第九十八話 一回戦,第一試合
ちょっと長くなってしまいました。リアルの方が忙しく、更新が滞ってしまいすみません。次話はできるだけ早く投稿できるよう努力します。
Decided strongest本選当日、プレイヤー達はその戦いを一目見ようとバトルコロッセオに集まり、食料生産系のプレイヤー達が出店を出すその様子は、まるで祭りのようであった。円形のフィールドを囲むように設置された観客席には、そろそろ一回戦が始まるということもあり、見渡す限り人、人、人。勝利の予想を賭けた券が売られるなど、試合開始前だというのにもう観客たちは盛り上がっていた。
(落ち着け、落ち着け)
盛り上がる観客席とは裏腹に、選手席では静寂のなかキアンが緊張をほぐそうと、座った姿勢で必死に自己暗示をしていた。二つある選手控室は、試合前の待機用で本選出場選手なら自由に出入りができる。他の選手はまだ誰もいない。集中するにはいいが、ここまで静かだと一つネガティブな想像をするとどんどんネガティブになってしまう。
彼は攻略組ではない。一般プレイヤーのなかでは実力があるほうだが、攻略組のトップや管理教団幹部に比べれば劣る。この本選に出場できたのは、実力よりも運がいいといったほうがいいだろう。
(僕が優勝できるなんて思っていない…………)
本選での組み合わせを見たときは驚いたものだ、攻略組の幹部の名前や一パーティーでありながら攻略組並みの力を持つパーティー、アマネラセのメンバーであるセイクやリン、ケンといった名前もあった。これらの相手と戦って勝つ自信を持ち切ることができるほど、キアンは大胆不敵な男ではない。
(でも…………僕はあの人ともう一度戦いたい)
それでも彼は望む、かつて自分を助けてくれた人であり、密かに目標としていたライトとの闘いを。ライトは彼と反対のブロックであり、闘うには決勝まで残らなくてはならない。
「だから全力を尽くそう、絶対後悔しないように」
自身に言い聞かせるように呟き、彼は立ち上がる。そして両手剣を手に、闘技場へのワープポイントである青い光の柱の中に入っていった。
『さーさー!! いよいよ始まりますのは、decided strongest本選第一試合! キアン選手VSザール選手の対決です』
キアンが闘技場に現れると、観客席から無数の声が降り注ぐ。ふと空中に浮かぶ四つのモニターを見てみると、この試合の賭け倍率が表示されていた。キアンの勝ちに29倍、ザールの勝ちに2.3倍と既に始まる前から力の差は歴然とも言えていた。
「フフッ」
そのことを再確認すると、何故か笑えて来てしまった。相手は己の力のみを頼り、この世界で生きる傭兵なのだ。無名パーティーの一員でしかない自分との差はかけ離れている。そんな相手に勝とうと思っている自分に自然と笑えてきてしまったのだ。それでも、緊張はほぐれた。後は全力をぶつけるだけだ。
既にザールは会場に来ていた。黒と金のコートを羽織った、到底戦うとは思えない格好だが、彼はその腕一つでこの世界を生き延びる傭兵だ。キアンが昨夜掲示板を見ただけでも、彼の傭兵としての評価が高いのは分かった。
『それでは、カウントダウン 3、2…………1 スタート!!!』
だが、それでもキアンはあきらめない。彼はステップを使い一気に距離を詰めにかかる。ザールの武器は銃、ならば接近戦に持ち込めればこちらが有利である。
「お、おっと……」
(いける!)
ステップにスラッシュをチェインして、さらに挟撃をチェイン、一太刀目を避けたところに左右からの斬撃がザールにヒットする。いきなりの速攻に面を食らったザールは、たまらず後ろにステップを使って距離を離そうとする。が、こちらもクールタイムが丁度終わったステップで後を追う。
「ちっ……」
ザールもただやられているわけではなく、キアンが追い付く一瞬の内に銃を抜き、銃口を向けていた。そこから発射された弾丸は、正確にキアンの額に向かっていたのだが、
「強攻天撃!!!」
「なにっ!」
彼が高速で斜め上に飛び上がり弾丸を回避すると、すぐさま剣を上段から降り下ろしながら急降下する。深々と斬撃が入り、ザールのHPが大きく削れる。さらに追撃のアーツをチェインしたところで、ザールが地面に向けて発砲する。ロクな準備もされていない筈のその一撃は、砂を巻き上げ、突風を起こし、キアンは顔を覆いながら後ろに跳んでその衝撃を流す。おかげでダメージは殆どないものの、ザールとの距離が開いてしまった。
『おおっとー!! キアン選手、開幕から激しいラッシュ!! ザール選手これはいきなり大ダメーだ!!』
実況の声と、観客の歓声が響く。が、キアンはそんなものが気にならないほど集中していた。
(来る…………っ!)
そう身構えた時には、土煙を切り裂いて二つの弾丸が飛んできた。横に動いて躱し、また距離を詰めようとザールに向かってステップ。ステップの終わりを狙って、眉間に放たれた弾丸を、危機察知のスキルで感知し剣を振るって横から弾く。
「がっ…………!」
確かに弾丸は弾いていた筈、なのに弾丸は彼の眉間に直撃した。顔がのけ反り、その間にも弾丸が体に直撃する。たまらず距離をとるが、そうなってしまってはザールの思う壺である。
キアンは防御が精いっぱいで、逃げ回るしかなかった。隙をついて距離を詰めようにも、あの一ヶ所しか感知していないのに、何故かあたる弾丸に阻まれてしまう。
(なんで、あの一つしかない反応で、二つの弾丸が飛んでくるんだ?)
三つ目のHPポーションを使いながら、キアンは考えを巡らしていく。危機察知では反応は一ヶ所、しかしそれを防御してもすぐさま二発目に直撃してしまう。ステップの終わりを狙われるせいで、横に移動することは難しい。かといって、ステップを使って一気に距離を縮めなければ、ハチの巣にされて終わりだ。
(まてよ……なんであいつは一つしか反応を出していないんだ?)
そこで浮かんだのは一つの疑問、ザールは一度に二つの弾丸を撃てるが、あの奇妙な弾丸の時だけは一つしか打っていないと思っていた。だが、それが違っていたらどうだろうか、一つしか打っていないのではなく、そう誤解させられていたのだとしたら。
「ステップ!」
その考えに至った時には、最後のアイテムであるSPポーションを体に振りかけ、ステップを使っていた。その終わりを狙うように放たれる弾丸。危機察知の反応は眉間に一つだけ、戦士系統の職であるキアンでは、ステップの上位アーツは使えない。だからここでチェインするのは、
「貫通刃!」
攻撃系のアーツだ。貫通刃は、貫通力は高いが攻撃力はあまり高くなく、軽装のザール相手では使う機会がなかったが、ここでそのアーツを使う。青い光と共に切り裂かれた、二つの弾丸が耐久力を失って消滅する。
そう、ザールの使うトリックは簡単、ただ一つ目の弾丸の後ろに寸分の狂いもなく二発目を撃っただけのこと。ステップの直線の動きに正面からこの技を使えば、その発見は限りなく困難になる。
(今だ!)
貫通刃にもう一度ステップをチェインして、今度こそザールとの距離は縮まった。キアンの連撃をザールは銃で受け、流し、回避してはいるが、ところどころ被弾し、すぐにでも限界がくる筈だ。
「俺の不可視の弾丸をこんな早く見破った奴は久しぶりだぜ」
キアンの剣を銃の腹で受け、競り合いのような形になったままザールが口を開く。銃口は上を向いており、射線は通っていない。前衛のキアンと後衛の寄りのザールでは、いくらレベル差が多少あっても、STRはキアンの方が上だ。このまま押し切るとばかりに、剣を握る力を強めたその時、銃口から火花が散った。一度は見当違いの方向に飛んだ弾丸が、空中で軌道を変えてキアンの後頭部に直撃する。
「がっ!?」
一瞬、剣を握る力が緩み、膝が折れる。その隙にザールとの距離が僅かに開いてしまう。互いの距離はほんの三メートルほどしかない。
(あ、れは…………!)
剣を支えに、倒れることを拒否したキアンがザールの方を見たその時、その視線はザールのさらに後ろ、観客席の方に奪われた。
『行け』
それは幻聴に近いものかもしれない。だが、その一瞬、彼は聞いた。この大会で戦いたいと願い、かつて助けられてから密かに目標にしてきていたプレイヤーの声を。
「はい!」
その叱咤を受けて、彼は弾かれるように、思考する隙も無くステップを発動。これで一気にザールとの距離は縮まる。この短い合間では、不可視の弾丸は使えない。互いのHPは、あと一撃まともにはいれば決着がつくほどに減っている。
「! だが、甘めぇ、ステップは直線にしか動けねえ!」
ザールが取った行動は、ただその場から横に跳んだだけ。だが、それはステップが直線的にしか動けないという最大の弱点をついた手であり、対人経験の豊富なザールからすればごく当たり前に出てきた最善手。
「う、ォォォォォォォ!!!!」
「な、に…………!?」
だが、その手段をキアンは既に一度受けている。だからイメージしてきた、こんな事かもう一度あったのなら、こんな風に破ると。
キアンは、体を捻り貫通刃を左後ろの地面に向けて放つ。その反作用で彼の体は、横に逃げたザールの方にと飛んでいく。体当たり気味にザールに突撃し、彼は片手の銃を落としてしまった。キアンがつかうのは、残りのSPでも使え、長く愛用してきたアーツ。
「強撃!!!」
赤く染まった斬撃が、ザールの体を切り裂いていく。
「え……………………?」
ことは無かった。次の瞬間、キアンは眉間に穴を開け、仰向けに倒れていた。
『き、決まったぁぁぁ!!!! 勝者! ザール選手!!』
大声で叫ぶ実況の声を聞きながら、キアンは光となって控室に転移されていった。
一人舞台に立っていたザールは、手に持った銃をしまい、落とした銃を回収すると、
「…………二丁目を抜いたのは、ほんと久しぶりだったぜ」
そう小さく呟いて消えたのであった。