第九十三話 妖精の瞬き(フェアリーブリンク)
互いの魔力の境界線が曖昧になっていく。少しでも相手を異物として認識してしまえば、人妖合身は成功しない。それどころか、互いに異物を取り込んだ拒絶反応からまともに動くことすら叶わない。
(な、なんて圧力だ。弾き出だされそうだ……)
根本的な魔力量の違いから、セイクの方がフェデアの魔力から振り落とされそうになる。妖精になったばかりのフェデアにとって、いきなり増大した魔力の精密な操作は困難を極める。そのせいで、フェデアの魔力はセイクを拒もうとしてしまう。それでもセイクは自身の魔力とフェデアとの同化に尽力する。
これは、例えるなら膨大な魔力の渦の中心にいるフェデアに、バタ足で逢いに行くようなものだ。普通なら弾かれて終わりだ。だが、そんな渦中を少しづつ、確実にセイクは進んでいく。
(セイクさん……!!)
フェデアも、膨大な魔力を何とか制御しようと、セイクがこちらに向かって来やすいように流れを少しでも弱めようと奮闘する。
「フェデア!」
「セイクさん!」
セイクは、関節が痛むほど思い切り腕を伸ばす。フェデアもそれに答えるよう、細い腕を力いっぱい伸ばす。そして、しっかりと二人が手を取り、その瞬間、荒れ狂う魔力の渦は消えた。
「ほう、これが人妖合身か」
目の前で、二人が詠唱をしていた時間はわずかとはいえ、今のシークのなら阻止することもできただろう。しかし、彼は止めなかった。それは単なる好奇心からくる行動であった。
魔術に詳しい魔族でも、殆ど前例のない”人妖合身”。彼も、父の書庫で一度文献を読んだきりであり、この目で見てみるのも悪くない、どうせ今の自分に妖精と人族ごときが力を合わせたところで勝てる訳がない。そう思っての傍観だったが、
「さて、最後のあがきは終わったかな。終わったならそろそろ幕を引こうか。この、下らないショーのね」
シークが右手を差し出すと、その先に闇の魔力が集まっていく。闇を扱う妖精のフェデアでさえ、もし食らえば余りの闇の密度に押しつぶされてしまうだろう。それだけではない、二人の周りにいた影人形も、闇を押し固めた剣を振りかぶって襲い掛かる。
今の二人ではどうにもならない状況。しかし、
「は? …………ぁああああああああ!!」
「「巨躯なる聖剣」」
二人が一人となった今なら突破できる。
まずシークが感じたのは、強い光が辺りを包んだこと。次に気が付いたのは、白に所々黒いラインの入った鎧を身にまとったセイクが、両手に眩く光る大剣を持っていたこと。そこでようやく、影人形が全て消えていることと、自身の右手が消滅していることに気が付いた。
影人形は、巨躯なる聖剣から漏れ出る光の魔力によって消滅。自身の右手は、眩さに目を一瞬閉じた際に切り落とされたものであり、その隙につけこめるほどセイクの速度は上がっていた。さらに光属性の剣で切られたことで、シークの右手の回復も阻害されている。妖精の涙を使う前なら、傷口から入る光の魔力に焼き尽くされていただろう。
「こんなところで……負けてたまるか!!」
右手の再生すらせず、傷口から直接闇の剣を生やしたシークは、セイクに向かって駆け出す。さらに、彼の周りには自身から漏れ出る闇が魔法陣を描き、セイクに向けて闇の弾丸や鞭が四方から迫る。
「な……にっ!?」
光と闇の鎧を纏ったセイクは闇の剣を正面から受け止め、フェデアがシークと同じく魔法陣を展開することで、相手の魔法を打ち落とす。魔法面で互角にされてしまうと、途端にシークが押され始めた。元々彼は魔法使いであり、剣技は魔族という身体スペックの高さに任せて振り回していただけのものだ。対して、セイクはこの世界を最前線で生きてきた男だ、さらに現実では久崎に剣術を教えてもらっていたこともある。人妖合身によって身体スペックの差が埋まった今、近接戦ではセイクの有利は揺るがない。
「認めよう! 人間に妖精! おまえらは……強い!!」
それが分かっているから、シークは最後の賭けに出た。影人形を生成し、それはあっさりと消滅させられるが、目的は足止めだ。セイクから離れ、全魔力を使った魔力を詠唱するための。
「闇よりいでし混沌よ、用途は破壊で、望みは破滅。我が手に宿りて役目を果たせ!」
シークに集まる魔力は、今までで最大。この規模の魔法は避ければ、精霊の森は闇に汚染されてしまう。かといって、今のセイクでも容易に防げるものではない。ならば、
「光を司りし妖精よ、用途は守護で、願いは迎撃。我が手に集い、力を貸したまえ!」
迎撃するまでだ。相手は魔法を得意とし、さらに強化されている魔族。一方こちらは、魔法を得意とするとはいえ、魔族には劣る妖精と、戦士系統の人間。だが、セイクとフェデアは、微塵も負けるなどと考えてはいない。
「黒き浸蝕!!!」
「妖精の瞬き!!!」
闇と光がぶつかる。精霊の里からも感じ取れる程の轟音と光が膨れ上がっていく。互いに威力は互角、そう思えたが。
「な……何故だ……なんで押されて」
ゆっくりと、そして確実に闇が押され始めた。全てを飲み込む黒が、白き光に塗りつぶされていく。たった一人、己の欲の為に力を振るうシークと、誰かを守るために力を全力を尽くしたセイクとフェデア。決定的だったのは、魔力などではなく、そんな思いの差なのかもしれない。
「「う、おおおおおおおおおおお!!!!!」」
光が、完全に闇を押しつぶした。シークも、影人形も、あの禍々しい魔力も後には残っていなかった。全力を尽くし、人妖合身も解けたセイクとフェデアは共にその場で気絶するように倒れた。
「…………ん」
次にセイクが目を覚ましたのは、どこかのベッドの上だった。傍らに目をやると、ソファに腰かけて本を読んでいたシェミルが目に入る。
「ここは……?」
「精霊の里の宿よ。連絡もつかない状況で、森の方から凄い魔力を感じたから行ったら二人が倒れているんだから、びっくりしたわよ」
どうやらあの後気絶した二人をシェミルが運んできてくれたらしい。丸一日寝ていたことには驚いたが、二人とも無事に帰ってこれたことにセイクは胸をなで下ろした。
「それで、いったいどうしてセイクが妖精契約なんて結んでるのよ」
「そ、それは……」
それからというもの、その日はセイクはシェミルから質問攻めに、オンニへの説明とせわしなく動くはめとなった。里の住民からも、フェデアが妖精になったことに魔族を撃退したことで一躍有名人となり、片言の魔法言語で話すことになったセイクを見かねて、フェデアとシェミルが通訳してくれたことや、ここまで心配をかけたこと、のお詫びにシェミルに街でスイーツをご馳走することになったりと、残りの滞在日数はあっという間に過ぎていった。
「終わってみれば、凄い充実してたな」
「私の職強化イベントなのに、セイクが一番強くなっているのは釈然としないけどね」
帰り道、フェデアの案内で行きよりもスムーズに三人は町に戻る。ほんの数日だったが、思い返せば数多くの出来事があった。
何故か人語を話せるフェデアとの出会い、オンニから聞いた里の痛ましい出来事とフェデアの過去。そして、魔族との闘いとフェデアとの契約。もし彼女と出会っていなかったら、自分はシークにやられていたかもしれない。
「セイクさん、これからよろしくお願いしますね。私にもっと外のこと教えてください!」
「ああ、厳しい冒険になるかもしれないけど、一緒に頑張ろう」
「はい!」
だが、そんなことはもうどうでもいいことだ。今は、横で笑うフェデアと共に無事冒険を続けられることを喜ぶとしよう。そう、セイクは心の中で呟いて歩を進めるのであった。