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第九十一話 契約

 体が固まる。目の前の存在が魔族だと、そう頭で認識するよりも早く、心が恐怖で支配されていく。


「…………え?」


 突然すぎて反応が出来なかった。衝撃で肺から強制的に空気を吐かされ、意識が飛びそうになる。次に脳が感覚を理解したのは、自身が木の根まで吹き飛ばされた事に気づいた時だった。


「あ……う……」

「あっれー、妖精なら耐えると思ったんだけどなー。死んじゃったら魔力の質が落ちるから嫌なんだけど」


 魔族の男は、独り言か、それともフェディアに話しかけているのか判断に困る口調で喋る。


(な、んで……魔族がここに。……それにこの威力、間違いなく魔族でも実力者なはず……)


 横たわるフェディアだったが、咳こむと同時に止まった呼吸が動き出す。男が飛ばしたのは、闇属性の魔力を固めた弾丸。集中していれば避けられただろうが、魔族との出会いで動揺していたのでは難しい。

 幸いだったのは、攻撃が闇属性の魔力で行われたということだ。半ば無意識に、自身の闇魔力をもって抵抗(レジスト)したお陰で、致命傷には至っていない。


 (えぐ)れかけた肩を抑え、魔力で傷を埋めていく。これで魔力の流失で死ぬことは無くなった。しかし、それでも状況は悪い。万全でも対抗できるかどうかの相手に、この傷では逃げるのも難しい。


(でも……やらなくちゃ)


 それでも、抵抗しなくては殺されるのは目に見えてる。もう無力なあの時とは違う。せめて、一矢報いてみせようと、フェディアは両の足に力を込めて立ち上がりながら、魔力を練る。相手が闇の魔族ならば、光の魔法が効くはずだ。


「お、生きてた生きてた。いやー、手加減が苦手なのは数少ない僕の弱点なんだよねー」

「ひっ……」


 しかし、魔族の魔力が籠った眼差しを見ると、足から力が抜けてしまう。体が震え、膝が笑う。


「さて、じゃあサクッと持ち帰らせて貰おうかな」


 魔族が掲げた左手に魔力が集まっていく、捕獲用の魔法なのだろうが、あの密度ではフェディアという存在は維持できず、捕らえられたが最後、彼女は純粋な魔力を残して消滅する。妖精の魔力を嗜好品とする魔族にとって、これほど効率的な魔法もないだろう。

 掲げられた左手が振り下ろされるなか、フェディアはただ願うことしか出来なかった。¨助けて¨と、こんなタイミングで助けに入れる者が居るならば、


「なにしてるんだよ、お前」

「セ……イク?」


 それは間違いなく主人公(ヒーロー)と呼べる存在だ。





「何? キミ人間? 今の僕は今夜のデザートを取ろうとしてるんだ。今すぐ立ち去るなら見逃してあげるけど」

「そんなこと……するかよ!!」


 セイクの方を見ながらも、フェディアへ降ろす手を止めない魔族を見て、彼は一気に魔族との距離を詰め、剣でその左手を切り落とす。左手を切り落とされた魔族は、魔法を中断させられて後ずさる。


「あ?」


 魔族は最初、何が起きたか分からなかった。切り落とされた左手を見て、ようやく理解した、目の前の人間にやられたのだと。


「き、貴様ぁぁぁぁ!!! この僕が四大魔皇、ヴォルド家の跡継ぎであるヴォルド・シークと知ってのことか!」


 左手を抑え、シークは叫ぶ。魔力と殺気の籠った声に、フェディアは震えてうずくまってしまう。セイクは、シークの怒号に物怖じする事もなく、彼女を守るように剣を構える。


「もう大丈夫だ、フェディア。俺がお前を守ってやる」


 その言葉を聞いて、フェディアはずっと自分を縛っていた¨人間への恐怖¨という鎖がほどかれていった気がした。






シークの手から放たれる無数の闇属性の弾丸を、セイクは光を纏わせた剣で払いながら進む。普通の剣士では弾丸の威力と物量に呑まれていただろうが、セイクの光属性の魔力と剣の技量があれば、少しずつとはいえ接近するのは可能だ。


(四大魔皇とかいうだけあって、確かに魔法の腕は凄い。でも、闘いについてならこっちが上だ!)


 地面から凄まじい勢いで隆起した闇の柱をかわし、空から降ってきた黒い槍を流し、剣の間合いに入ったシークに光の魔力を込めたアーツを叩き込む。傷を抑えて次の行動が遅れた相手に、追撃を仕掛けるセイクだったが、


「ふざけるな!!!!」

「うおっ!」

「きゃ!」


 シークの怒号とともに、彼を中心として闇の魔力が溢れ出る。ただ魔力を怒号とともに放出しただけだが、魔族の名家なだけあって、地面を捲り、セイクとフェディアの二人は吹き飛ばされてしまう。


(僕はヴォルド家の魔族だぞ! 何故あんな人間ヒューマン精霊フェアリーごときにぃ…… かくなる上は、()()を使うか)


 シークはセイクらが吹き飛ばされている合間に、懐から一つの細い瓶を取り出すと、その中身を一気に飲み干す。"妖精の涙"魔力純度の高い妖精から採取した魔力を、さらに濃縮を重ねた一品であり、飲めば一時的に魔力の質も量も高めることのできる秘薬である。過去の大虐殺も、これを作ることを目的として行われたと言われている。そんな代物を、魔族が接種すればどうなるかなど、想像に難くない。


「なっ!」


 砂煙を切り裂いて現れたシークは、手にした細剣でセイクに迫る。相手は後衛タイプであり、前に出ることを想定していなかったこともあり、セイクは右肩を貫かれてしまう。くし刺しになったセイクごと、汚れでも払うように細剣を振るうと、剣先から外れた彼は近くの大木に激突してそのまま倒れた。


「は、はは」


 シークの口からは笑いがこぼれていた。彼の右手に持った細剣は、溢れ出る魔力を剣の形に固めただけのものだ、そんなものは通常大した威力も耐久も持たない。しかし、この細剣はそこらの剣をゆうに超える力を秘めている。自身の魔力による強化も、パワーやスピードはあれど、経験の薄さからセイクに付け込まれていた。が、今は違う。強化に回す魔力が増えたことで、経験の差を無視できるほどの力を手に入れた。そう思うと、自然に笑みが溢れてきてしまう。


「ハハハハハハハ!!!!!! 見ろ! この僕に逆らうからこうなるんだ!」


 体をのけぞらせ、手で顔を覆いながらひとしきり笑い終えたシークが辺りを見渡すと、セイクとフェディアの姿は無かった。しかし、今の強化された感覚を集中させればどこに隠れたかなど容易に感じ取ることができる。


(あの妖精フェアリーが運んだな。場所は……この先か)


 シークは悠然と歩を進める。相手は手負い、仮に回復されたとしても、こちらの有利は崩れない。ならば、不格好に走ることはしない。そう、まるでハンティングのごとく余裕と高揚感を持って、足を進めていた。







「セイクさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。なんとかな」


 セイクとフェディアの二人はあの場から、できるだけ離れた大木のうろに身を潜めていた。痛みは少々残っているが、フェディアの魔法でHPは回復している。しかし、シークについて解決した訳ではない。あの魔力と強化具合を見るに、この場所も時期に見つかってしまうだろう。


「フェデアは逃げてくれ、俺が時間を稼ぐ」

「でも……」


 セイクの言葉に、フェデアは言葉が詰まった。"一緒に戦う"の一言が出かかっていた。これまでのフェデアでは、口をつぐんでしまっていただろう。だが、最初にシークと鉢合わせ、助けてくれた時に、セイクへの恐怖は無くなった。そして、"この人の力になりたい"と今はその衝動が胸の内に廻っていた。あとは、


「セイクさん」

「どうした?」

「私と契約してください」


 その思いを行動に移すだけだ。

 





 

投稿が遅くなってすみませんでした。ようやく時間が出来たので、次の投稿は早めにできると思います。


どんな評価、感想、レビュー、質問も受け付けますので、よろしくお願いします。

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