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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第三章 彼女の理由
16/32

15

「レニ、ちょっといいか?」

 午後の講義が終わり。

 そそくさと教室を出たレニに、迅はすかさず声をかけた。

 背後から声をかけられたレニは驚いたように肩を跳ねさせてから、恐る恐るこちらを振り返る。

「……な、なんでしょう?」

 ――明らかに警戒されている。というより、どういう顔で接したらいいかわからない、という感じだろうか。

 迅は少しだけ気後れしたが、自らの役目を果たすべく、予め考えていた誘い文句を口にした。

「いや。そういえば、ちゃんと学校を案内してなかったなと思ってな……よければ、これから少し回らないか? 話したいこともあるし」

 言外に、今朝の件について説明させて欲しいと伝える。

 それが正しく伝わったのか、レニはしばらく迷ったようにうつむいた後、決心したような目で静かにうなずいた。

(……まずは第一関門突破、といったところか)

 ここで拒絶されていたらかなり厳しかったが、レニの人の好さに救われた。

 迅は内心深く安堵しつつ、レニの隣に並んで歩き出した。

「まずは……そうだな。図書館棟にでも行ってみるか。確か、本が好きだって言ってたよな?」

「……はい」

 会話を弾ませようとして提案してみたが、レニはどことなく暗い声で生返事をする。

 やはり、今朝の一件で完全に警戒されているのだろう。同居している知り合ったばかりの男が、ベッドに女を連れ込んでいかがわしいことをしているところを見たら、普通の女子ならば当然の反応だ。無論それは誤解なのだが、あの状況を傍から見てしまったら、自分だって同じ誤解をしていただろうと思う。

 その後も何度か話を振ってみたが、レニはうわの空の反応をするだけだった。

 そうこうしている内に、図書館棟に辿り着く。

 天刃館学園の図書館はなかなかの大きさだと言っていいだろう。三階建てでフロアも広く、そこらの市立図書館などよりもよほど規模が大きかった。吹き抜けなどもあって景観もいいが、学生達の姿はちらほら見かける程度だ。

 それも仕方ないだろう。この図書館に所蔵されている本の多くはヴァニルや流星害絡みのもので、学生達が一番考えたくない類のものだ。利用者のほとんどは、教師や外部の研究者達だった。

「ふわぁ……」

 ――だが、レニは館内に入るなり、感嘆したようにため息を漏らした。

 真剣な表情で本棚の間を行き来し、書籍の背表紙を一冊一冊確認していきながら、いくつかをピックアップしてパラパラとめくる。それを何度も繰り返している内に、レニはあっという間に十冊以上の本の山を両腕で抱え、重さに耐え切れずに足取りがふらつき出した。

 その様子にしばらく呆気に取られてから、迅は慌てて本を代わりに持ってやることにした。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……はぁ、重かった……」

 小声でやりとりしつつ、迅はレニの声がいつもの調子に戻ったのに気付き、少し驚いた。

 あれほどガチガチに警戒していたレニを、一瞬でいつもの調子に戻すとは。本の力の凄さというより、彼女の本好きの業の深さを垣間見たような気分だった。

 レニから預かったハードカバーの山はずっしりと重く、迅は思わず率直な疑問を口にする。

「なあ。まさかこれ、一気に読む気なのか?」

「……ダメ、でしょうか?」

「ダメってことはないと思うが……これからも通うつもりなら、一回に借りる量を減らさないと運ぶのが大変だぞ」

「そ、それもそうですね……で、でもどの本も珍しくて、すごいですよ」

 少し恥じ入るようにうつむいてから、レニは少し興奮した様子で言ってきた。だが迅と普通に話していることに気づいたのか、すぐにはっとして視線を背けた。

 レニは再び本を黙々と本を探し始めたが、その間、何度もちらちらと迅の様子を横目でうかがっていた。

 ――どうやら、こちらから今朝の一件に触れてくるのを待っているらしい。少なくとも、きちんと説明するまでは、また打ち解けて話すことはできなそうだった。

 周囲を見回し、周囲に人がいないのを確認してから、迅はレニに小声で本題を切り出す。

「レニ。そのままでいいから、聞いてくれ」

「は、はい」

「今朝のことなんだが……なんていうか、あれは誤解だ」

「……裸になって、連れ込んだ女の子の服を、ベッドの上で脱がしかけていたことが、ですか?」

 刺すように言われ、迅は続く言葉を飲み込みかけた。ちらちらと送られてくる視線も、半眼でとげとげしい。

 だが、ここで黙りこくってしまっては話が進まない。迅はちくちくと刺さる視線に痛みのようなものを覚えながら、順を追って釈明していく。

「裸になってたのは、寝汗がひどくて体を拭いてたからだよ。それに、あの子は俺の剣精霊で、連れ込んだわけじゃない」

 言って、迅は腰に佩いた野太刀を抜いた。「仕方ない」とでも言いたげに、野太刀からため息のような微かな風が起きる。

 野太刀の刀身を淡い光が包み込み――一瞬後には、風花は野太刀から人間態へと変化していた。朝とは違い、ウェーブのかかった緑髪を両サイドで結び、清楚なワンピースに身を包んでいる。

 風花は迅の手を握ったまま、呆気に取られているレニの顔をつまらなそうに見つめ、口を開く。

「ご覧の通りです。真のパートナーをつかまえて、情婦のように言うのはやめて頂きたいですね」

 どうやら風花は、レニに「連れ込んだ女」呼ばわりされたのが気に入らないようだった。勝ち誇ったように口の端を吊り上げ、不遜げにあごを持ち上げる。

 よその剣精霊が人間態になるのを初めて見たのか、レニはしばらくぽかんとしていたが、風花の不遜な態度で我に返ったようだった。

「そ、それはわたしの言い方も悪かったと思いますけど……でも、女の子も住んでる部屋で、ああいういかがわしいことはやっぱりダメだと思いますっ!」

「いかがわしい? あんなもの、パートナー同士のちょっとしたスキンシップでしょう。そんな風に言われるなんて、それこそ心外です。あなた自身がいかがわしいから、そう見えるのでは?」

「なっ……!」

「やめんか」

 だんだんと声のボリュームがヒートアップしてきたため、迅は子どもっぽい口論を繰り広げる二人の間に割って入った。

 二人分の刺すような視線を浴びながら、とりなすように言う。

「とにかく、俺と風花は相棒で……いかがわしいことはなにもないよ。それは信じて欲しい」

「は、はい……」

「それに風花。これ以上話をややこしくするな……真のパートナーなら、俺の気持ちも尊重してくれ」

「……迅がそう言うなら」

 まだ文句が言い足りないようだったが、風花は大人しく引き下がり、また野太刀の姿に戻った。

 迅は苦笑して彼女を鞘に戻し、レニに向き直る。

「とにかく、これでわかってもらえたか?」

「……はい」

 小さい声でうなずいてから、レニは申し訳なさそうに顔を上げた。

「あ、あの……ごめんなさい。わたしの勘違いで、色々ひどいこと言ったりして……」

「まぁ、仕方ないさ。でも、次からは部屋に入る前に、ノックくらいしてもらえると助かるかな」

「は、はい……」

 迅の指摘に、レニは恥じ入るように小さくなってしまった。

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