第九十四話 Decided strongest予選
『さあさあ、いよいよ始まりました。Decided strongest予選。受付で予想券を販売しておりますので、観客の皆さんも楽しんでいって下さいねー!』
甲高い女性実況の声が聞こえる。声のする上空を見ると、いくつかのウインドウが浮かび、その中では大量の観客が喚声を上げていた。
ライトが居るのは、そんなウインドウの下。深い森の中。decided strongest予選開始と同時にランダムでフィールドに飛ばされ、そこからバトルロワイアル形式の予選を行うとの、事前説明があった。
(序盤は身を隠すのが吉だが……)
予選のルールは、一人を倒す毎に最低一ポイントを入手し、合計十ポイント入手で本線出場となる。さらに、数ポイントを持つプレイヤーを倒せば、ポイントは総取り。さらに武器含むアイテムの持ち込み数には制限があり、となれば漁夫の利を狙う者は多い。
ライトも開始からよい隠れ場所を選ぶと、陰身の上位アーツである隠形を発動。これで感知系統のアーツを使われなければ、そう簡単には見つからない。
「さーて、どうしよっかなー」
片手剣と小盾というオーソドックスな装備の男は、イベントの興奮を抑えながらこれからの動きを考えていた。最初は参加したところで、攻略組あたりに本選出場枠を独占されると思ったが、この方式なら自分も本選に出れるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いてフィールドを歩いていると、少し先の藪に身を隠している男の姿が見えた。一目見たところ、相手の装備はまるで忍者のような軽装。序盤は温存をしているようで、動く気配も、こちらに気づいている様子もない。後ろから、素人なりに気配を消して近づきアーツを使った全力を叩き込む。
(奴の装備なら、多少のレベル差があってもやれる!)
刃が忍者の肩に触れ、そのまま両断しようとした瞬間、その肉体は煙のように消える。
「囮かっ……!」
その判断を下すのは早かった。
「鋼体!」
自分ははめられたのだ、それに気づいたと同時に物理防御力の上がるアーツを使用する。相手が忍者や盗賊系統ならば、狙いは囮に注意を向けさせて、背後からの一撃だろう。なら、物理防御をあげて、耐えるしかない。歯を食いしばり、来るであろう衝撃にそなえる。アーツによる硬直がとければ、正面切っての闘いだ。それなら、純粋な前衛の自分に分がある。
そう、思っていた。
「熱ッ!!」
感じたのは熱さ。視界が炎に染まり、HPが一気に削られていく。慌てて回復薬を飲もうと、手元にアイテムを具現化したその瞬間鋭い痛みが手に走る。見ると、自身の手に細長い刃物が突き刺さっており、その痛みから回復アイテムを落としてしまった。さらに、他のアイテムを使おうとメニューを操作しようとしたが、その光景が彼がこの予選で見た最後の光景だった。
「やった! 倒した!」
「囮ごくろうさま、ライト」
近くの茂みに身を隠していたトイニとリースが、敵を倒し切ったことを確認すると木の上からライトが降りてくる。
「とりあえず、この戦法であと二、三ポイントは稼いでおきたいところだな。二人ともMPはまだ大丈夫か?」
「まだ余裕あるね」
「バッチリ!」
ライトの取っているこの戦法、それは分身を囮にしてのリースとトイニによる遠距離魔法による制圧である。この戦法、先ほどの男のようにライトをただの軽装備のプレイヤーと認識している相手には抜群の効果をほこる。さらに、ライトの職である忍者は情報が少ない。攻略組なら分身や口寄せのことぐらいは知っているだろうが、イベントを楽しみに来たようなプレイヤーなら、そのあたりの注意がおろそかな者も多い。
「そういえば倒された人ってどうなるのかな? やっぱり記憶ドロップしちゃうの?」
「いや、イベント説明ではHP1で脱落部屋に強制転移させられて、予選観戦だとよ。元々ただのイベントなんだから、デスペナはないようになってるんだろうな」
前説明でもあった通り、記憶のドロップはない。それは、今倒した相手のドロップがないことからも確認済みだ。こうして、分身による斥候としての機能を存分に使いながらポイントを集めること一時間半、さすがに、のんきな気持ちの参加者はあらかた脱落し、ライトも容易にはポイントを入手できなくなっていた。それ以前に、他の参加者とロクに出会っていなかった。
この予選では、なによりも初手を取ることが重要である。味方の援護が期待できない今、一人で回復、強化、攻撃、防御を戦闘中に全てこなすのは難しい。しかし、初手をとって一気に攻め立てれば、意識は攻撃と強化に向けるだけで済む。このAWOがデスゲームになってから、プレイヤーはほとんどがパーティ単位で動いている。そのため、慣れないソロ戦闘で攻められると、そのまま大勢を立て直せないままやられてしまう者が多いのだ。
今ライトは、六体の分身を辺りに配置して見張りを立てている。リースとトイニを呼び出しているので、MPに余裕はない。火力面が弱い彼だが、この二人を守りながら戦うことで、比較的容易にこの予選を過ごしていたが、この見張りにも当然弱点はある。
『来たぞ!』
『りょーかい』
「え、え!?」
突如、後ろから木々をなぎ倒し、土煙を巻き上げる衝撃波が三人を襲う。声を上げる猶予はなく、リースが念話を聞いて、防御陣を発動。それはすぐに破られてしまうが、その隙にライトが二人を抱えてその場から離脱する。
これがライトの弱点の一つ、探知スキルの脆弱さだ。彼のスキルはほとんどが戦闘系統であり、探知スキルを強化するリソースがない。魔法部分に関しては、リースとトイニが補ってくれているものの、これはどうしようもない。なので、目視が難しいところから遠距離攻撃をされると、このような超反応に任せた回避しかできないうえに、もっと範囲が広いと、あっさりと被弾してしまう。
『リース、トイニは任せた』
『分かった、気を付けて』
念話でトイニのことを任せると、ライトは攻撃をしてきた方に走る。既にこちらの場所はバレている。リースやトイニの存在は本選まで隠しておきたい。ならば、ここは一人でやるしかない。
分身は残り三体、一体は二人のところに残してきたので、あとは本体を入れた系三人の連撃で一気攻めようと、ハイステップから閃撃をチェイン。スラントの上位版であるアーツを敵影目掛けて放つ。
「! やったー、あったりー!」
「なっ!?」
そこに居たのは、身の丈ほどもある大剣で三方向からの閃撃を捌く少女だった。ライトはハイステップの勢いをそのままに、彼女の後ろに回り裏蹴りで胴を狙うが、それは大剣の柄で受け止められた。
「やっぱ強いね、さすがリーダーが注意するだけある」
「俺の事を狙うリーダーってことは、あいつの仲間か」
「そうだよ、初対面だし一応名乗っておこうか」
二人はいくらかの抗戦の後、距離をとって膠着したところで少女がそう口を開いた。彼女は腰を落とし、大剣を握り直し口を開く。
「管理教団幹部、リリーだよ。よろしくね」
「あっそ」
それだけ話すと、また両者は激突する。