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第九十話 フェディアとトイニ

「セイクさん遅いなー」


 セイクがオンニと話していた時、フェディアはいつもの湖のほとりに居た。ここ最近はこの湖で待ち合わせしてから、一緒にレベリングに行ったり旅の話に華を咲かせたりとしていたのだが、今日は彼が来るのが遅かった。

 手持ちぶさたな時間が流れる。こんな時はいやでも考えが巡ってしまうものだ。それが、あまり考えたく無いことであっても。






 まだ、自分が飛ぶこともままならないくらい小さかった頃、妖精や精霊は他種族から狙われた。その中でも人族はその知能と数を持って精霊の里の結界を破り進行してきた。


 その時は、人族と魔族の戦争が終盤にさしかかり、禁止されていた妖精狩りに手を出した。魔族も多くの妖精を手にかけていたのは事実だが、彼らにとって妖精とは美味な果実のような物で、見つけたら捕まえる程度である。

 逆に人間は強大な魔族への対抗策として、同じく純度の高い魔力を持つ妖精に目をつけたのだ。


「フェディア……貴方はここに隠れてるのよ、絶対に出てきちゃ駄目よ」

「でも、ママとパパは……」

「来たぞ! はやく閉めるんだ!」

「私のかわいいフェディア。どうか無事でいてね」

「まって、ママ……!」


 フェディアの母は、そう言い残して地下への隠し階段の扉を閉じる。


「ほう。光の妖精と闇の妖精か、これは運がいい。お前ら大人しく捕まる気はないか?」

「貴様ら人間に捕まってやるものか!」

「妖精の誇り見せてやる!」


 



 フェディアは走った。弱いながらも、光の魔法で足元を照らしながら夢中で里の避難場所である地下へ行くと、既に何人かの妖精や精霊たちが集まっていた。


「着い……た」


 それからのことはよく覚えていない。オンニの話によると、フェディアの両親を含む腕利きの妖精たちが、人族の足止めをしている間に傷ついた妖精や精霊たちは避難をすることに成功。

 フェディアも疲労と緊張から倒れてしまっていたが、次に目を覚ましたときは、傍らに羽をもがれたオンニが彼女の隣で様子を見ていた。


 それから三日もすれば、フェディアたちも外に出られるようになった。久しぶりの日光で、気持ち良さそうに体を伸ばす彼ら。しかし、すぐに理解してしまう。この侵略で失われた者の存在を。


「…………」


 フェディアは里近くの湖に来ていた。ここは木々が生い茂ってる関係で、あまり日当たりは良くない。そのため日光や緑関連の精霊はあまり近寄らず、人気のない場所であった。

 フェディアは、光の妖精と闇の妖精のハーフである。日光の元で遊ぶのも好きだが、今はこういう薄暗い場所で一人になりたい気分だった。気分が落ち込んだ時に、よくここに来ていたが、最近はずっと日が沈むまでここのほとりに佇んでいた。


「……」


 抱え込んだ膝をさらに強く抱き寄せる。ずっとこんなところに一人でいては、どうにかなってしまいそうだ。それは分かっているのに、体が動かない。


「……」


 自分の手から光が漏れる。右手からは光の魔力が、左手からは闇の魔力が。精霊でありながら、同時にほぼ真反対の属性の魔法を使うのは、間違いなく天才と呼べるだろう。事実、フェディアの才能は同世代でもトップだ。

 だが、今やその才能は人間への恐怖とあの時何もできなかった、という事実に塗りぬ潰されていた。


(どうせ、私には何もできやしない)


 また一段と、膝を抱える力を強めた時に、何やら声が聞こえた。回りを見てみると、一人の精霊が何やら魔法の練習をしているようだ。¨こんな場所で珍しい¨そう思って見ていると、どうやら気づかれたようで、彼女はこちらに向かってくる。

 

「あんた誰? こんな所で何してるの」

「特に……そっちこそ何してるの」

「私、私は魔法の特訓よ! とっとと妖精になってやるんだから!」


 そう宣言する彼女の顔をよく見てみると、見覚えがあった。確か、オンニの孫のトイニとかいう子だった筈だ。互いにあまり面識はなかったから、思い出すのに時間がかかってしまった。


「私はトイニ、里で一番早く妖精になってやるんだから! あんたの名前は?」

「私は……フェディア」

「ふーん、フェディアね。覚えたわ!」


 そう言って、トイニはまた湖に向けて魔法の練習をしだした。フェディアが話しかける訳でもなく、トイニが話をする訳でもない。互いに無言でいる時間が流れた。

 それから、数日がたった。相変わらずトイニは魔法の練習を、フェディアはただぼうっとしていた。


「ねぇ」

「何?」


 ふと、フェディアはトイニに話しかけていた。


「なんでそんなに頑張るの?」


 なんでそんな事を聞いたのかは分からない。ただ、気がついたら声に出していた。


「何でって、今度何かが襲って来たら私が里を守るからよ!」


 そんなおとぎ話のヒーローのような事を、トイニは言った。自分の言葉に一つの疑問もない、純粋な笑顔で。


「無理なんて言わせないわ! そのためにもまずは妖精にならなくっちゃね!」


 また、トイニは魔法の練習に戻った。疲労なんか気にしていない様子で、湖の水を凍らそうとしているようだ。


(何で……そんなに前向きなんだろう)


 その後ろ姿はフェディアには眩しかった。ただずっと塞ぎ混んでいる自分とは違う、太陽のような光。


「うーん、どうやったらできるのかなぁ?」

「……片方に集中させ過ぎ」

「え?」


 その光は、いつの間にか暗く淀んでいたフェディアの心も少しづつ照らしていた。


「私一緒に練習していい? トイニ」

「うん、一緒に練習しよ! フェディア」


 これがトイニとフェディアの出会いだ。二人は、これから互いに切磋琢磨しながら成長していった。事実、トイニは同世代で最も早く妖精になり、フェディアもほぼそれと同様の力を持っていた。その間に、魔族と人族の戦争は停戦。友好関係を結ぶようになり、里が襲われるようなこともなくなった。¨襲われた時には里を守る¨という目標が達成されることはなさそうだが、フェディアにとってそんなことはどうでもよくなっていた。


 フェディアにも、妖精になれる実力はある。しかし、最後の最後で自分の実力に自信が持てないのだ。そんな、トイニが妖精になってから半年ほどたったある日、彼女が契約妖精になったという知らせを聞いた。最初は驚いた。まさか無理矢理契約をさせられたのかとおもったが、彼女から聞いたところ、そういう訳でもないらしい。それどころか、魔族に教われていたところを助けてくれたらしい。


 ¨人間を信用してもいいのかもしれない¨そんな事を思っていた時にセイクと出会ったのだ。彼の話は里に籠っていた自分には新鮮であった。心地よい魔力が彼の回りには渦巻いており、一緒に居るのも不快ではなかった。

 彼はそろそろこの里を発つ。そしたら、自分も外に出よう。まだ妖精にはなれてないけど、何とかしてみよう。そんな事を考えた時、足音を彼女の耳は捕らえた。


「セイクさ……ん」


 その言葉を言い切る前に、彼女の顔から血色が失せた。そこに居たのは、妖精にとって本能として警戒する相手。


「おっ、ラッキー。こんなところに妖精居るじゃん」


 曲がった一対の角に、暗い色どりの羽。そして、禍々しいまでの魔力。そう、魔族がそこに居た。

 




 


 

 



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