第九十五話 狂戦士
リリーと手を合わせて再確認したが、やはり管理教団の幹部は攻略組の上位にも迫りうる。一挙手一投足を注視し、集中を使わなければあっさりやられてもおかしくはない。
「は、ハハハハハ!!! 強い、やっぱり強いよ、キミ!」
リリーの青く光る瞳が、高速で動くライトたちの動きを捉える。普通大剣使いは、その重さから緩慢な動きになるものだが、彼女は違う。身の丈ほどの大剣を軽々と振り回すSTRに、三方向からの攻撃を予測するセンスがある。SPポーションを使いたいところだが、そんなことを許してくれそうもない。
ライトの右からの閃撃を大剣の腹で流し、正面からの切りつけは自己強化アーツを使った腕に受け止められる。その隙に本体が短刀を後ろから突き立てにかかるが、リリーは突き立てた大剣をさらに突き刺すことで、自身を上へと跳ね上げて回避、さらに、空中で強引に大剣を引き抜くと、ライトたち目掛けて振り回しながら着地する。
(強いな)
瞬身で大剣から逃れたライトは、心の中でそう小さく呟いた。アーツなしの攻撃はほぼ効かない、かといって並みの速度では見切られる。今の彼では、四つ以上の並列思考を使ったまま縮地まで使うと、処理が追い付かないことが多々あってしまう。
「リリーとか言ったか、お前も中々強いな」
「なに? もしかしておだてて見逃してもらおうとしてるの?」
挑発的にふざけて喋るリリーに、ライトは一度長めの瞬きをするように目を閉じる。
「いや、こっちもギアを上げていこうとおもってな」
「!?」
次に目を開けると同時に、三人のライトの速度は段階を飛ばして加速する。“過剰集中”この世界では、長時間使用は文字通り寿命を縮めかねない、光一の神の従者としての切り札の一つだ。
リリーは、周りに一瞬で距離を詰めたライトたちを振り払うように、"サークルスイング"を使うが、ライトはジャンプをチェインして飛び膝蹴りとともに跳躍。顎への衝撃を受けて、彼女の視界が強制的に上に向けさせられる。それでも、ダメージはほぼない、視界端で着地したライトを確認し、突進系のアーツで攻めようと大剣を握る手と足に力を籠める。
「えっ!?」
その瞬間、ガクンと腰が落ちた。下を見ると、地面から生えた手が自分の足首を掴んでいた。サークルスイングを躱す際に、土中遊泳で回避していた分身が手のみを出して彼女の動きを阻害しているのだ。彼女が大剣を地面に刺すと、その剣先は豆腐にでも沈むように入り、分身は消え、拘束も無くなる。だが、足元に気をとられた僅かな時間を、過剰集中で強化された思考は見逃さない。彼女が顔を上げた時、貫手を構えたライトが目の前にいた。
「錐通」
「がッ……!?」
それを認識したのも一瞬。大剣を防御に使う暇もなく、錐通を喉に受けてしまう。痛みに耐えて反撃しようにも、既に大剣の届く範囲外に移動されている。
SPの都合上、リリーのHPが一気に削られることはないが、とにかく攻撃が当たらない。大剣を軽々と振り回せるとは言え、その速度をゆうに越える存在が相手では、当てるのは至難の技だ。ライトは短刀をしまい、さらに小回りの利く素手戦闘に切り替え、構えをとっている。これで形勢はほぼ逆転した。長引けば長引くほど、ただでさえ当たらない攻撃は予測されていってしまう。そんな状況を打開するのであれば、
「ちょろちょろと……!」
新たな攻撃パターンを用意することだ。リリーはアイテムボックスから何やら、カードのような物を取り出す。神の従者としての力を使い、ライト有利となったこの場をただのアイテムでひっくり返すのは難しい。だが、
(何やら厄介な感じがする)
そのアイテムから感覚的に異質な雰囲気を感じ取り、全力ではたき落としにかかる。しかし、その寸前でカードはリリーの体にへと吸い込まれるように消えていった。その刹那、ちらり見えたカードはトランプのジョーカー、そしてライトの脳裏に浮かんだのは金髪でトランプを武器に闘うあの男。
「鬱陶しいのよ!!!」
怒声一喝。リリーの大声は木々を震わせ、大地を揺らす。さらに、その咆哮とも言える怒声を至近距離で受けたライトの体は、かつて黒狼が使った麻痺効果付きの咆哮を受けた時と同じく硬直する。そうなれば、先ほどは軽々振っていた大剣を、その一薙ぎで大木をも蹴散らすがごとく振るう。勿論、そんな攻撃を硬直したライトに受け止める手段はない。
「さて、次はあんたよ。余裕ぶってるのも今のうちなんだから」
「やっと終わったか。だが、今の俺はさっきより強いぞ」
最後の分身を蹴散らしたリリーは、過剰集中後の交錯以降、近くの木に寄りかかり、SPポーションを飲んでいた本体のライトに大剣を向けながら宣言する。
AGEを活かして一気に詰め寄るライト、距離はまだ素手の範囲にない。大剣の振り下ろしをステップの加速で強引に避け、剛体をチェイン。移動系のアーツを途中キャンセルした結果、ちょうどリリーの目の前で止まる。そこから攻撃に転じたいが、彼女がSTRに任せて腰の捻りで攻めに転じる。だが、ライトは踏ん張るために力を籠めようとした足を軽く蹴り、力の抜けた大剣の振りを簓木の上位アーツ、"撫子"を使い左腕全体で大剣を上に逸らす。軸足を浮かされ、巨重量の大剣を上に流され不安定な彼女は、そのまま剛体で強化された拳を食らって地面に倒れる。
「あ、がァァァ!!!!」
地面に倒れていたのも一瞬、リリーはすぐさま起き上がりライトを狙う。その剣技に先ほどまでの繊細さと豪快さの調和は感じられず、まるで暴風のような乱雑かつ圧倒的な圧力があった。
これが彼女の職、狂戦士の固有スキルの狂化である。使うと冷静さを失い、アイテムや呪文の使用が制限される代わりに大幅にステータスが向上する。それが、あのジョーカーを取り込んで以降さらに強化されているのだ。彼女の綺麗だった青い瞳は、真紅に染まり正気を映していない。だが、体に身についた剣技は本物だ、乱雑でありながら、全ての行動がライトを抹殺するために動いている。
「さて、俺も忍としての奥義を使わせてもらうか…………だが、俺の奥義は門外不出の外法なんでね」
リリーが倒れている間に、ライトは分身の術をフルで使う。分身含め、系五人の彼が狂った女戦士を見据え、高速で動く。
「見料は、その命を持って払って頂こう!」
一人が縮地を使って、一足速く狂戦士の懐に入る。狂戦士は時間差で迫る、他の個体を認識すると息を吸い込む。咆哮で一気に全体を制圧しようとしたのだが、
「ガァっ!?」
「判断が甘いぞ。その動きは観察済みだ」
分身の一人が、息を吸い込もうと開けた口内に棒手裏剣を投擲したせいで、ダメージこそないが強制的に咆哮がキャンセルされる。その隙付き、二人の分身がステップ、ハイステップ、縮地の最高速からの閃撃を通り抜けざまに放つ。クロスの傷がついた鎧に、目に見えて減ったHP。しかし、それでも狂戦士は鈍る様子もない。大剣を腰だめに構え、一回転して蓄えたエネルギーをそのまま地面に叩きつける。そのアーツにより、咆哮など比ではないほどの揺れと、地面から衝撃波が噴き出す。これにより分身の一人が消えた。
だが、そこまでだ。狂戦士はアーツはアーツ発動後の隙、キャンセルをするよりも速く目の前に迫る忍者の姿を目視した。
「羽々斬り」
目の前に現れる斬撃の壁。狂戦士の振るう大剣の巨大な圧を持った斬撃ではないが、一太刀一太刀が驚異の鋭さを持った奥義。それを受けて彼女の体は大きくのけ反る。そして、
「錐通・螺極!」
仰向けの狂戦士の腹部目掛けて、分身の一人がもう一つの奥義を発動する。今のライトの技で最も貫通力のある奥義は、狂戦士の腹部を貫通し地面に縫い留める。それでも、狂戦士の削れたHPは半分ほど、だが、動きは止まる。
「「土遁・土流包縛」」
最後に、残りの二人が右の拳を左手で包むような印を結ぶと、狂戦士の周りは二重の土の壁に包まれた。彼女が一度大きく大剣を振るえば、錐通で動きを止めていた分身は消え、次の一振りで内側の土壁は壊れた。だが、まだ外側が残っている。強度は脆くあっさりと壊れてしまうだろうが、目隠しの役目は果たせる。そして、脆いが故に外からの攻撃の妨げにもならない。
「ホーリーブラスト!!」
「ライトニングバースト!!」
そして、これだけの時間をかけて、留まってくれている相手に、彼女たちが狙いを外す訳がない。
狂戦士は、そのまま最後の土壁を壊す寸前、白い光に包まれ跡形もなく消滅したのであった。