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――守りたいものがあった。
新宿の街は今や、火の海と化していた。
アスファルトの地面はクレーターのように抉られ、薙ぎ倒されたビルからはガス管や鉄骨が露出している。路上に乗り捨てられた車は紙くずのように踏み潰され、漏れ出たオイルが引火してまた火の手を広げていく。
少年はその地獄を呆然と眺めていた。肌を焼く空気の熱さも、耳を打つ悲鳴の嵐も、逃げ惑う人々に押しのけられる痛みすら、彼はどこか遠くに感じていた。
その口が微かに開く。
「小夜……?」
口から漏れ出たのは、妹の名だった。何事にも真面目だが、人見知りが激しくて甘えたがりな一つ下の妹。ほんの少し前――街が火の海に包まれる前に、はぐれてしまった大切な家族。
少年の瞳に理性が戻る。人の流れをかき分けて進み、罵倒や殴打を受けながら、少年は必死に叫んだ。
「小夜……! 小夜っ!」
呼び声に応じる声はない。それでも声を涸らして叫び続け、人の群れを抜け――
少年は見た。この地獄を生み出した、怪物達の姿を。
鈍い光沢を帯びた黒銀色の外皮。二つの足で地面に立ち、異常に伸びた前肢はやすやすとコンクリートを打ち砕いていく。全長はゆうに二メートルを越すだろうか。その巨躯が動く度に、ぎしぎしと金属が軋むような不快な音が鼓膜を貫く。顔に当たる部分には隻眼のような赤い核があるだけで、口も耳も、およそ動物らしい要素は他にはない。
鉱物生命体。流星とともに地上に落下し、地球を蝕む人類最大の敵。
燃えるような憎悪に突き動かされ、少年が吠えた。
「ふざけんな……っ!」
怨嗟の声に耳も貸さず、ヴァニル達は地獄を広げていく。彼らの発する不快な金属音は、怪物どもの歓喜の歌声のようでさえあった。
知らぬ内に溢れてきた涙を拭うこともせず、少年はヴァニルを見据えて静かに誓う。
いつか、必ず。
この化け物どもを、滅ぼしてやる。
――後に新宿流星害と呼ばれる地獄の中で。
春日迅は、守りたかったものを永遠に失った。