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治療を受けて痛みが引くまで寝ていたら、すっかり夜になってしまった。
肋骨はひびが入っていたらしく、落下による全身打撲と合わせて、養護教諭の剣精霊の力で治してもらった。再生能力を高める力があるらしく、完治とまではいかないものの、日常生活に支障がないレベルにはなった。だが回復のために身体に無理をさせたため、痛みと熱がひどく、起き上がるまでには時間がかかってしまった。
医務室を辞して寮まで戻り、食堂で一人飯を済ませてから、部屋まで戻る。早く部屋に戻って顔を見せたほうが、凛奈やレニも安心するだろうとは思ったのだが、罪悪感で合わせる顔がなく、ついつい先伸ばしにしてしまった。
部屋のドアの前で立ち止まり、一度だけ深呼吸をしてから、意を決して部屋に入る。
居間には誰もいなかった。なんとなく肩透かしをくらったような気分で息を吐き、ソファに腰掛けようとし――先客がいることに気づいて、迅は動きを止めた。
ソファの上で猫のように丸くなり、レニが寝息を立てていた。どうも入り口からは死角になっていたため、気づかなかったようだ。
子どものようなあどけない寝顔を眺めていると、なんだか微笑ましい気分になってくる。
『……迅。さすがに寝込みを襲うのは、ちょっと引きます』
「いや、しないから」
野太刀の姿を取ったまま、若干嫌そうな声で言ってくる風花に、一応ツッコミを入れる。
こちらのツッコミをスルーしつつ、風花はレニの様子を分析する。
『実戦訓練で疲れてたんでしょうね』
「だいぶ無理させちまったからな……」
『反省は必要ですが、この子のことをそこまで気に病む必要はないでしょう。この子も剣覚。いつかは自立して戦わなければいけないんです』
「それはわかってるが……」
なんとなく、彼女を前線に立たせることをためらってしまう。
今日の訓練で一人で先行したのも、自分一人で戦えるなら、それに越したことはないと考えていたからだ。それも裏目に出て、結果的に全員を危険な目に合わせることになってしまったのだが。
『もしかして、小夜と重ねてるんですか?』
風花の指摘に。
一瞬、迅は答えられなかった。呼吸が止まるような衝撃が通り過ぎるのを待ってから、ゆっくりと口を開く。
「……どうかな」
『そうですか』
それだけ答えると、風花はそれ以上なにも追及してこなかった。
相棒の気遣いに感謝しつつ、迅はソファから離れた。自室から余ってるブランケットを引っ張り出し、レニにかけてやる。
――妹のことを意識して、レニと接しているつもりはなかった。
そもそも剣の才能は妹と比べるべくもないし、妹は兄に対しては厳しいところもあった。似ているところと言えば、人見知りが激しいところと、小柄で華奢な体格くらいだろうか。
それでも、彼女に妹を重ねてしまうのは。
(……守りたいと、思ってしまったからか)
ヴァニルを殺すために剣技を磨き始めてから、初めて出会った『自分より弱い相手』。
だからこそ放っておけず、かつて守れなかったものの、代わりにしようとしていたのかもしれない。
(浅ましいな、俺は……)
苦い思いを噛み締めながら、寝ているレニの髪を梳く。昔、妹が寝付けない時に、眠れるまでよくそうしてやったのを思い出した。
と。
「ごめん、レニ。着替え忘れちゃって――」
唐突に、浴室のドアが開いた。
バスタオルを巻いただけの凛奈が浴室から出てきて、迅の姿を見て固まる。
湯上がりで上気した肌と、まだ乾き切っていない髪が妙に艶かしい。バスタオルを巻いていてもはっきりとわかるほど隆起した胸や、腰のくびれに目が惹きつけられてしまう。余分な肉のないふとももから、すらっとしたふくらはぎへの曲線は芸術的といっていいだろう。
迅も凛奈も、ぽかんとした表情のまま固まってしまう。鎖骨を伝う汗の雫が、胸の谷間へと落ちるほどの時間をかけて――ようやく、凛奈が我に返った。むき出しの肩や脚を視線からかばいながら、涙目でにらんでくる。
「な、なっ、なんで迅が……っ!」
「いや、ちょうど戻ってきたところで……それより、はやく服を着ろ!」
「だから、着替えがないんだってば!」
「と、とにかく浴室に戻れ! レニを起こして、なんとかするから!」
「わ、わかっ――」
答えながら浴室に退がろうとして、凛奈が足を滑らせた。後頭部からフローリングに倒れそうになる彼女に、迅は慌てて駆け寄って身体を支える。
この世のものとは思えないほど柔らかい感触と、微かに漂う女の子の匂いに、頭がくらくらしてくる。動揺して凛奈を支える手に力がこもり、やけに弾力のある感触が指に返ってくる。
「ひゃんっ……ちょ、ちょっと、迅っ……」
「へ、変な声を出すな」
「だ、だって……ふぁっ……その、手……」
らしくないか細い声で指摘され、迅は薄目で自分の手を確認する。
迅の手は、バスタオル越しに凛奈の胸と臀部を掴んでいた。
豊かな胸は手のひらの中で大きく形を歪ませ、バスタオル越しでもわかるほどの蕩けるような柔らかさが、甘い痺れとなって意識にもやをかける。張りのある肉付きの臀部も、ずっと触っていたら理性が飛んでしまいそうだった。
「わ、わっ、悪い……」
凛奈を床に下ろしてからゆっくりと手を放し、迅は平謝りした。
顔を耳まで真っ赤にし、小さく縮こまりながら、凛奈は一層涙目になって睨んでくる。
「も、もまれた……もうお嫁にいけない……」
「わ、悪気はなかったんだって! その、ほとんど触った実感もないし!」
「……ほんとに?」
怯えた子どものような問いかけに、迅は激しく首を縦に振る。
胡乱な視線を向けながらも、凛奈は慎重に立ち上がった。
「……じゃあ、今回だけはガマンしてあげるわ」
ぼそりとそれだけ呟き、凛奈は浴室の中に戻っていった。
迅はそれを見送ってから、手のひらに残ったわずかな触感を反芻するように、小さく指を動かした。
「……凄かったな」
「なにが凄かったって?」
引きつった声に――迅は機械のようなぎこちない動きで、浴室のほうを振り返った。
バスタオルを巻いたままの凛奈が、こめかみに青筋を立てながら、洗面器を構えている。どうやら浴室に戻ったふりをして、こちらの様子をうかがっていたようだ。
顔から血の気が引くのを自覚しながら、迅は死刑囚のような気分で凛奈の沙汰を待つ。
「なにか、言い残すことは?」
「……や、やわらかかったです」
「――迅の、アホぉぉぉぉぉ!」
投げつけられた洗面器が頭に衝突し。
幸福な感触の残滓を感じながら、迅は意識を手放した。




