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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第三章 彼女の理由
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14

 午前の授業が終わり、昼休みに入る。

 寮の食堂の隅っこに座り、迅は重い気分で昼食を取っていた。

 ――結局、午前中はレニとも凛奈ともまったく顔を合わせずに終わってしまった。話しかけようとして近づいても避けられてしまうので、取り付く島がない。なんとかしなければという焦燥感と、なんともならないのではという不安感が同時に押し寄せてきて、迅は大いにへこんでいた。

(もしかして、卒業するまでずっとこのままなんじゃ……)

 暗い想像ますます落ち込み、だんだん頭を抱えたくなってくる。

「……ここ、空いてる?」

 聞き慣れた声に呼びかけられ、迅は驚いて顔を上げた。

 見れば、凛奈がトレイを手に向かいの席に座るところだった。答えを待たずに席に着くなり、彼女は少しだけ頬を赤らめて目を泳がせている。

 なんだか妙な様子ではあったが、迅にとっては千載一遇のチャンスだった。

「凛奈」

「な、なに?」

「許してもらえるとは思ってないけど……昨日のこと、ちゃんと謝らせてくれ」

 言って、深く頭を下げる。

「すまない。こういう時、どうしたらいいのかわからないけど……凛奈が望むなら部屋も出ていくし、罰だって受ける。だから――」

 言いかけ、言葉を飲み込む。

(だから……班の活動を続けてくれ、とでも頼むつもりだったのか? 俺は)

 あまりにも身勝手な考えに、迅は自分に吐き気すら覚えた。

 飲み込んだ言葉に気づかれてしまったのか、それとも単に答えに迷っているだけなのか――しばらく無言の間が続いてから、凛奈が大きく嘆息を漏らした。

「はぁ……ま、迅ってそういうやつよね」

「……すまない」

「いいよ。わかっててあんたに付き合ってるんだしね。許してあげる。あたしも……変に意識しちゃって、ずっと避けちゃってたし」

 苦笑交じりの凛奈の言葉に、迅は恐る恐る顔を上げた。

 迅と視線がかち合うと、凛奈はまた少し顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。

「で、でもっ! ……昨日みたいなのは、もうなしだからね。あたしだって、びっくりしたんだから……」

「ああ。もう二度としない」

「……そうはっきり宣言されると、それはそれで女として傷つくんだけど……」

「そういうもんか?」

「そういうもんなの」

 凛奈がいつもの調子で返してくるのに、迅は深く安堵した。

 ――ヴァニルを殺すことしか考えていないような、こんな浅ましい自分にも、信頼を寄せてくれる仲間がいる。

 それが、迅にはむしょうにありがたかった。

「それはそうと」

 すっかりいつもの調子を取り戻した凛奈が、急に声のトーンを落とした。

「迅、レニとなにかあったの? あの子もずっと迅のこと避けてたみたいだけど、なにも話してくれなくて」

「いや、実は……」

 迅は手短に、今朝の出来事を凛奈に報告した。

 話を聞き終えた凛奈が、呆れを通り越して感心したように言ってくる。

「なんていうか。迅って、たまに猛烈に間が悪いよね」

「……悪い」

「いいって。でも、そういうことなら、迅には早くレニと仲直りしてもらわないとね」

「そうだな。誤解とはいえ、このままじゃ訓練に支障が出るだろうし」

「……いや、そうじゃなくて」

 凛奈は即座に否定すると、脱力したように肩を落とした。それから、真正面から迅を見据えて告げてくる。

「考えてもみなさい。気の弱いレニみたいな子が、誰も知り合いのいない学園にいきなり放り込まれて……二度も危ない目にあってるところを、迅に助けられてるのよ? レニにとって、迅はヒーローみたいなもんなんだから。ちゃんとしてないと、すぐに幻滅されて嫌われちゃうよ?」

「……ヒーロー、ね」

 ――兄さんは、私のヒーローですから。

 不意に思い出した妹の言葉が、迅の胸に微かな疼痛を生む。

「そんないいもんじゃないよ、俺は」

「そうかもしれないけど、そのくらい頼りにされてるってこと。それだけは、ちゃんと覚えててあげてよね?」

「……ああ」

 迅は疼痛に耐えながら、凛奈の言葉にうなずいた。

 その返答に満足したらしく、凛奈は顔いっぱいに笑顔を浮かべる。

「それならよし! ……それじゃ、本題に入ろっか」

「本題?」

 迅の疑問をよそに、レニは悪だくみをする子どものような、悪戯っぽく瞳を光らせる。

「今日の夜、レニの歓迎会をしようと思ってるの。どたばたしてたから、そういうのちゃんとやってなかったし。明日から土日でちょうどいいしね」

「……なるほど。それで、俺はなにをすりゃいいんだ?」

「さっすが迅。話が早い」

 凛奈は指を銃の形にして、ウィンクしながら撃ち抜くような仕草をする。

「迅にお願いしたいのは二つね。ひとつは、私が連絡するまでレニを部屋に帰らせないこと。もうひとつは、ちゃんとレニと仲直りすること」

「責任重大だな」

「うちの班長なんだから、それくらいやってもらわないと」

「……わかったよ」

 凛奈がにやりと不敵に笑ってみせるのに、迅は思わず頬を緩めていた。

 こうして話していると、彼女のこういう気さくなところに、自分がどれだけ救われていたのかを改めて思い知る。だがそれがなんとなく気恥ずかしくて、迅は緩んでしまった口元を手で隠した。

 迅の様子を気にした風もなく、凛奈は話を続ける。

「迅がレニを足止めしてくれてる内に、あたしが買い出しに行って、料理の準備とか進めておくから。期待しといてよね?」

「凛奈の料理か……やっぱり想像つかないなぁ」

「ふふんっ。待ってなさい。すぐにあたしの評価を改めさせてやるんだから」

 凛奈が自信満々に胸を張り、その大きな胸が微かに揺れる。

 それに目ざとく気づいてしまい、迅は慌てて視線を外した。不自然にならないよう、別の話題を切り出す。

「そ、そういえば、肝心のレニはどうしたんだ?」

「あー。一応サプライズってことで、レニには秘密にしときたかったから、ちょっと岳兄に任せてきちゃった」

「岳か……」

 決して悪いやつではないのだが、人見知りするレニには苦手なタイプらしい。

 岳のマシンガントークに晒されているレニを想像して、なんとなく申し訳ない気分になりながら、迅は結局、昼食が終わるまで凛奈と打ち合わせを進めた。

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