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第九十六話

「さてと、ここらへんからどうしようか考えないとな」

「そうですね。皆さん不用意には動かなくなってきてますからね」


 イベント気分から浮かれきった者たちがある程度排除され、勝負は中盤戦から終盤に差し掛かろうとしていた。このあたりになってくると、不用意にふらふらしているプレイヤーまずいない。何人かで一時的に協力関係を結んだプレイヤー達が増えるなか、セイクはフェデアと二人で身を隠していた。ここまでで稼いだのは合計七ポイント、恐らくもう一人倒せば本選には届く。しかし、見つけるプレイヤーたちは殆どが徒党を組んでおり、流石のセイクでもここまで生き残るプレイヤー相手に多対一は厳しいものがある。そのため、SPとMP回復を待ちながら、あわよくば一人のプレイヤーが近くを通りかからないかと隠れているのだ。


「人妖合身が使えればよかったんですけどね」

「確かにね。でも、使えないものを言っても仕方ないよ」


 さらに不幸なのは、フェデアの言う通り人妖合身が使えないということだ。なにも、戦術的なことがあるわけでも、切り札は残しておきたいという心情があるわけでもない。本当に使えないのだ。

 精霊の里での事件の後、二人はこのイベントに向けて連携を確認したりしていたのだが、


「あれ……?」

「うわぁっ!」


 何度やっても人妖合身だけが使えなかった。セイクの融合が上手くいかず、彼がはじき出されてしまう。そもそも人妖合身はロクにに使い手がおらず、勿論使い方のコツなんてものはない。さらに、セイクはこういった魔法の行使に関しては、少し前まで素人に毛が生えた程度の練度しかなかったのだ。それからも、練習を重ねたが結局一度も成功することもなく、イベント当日を迎えてしまったというわけだ。


「…………静かに、誰か近づいてくる」


 セイクが、手でフェデアの口元を抑えるようなジェスチャーをする。それでフェデアも気づいたようで、一気に顔が真剣になっていく。足音は一人分で、姿は見えないもののあちらもこちらの気配に気づいたようだ。フェデアの隠蔽(いんぺい)の魔法を看破しているところを考えると、あちらは索敵用のスキルないしアーツを持っているのだろう。セイクは、フェデアにここで合図があるまで待機のハンドサインを送ると、自己強化の呪文を唱えて敵へと襲い掛かる。

 かなりの速度で飛び出したはずなのだが、相手はきっちりとセイクの突撃に刀を合わせる。それを剣の腹で逸らしながら、相手の後ろをとろうとしたが、相手は手首を返して的確にセイクの胴を一閃。


(つ……強い!)


 傷は浅いが、驚くべき技量である。これは全力を尽くさなければ危ない、剣を握る力を強めながら、相手の顔へと目線を移すと、


「あ…………リン!」

「せ、セイク!」


 そこに居たのはリンであった。彼女は抜き身の日本刀を構えていたが、相手がパーティーメンバーであるセイクだと分かると、日本刀を鞘に仕舞う。


「そっちも一人?」

「ああ、これからどうしようかと思っていたところだよ」

「だったら、私と一緒にいかない?」

「勿論、リンと一緒なら心強いよ」

「そうです、リンさんと一緒なら百人力です」

「ほ、褒めてもなにもでないわよ」


 照れ隠しでそっぽを向いたリンと行動を共にすることになり、三人は移動を開始する。彼女のジョブは剣豪、これは敏捷と攻撃力の高さが特徴の典型的な攻撃役アタッカーだ。万能型の聖騎士とは違い、尖った性能をしており、瞬発的な物理火力が不足していたセイクとフェデアにとって心強い味方である。

 こういった合理的な理由もあるが、それ以上に無条件で信頼のおける仲間ができたことが大きい。このような場面で、他人と協力するのは当然ながらリスクを伴う。事実、だまし討ちによる敗退者もかなり多い。そんな状況で、彼らは普段のパーティーのように行動できているのだ、これは間違いなく幸運である。気配察知と聴力強化のスキルを使うリンの指示を聞きながら、五人近くで群れるプレイヤーを避けながら進んでいく。途中、やや遠くで木々が轟音と共にめくれ上がるのが見えたが、あれだけの事ができるのは、結構な上級プレイヤーであることからパス。


「……ストップ。この先にいるわ」

「数は?」

「感知できるのは四人、一人だけ後衛っぽくて、残りは剣、剣、槍ね。多分気づかれてるわ」

「よし、行こう。フェデアは大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」


 フェデアに同意を取ると、聖衣クロスのアーツを使い自己強化をして、セイクは飛び出す。人数で負けている以上、先手を取らなくては危険と判断しての特攻である。


「来たぞ!」

「クラッシュディバイド!」

「方天撃!」


 アーツを使われた一撃を剣で反らし、正面の敵に体当たりでもするかのように強く踏み込む。正面からの斬撃は食らうが、強力なアーツもかかっていないなら、気にするほどのダメージは負わない。さらに、遅れて茂みからリンが、槍の懐に入るように飛び出す。彼女は、刀を顔の横で水平に構えたまま相手に急接近し、


「桜咲」


 横を通り過ぎ終えた時には、刀を振り下ろしていた。相手は、即座に槍を短く構え直そうとしたが、


「がっ!?」


 次の瞬間、全身に痛みが走る。端から見れば、花びらのように刀傷が全身にできていたが、彼が気づくことはなかった。なぜなら、


「奥義…………斬刑斬首」


 彼に背を向けたリンが、カチンと音を鳴らして刀を鞘に納めたと同時に彼の視界は歪み、首が落ちる影を視界端に捉えたまま意識を落としたからだ。

 仲間が一人やられたことで、相手パーティーの連携は一気に崩れだす。元々即席で組んだパーティーだ、事前に決めていたことなら対応できるが、このように実力のあるプレイヤーのコンビネーションには対応しきれない。この状況を強引に打開しようと、魔法使いらしきプレイヤーが大技の詠唱を始め、それを守るために残りの相手プレイヤーも動こうとするが、


影沼(スワンプシャドウ)


 フェデアの魔法により、足元に黒い影が広がり足がとられてしまう。詠唱完了まであと十秒はある、その間にリンとセイクが前衛を一気に叩く。移動が制限されているなかで、この二人の攻撃を捌くのは容易ではない。さらに、リンの瞬発火力の高さも相まってあっさりと一人は倒れた。


「フレイム……」

「セイクリッドバースト!」


 ようやく詠唱が終わりそうになった魔法使いも、セイクの剣先から(ほとばし)る閃光に飲み込まれ、吹き飛ばされてしまう。こうなったら、もはやただの三体一だ。左右からのコンビネーションに振り回され、セイクの剣が赤く残ったHPゲージを削りとる。


「私はこれで貯まったわ。 そっちはどう?」

「俺も貯まったよ」


 これで二人は、予選を見事突破できるポイントを獲得し、あとはメニュー画面からこのステージを脱出の項目をタップすれば、晴れて本選出場だ。

 だが、セイクは一つ忘れていた。元々ソロでの採用が多く、パーティーでは、他のメンバーからのサポートが受けられるということから余り採用されてはいないが、それでも後衛職には一定の需要があるスキルの事を。


「ブレイズバースト!!」

「なっ!」


 叫んだのは、セイクのアーツによってやられたかに見えた魔法使いだった。既に詠唱はほぼ完成しており、この距離では妨害すふこともできない。あれだけの時間をかけて詠唱していたのなら、セイクはともかくリンは無事ではすまないだろう。


(即死回避か……っ)


 注意不足だった自分を嫌うと同時に出てきたのは、即死回避スキルの存在。こんな近接職が有利な戦いに来ている以上、こういったスキルの存在を確認するのは当たり前なのだが、すっかり失念していた。今さら後悔したところでもう遅い。せめて自分を盾にしようと、セイクがリンに手を伸ばそうとしたその時。


「…………1G shoot」


 何やら男の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはあの魔法使いの眉間に穴が空き、呪文が中断されていた。


「誰だ!」


 手をメニュー画面にかけて叫ぶ、設定中に襲われるのはもうこりごりだ。そう思いながら、何かが飛んで来た方を注視すると、


「安心しな、別にやりあう気はねーよ。もう俺はポイント貯まったんだ。あんたらもそうだろ? だったらここは大人しく解散といこうぜ。俺だって無駄遣いはしたくねぇんだ」


 そこから出てきたのは、黒いロングコートに金の模様が特徴的な服装の男だった。彼は手にした銃をポケットに入れ、敵意が無いことをアピールする。


「……分かった。俺たちだって無駄に闘いたくはない」


 それを見て、セイクたちも武器を下ろし、メニュー画面の操作を終える。横目で男の方を見ると、彼も同じく操作を終えたところのようだ。


「じゃあな、本選で運が良かったら会うかもな」


 それだけを言い残して、彼は消える。それから数瞬もせずにセイクとリンも飛ばされたのだが、


「強いね、あの人」

「ああ」


 ほんの少し話し、一度しか攻撃を見ていないのにも関わらず、彼の実力の高さは伺えた。本選はああいったプレイヤーばかりなのだろう、それを再認識し、セイクとリンは予選突破の喜びに浸ることができなかった。

 

 

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