第九十七話 本選前夜
Decided strongest本選出場を決めたその夜、ライトは頭を抱えていた。ただの慣用表現ではない、痛みから頭を抱えているのだ。”過剰集中”の使い過ぎによる頭痛、転げまわるほどではないが、快眠とはいかないジクジクとした痛み。
(まあ、今日はもう少し起きてる予定だから丁度いいか)
只今の時刻は十一時半、頬杖を突きながら月を眺めるのも飽きてきた頃合いだ。こういう時に騒がしくも退屈しない妖精の彼女は、既にベッドで寝息を立てている。
「なあ、リース」
視線は窓の外から移さない。
「なんだい、光一」
呼ばれた彼女も手に持った本から視線を逸らさずに返した。彼のことを”ライト”ではなく”光一”と呼ぶのは二人きりだからなのか、それとも単にめんどくさいだけなのか、満月を見ていた彼には彼女の顔色から判断することもできない。
「この世界って、少しづつ現実に近づいたりしてる?」
「してるけど」
確証どころか、気付きすら最近の事実をあっさり肯定されて呆然としたいところだが、取り乱したところで現状は変わらない。予兆は少し前からあった、こうして言葉にするほどの異変を感じたのは、リリー戦からだ。あの時に使用した魔力量の感じ、ゲームの世界では感じない筈の魔力の気配がトイニやリースの魔法から感じられた。過剰集中を使ってなければ、ハッキリと感じ取ることもできなかっただろう程の微量であったが、確かに魔力の流れをこのゲームの世界で感じたのだ。
「オネイロスの仕業だろうね。少しずつこの世界を現実に近づけて、最終的に人間界で顕現しようとしてるんでしょ」
神等の天界に住まう者は、基本的に人間界で全力を振るうことはできない。リースも人間界に来るときは、殆ど只の少女としての力しかない。逆に言えば、人間界で神が全力を振るえるようになれば、他の神からは手出しされずに全力を振るえるようになってしまう。
一人間の光一にとって、そんな事をしてオネイロスが何をしたいのか等想像もつかないが、そんな事をされれば人間界は滅ぶ。少なくとも、オネイロスに反抗している光一は確実に殺されるだろう。それを防ぐ為にも、このゲームの攻略及び、オネイロスに直接繋がる管理教団について情報が欲しい。このイベントに参加したのも、ロズウェル達が参加するかも知れないと考えての事だったが、
(今のところロズウェルの姿は無い。たが、他の管理教団メンバーがいるかもしれない。……油断は禁物だな)
予選でロズウェル自身の姿を確認することは出来なかった。が、管理教団のリリーが参加していたことから、恐らく何人かはこのイベントに潜り込んでいる。この大会を進めていけば、ロズウェルと相まみえる機会もあるかもしれない。満月を眺めながら考えを巡らせていると、部屋の戸が叩かれた。
「来たか、時間丁度だな」
「まあね、何とか間に合ったよ」
訪ねてきたのは、フードを深く被った少女。少女の名はラムナと言い、エイミーから紹介してもらった生産職のプレイヤーだ。彼女は固定のパーティーにも、ギルドにも所属しない、ただその腕を頼りに生きる、生産職版の傭兵と言うべき存在だ。
「ほら、約束の金と素材だ」
「毎度あり、こっちもいい経験させて貰ったよ」
彼女にライトが頼んだのは、二振りの短刀。鞘も刃も全てが漆黒だが、引き抜いてみると、揺らめくように刀身が青く仄かに光っていた。
「この光は何とかならなかったのか」
「これでも抑えた方だよ。まあ、ナイトメアシリーズの素材があってのことだけどね」
その短刀の名は魂喰らい、今まで手に入れてきた素材を惜しげもなく使ったフルオーダーメイドの一品である。この武器を作るのに何故エイミーなどの生産ギルドを訪ねなかったのか、それはこの魂喰らいの中核をなす素材、魂ことプレイヤーの記憶の存在だ。かつて管理教団のメンバーを倒した際にドロップした魂をこの魂喰らいは素材としている。こんな素材を加工したいと考える人間はそうはいない、それに管理教団に目を付けられる可能性もある。だからライトは、エイミーに頼み金に糸目をつけない代わりに、こんな素材でも扱ってくれるプレイヤーとしてラムナを紹介してもらったのだ。
「まさか魂を素材に武器を作ってくれなんてね、また機会があったらよろしくねー」
「機会があったらな」
そんな言葉を残してエイミーは去っていった。こうして、彼女は夜の闇の中に消えていく、彼女がこれから管理教団と関わるのかは分からない。仮にライトが聞いたところで、彼女は教えないだろう。依頼者の情報は必ず守る、誰の肩も持たず、頼るのは自分の腕のみ。そんな彼女だから、ライトは魂喰らいの製作を依頼したのだ。
「俺はもう寝るぞ」
「私はもう少し起きてるよ、おやすみ光一」
「ああ、おやすみ。リース」
また二人きりの時間が流れる、この瞬間は数少ない光一が飾らずにいられる瞬間だ。谷中光一はかつて人として、脇役として、無意識下で自信がなかった。そんな自分を必要としてくれた存在に見守られて就寝することで、光一は心からリラックスした表情で眠りについた。
一方そのころ、decided strongestの公式から本選トーナメントの組み合わせが発表されていた。
一回戦 (左ブロック)
第一試合
キアン VS ザール
第二試合
ロロナ VS ティーダ
第三試合
セイク VS ヴィール
第四試合
レクト VS ネロ
右ブロック
第五回戦
ライト VS オバンド
第六回戦
ケン VS ミスト
第七回戦
リン VS サイア
第八回戦
リュナ VS レヴィン