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メテオクライシス  作者: 森野一葉
第三章 彼女の理由
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「起きましたか」

 夢から醒めると、人間態の風花がベッドで添い寝していた。

 相変わらず布地の薄いネグリジェに身を包み、ほっそりとした腕で迅に抱きついてきている。いつも無感情な翠色の瞳には、どこか心配そうな色が宿っているように見える。

「……なにしてんだ、お前は」

「うなされていたようなので、つい」

 抑揚のない声で指摘され、迅は自分の寝間着が汗でぐっしょり濡れていることに気づいた。

 ベッドから起き上がり、上の寝間着を脱ぎ捨てて汗を拭う。初夏とはいえ、朝の涼やかな空気が火照った身体に心地いい。汗はすぐに引いたが、シャワーを浴びてちゃんと汗を流したほうがよさそうだ。

 ひと通り汗を拭い終わる頃、風花がベッドに寝転んだまま、問いを投げてくる。

「嫌な夢でも見ていたんですか?」

「……いや、いい夢だったよ。とびきりな」

「そうですか」

 迅が小夜の夢を見たことくらい、風花も気づいているだろう。だが彼女はそれを追及せず、短く答えるだけに留めた。

 不器用な相棒らしい気遣いに感謝し、迅は風花の頭を撫でた。猫のように目を細めてそれを受け入れてから、風花は半眼で睨んでくる。

「迅は本当に女たらしですね」

「なんでだよ」

 風花にツッコミを入れつつ、彼女など一度もできなかった中学時代を振り返り、なんとも悲しい気持ちになる。

 情けない気分になってうなだれていると、風花がそっと手を伸ばしてきた。小さな両手で両頬に触れ、顔を持ち上げられて風花と向き合う。

 形のいい風花の唇が、すねたように引き結ばれてから開かれる。

「迅の相棒は私です」

「……急にどうした?」

「迅には、他の女なんて必要ないです」

「なんだそりゃ」

 思わず苦笑して答えると、風花が少しだけ据わった目つきで睨んでくる。

「昨日、他の女の胸をもんでました」

「……あー……そうだったな……」

 昨夜の事故を思い出し、迅は頭を抱えたくなった。

 同じ班の仲間で、数少ない友人でもあった凛奈の胸を、思い切りわしづかみにしてしまったのだ。まともに謝って許してもらえるとは思えないが、関係を修復しないと班の活動にも支障が出る。

(それにしても……)

 迅は思わず、自分の手を眺めてしまう。指を動かすと、あの柔らかい弾力を思い出せそうな気がしてくる。

 その様子を見ていた風花が、視線を冷たくする。

「やはり男は胸ですか」

「い、いや、あれは規格外というかだな……」

「問答無用です」

 迅の弁明をばっさり切って、風花は迅の頭を自分の胸に抱き込んだ。

 ネグリジェ越しのささやかな胸が迅の顔を包み、柔らかさと甘い香りで思考が溶かされそうになる。一瞬だけそれに溺れそうになったが、迅は慌てて風花の両腕を掴み、身体を引き離した。

「な、なにしてんだっ!?」

「む。やはり私のでは足りませんか……」

「だから、そうじゃなくて……あー、もうっ! 今日のお前、なんか変だぞ」

「……そう、でしょうか」

 迅の指摘に、風花は両腕をつかまれたまま黙考した。

 しばらく黙りこくってから、風花は迅の顔を見上げてくる。

「……ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

「なんだ? なんでも言ってみろ」

 少しだけ思い詰めたような風花の問いかけに、迅はなるべく気軽な調子で答えてみせた。そのほうが変な遠慮をさせずに済むと思ったからだったが、それでも風花は数秒だけためらってから、ようやく口を開いた。

「私がSランクだったらよかったのに――って、思ったことはありませんか?」

 彼女の問いに。

 迅は一瞬、言葉に詰まってしまった。

 風花のことを悪く思ったことはない。だが、レニの訓練を見る度によぎる思いが、否定の言葉をためらわせた。

 ――もし、自分がSランクの剣精霊と出会っていれば。

 そんなことはありえない。ありえないとわかっていても、想像してしまう。

 少なくとも、今よりはヴァニルとの戦いに近づけたのではないか、と。

 くだらない妄想を振り払って、迅はようやく口を開きかけ――

 寝室のドアが開く音に、迅はぎょっとして視線を向けた。開いたドアから顔を出したレニが、迅に気づいて相好を崩し――

「春日君、起きてたんですね。そろそろ準備しないと、間に合わない……です、よ……?」

 部屋に入って風花の姿を見るなり、固まってしまった。

 迅は頭が痛くなる思いで、改めて自分の姿を確認した。上の寝間着は脱ぎ捨てており、むき出しの上半身は微かに汗ばんでいる。

 ベッドに腰掛けた少女の腕を両手でつかんでいる姿は、年端もいかない少女をベッドに押し倒そうとしているようにも見えるかもしれない。

 先ほど迅の顔を押し付けたせいか、風花のネグリジェが着崩れて肩紐が外れかかっているのも、その印象に拍車をかけていた。

 青ざめた表情で固まるレニを、なるべく刺激しないように、迅は弁解を試みる。

「……とりあえず落ち着いてくれ。これは、その、レニが想像してるような状況じゃなくてだな……」

「そうです。関係ない人は引っ込んでいてください」

 弁解の最中に、風花がネグリジェをはだけさせたまま迅にしなだれかかってきた。

 更に悪化する事態に頭が真っ白になる中――迅はかろうじて、レニが顔を真っ赤にして息を吸い込むのを視認した。

「……か、か、春日君の、フケツ――――っ!」

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