。眠たげに目をこすりながら、ベッドから身体を起こす。寝起きでまだ意識がはっきりしていないようだが、ここまで起きれば二度寝はしないだろう。

 意識が徐々にはっきりしてきたのか、彼女がいたずらっぽい視線を送ってきた。

「あたしが寝ている間に、変なことしなかった?」

「……明日から置いてくぞ」

「じょ、冗談だってば。感謝してるんだから、ホント」

 合掌して謝罪してから、ぺろっと舌を出して「ごめんね?」と言いたげにウィンクしてくる。普通の女子がやってもわざとらしいだけだが、不思議と凛奈がやると様になっていた。

 迅は諦めて嘆息した。

「居間で待ってるから、早めに支度してくれよ」

「了解であります、班長殿」

 冗談めかして敬礼をする凛奈に苦笑しつつ、迅は彼女の部屋を出た。

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