第九話 序盤の装備新調はテンションが上がる
AWOに閉じ込められてから、二日目の朝。ライトは朝食を宿屋の食堂で取ると、町へと繰り出す。ライトは、未だ装備が初期のままなので、せめて何か道具でも買おうと思ったのだが、
(あれ? この辺のモンスター程度だったら、攻撃なんて全部避けられるよな。だったらポーションとかいらなくね)
ポーションなどの道具を売っている道具屋の前で、昨日の戦闘を思い出しながら、そう結論づけた。結局、その道具屋では、パンと瓶入りの水を買うのみとする。
そして、最終的にライトの買ったのは、
「やっぱこれかな。現状ウッドナイフだけじゃ、少し時間がかかる」
『銅のナイフ』これは、ウッドナイフよりも攻撃力が高く、この初期の町で手に入るナイフ類の中では、トップクラスの装備品である。もっとも、
(もう俺の財布には二Gしかない、早いとこ今夜の宿代を稼がないとな)
今まで貯めていたGを、ほぼ全て使う羽目となったのだが。ライトの装備は、今買った銅のナイフを除けば、初期装備オンリーである。
よって、今から宿代を稼げなければナイフを売るか強制的に野宿なので、町の外へ行く足も自然と速足になっていた。
「隠身」
(さて、最初は安全に一匹倒すか)
町の外の平原へと着いたライトは、早速隠身を発動させる。そして、遠くで単独行動をしているゴブリンを見つけると、高いAGIを生かして一気に近づく。
あと五メートル程といった所まで近づくと、今度は後ろからゆっくりと距離を詰め、
「スラッシュ」
アーツを使って一気に畳み掛ける。不意を打った上に、武器も強化され、アーツまで使ったお陰でゴブリンのHPは、一撃で六割程削る事に成功する。
後は流れ作業に近い、ゴブリンの攻撃を避けながらナイフや拳、蹴りでダメージを与えていくだけである。やはり、武器の新調は大きい。
昨日よりも大幅に戦闘時間を短縮する事ができており、それの気を良くしたライトは、上機嫌でモンスターを倒す作業を続けていた。
「やっぱ買って正解だったな」
ライトは、その後午前中通しで狩り続けながらフィールドの奥へと進み、今はオブジェクトである岩の上に座って、先程買ったパンと水で昼食を取っていた。
固い黒パンを水で流し込みながら、ライトが周りを見ると他のパーティーが戦闘するようすがちらほらと見える。
(ここで出現する敵の数って、パーティー人数によって変わるのか。通りで敵が一、二体しか同時に出てこない訳だ)
ある五人パーティーを遠目で見ると、三匹のゴブリンと二羽のウサギ型の魔物と闘っており、幾ばくか被弾しながらも勝利を納めていた。
(ま、今の俺のスタイルならソロの方が都合がいいな。さっさと良い装備を整えたいし)
パーティーを組めば、確かに安定はするだろう。しかし、戦闘では安定しても、金銭的な面では恐らくソロよりも不安定になりやすい。とライトは考えていた。
被弾をすれば、当然回復が必要であり、回復をするのならヒーラーがいなければポーションに頼るしかない。意外にこのポーション代が馬鹿にならず、しかも今のAWOの状況では多少無駄があっても回復をするプレイヤーが多い。
そのせいで、βテスター以外は金欠気味のプレイヤーが多い。それが今のAWOの現状である。
しかし、
(それに、この辺の敵に被弾するほど俺の集中力は低くない)
ライトは、いや、光一は『自身操作』で自由自在に自分の集中力を操れる。流石に集中を使う程のでは無いにしろ、それでも切れない集中に、かつて異世界で闘った経験。これらが合わされば、こんな序盤のモンスターの攻撃など、ライトが被弾する事は無い。
さらに、アーツを使うとSPを消費し、序盤でのSP回復手段は休むしかない。なので、普通のパーティーは、安全策をとって休み休み狩りを繰り返す。
そこを、ライトは己の戦闘技能だけで、この辺りの雑魚などアーツ無しでも完封できる。
それらの要素が集まり、ライトはソロでありながら普通のパーティーに迫る勢いで、敵を倒しながらフィールドの奥へと進んでいく。
そして、もう少しで夜になるといった時間になり、そろそろ帰ろうか。そう思い、ライトが今日の成果を確認するために、メニュー画面を開くと
「あれ、なんかアーツ増えてる」
使用可能なアーツが増えました、という趣旨のシステムメッセージがあった。新たに使用可能になったのは、
盗賊の職業アーツ『暗視』 効果は夜目が利くようになる。
ナイフのアーツ『スラント』 これは攻撃時の速度に応じて、威力の上がる斬撃を繰り出すアーツ。
最後に蹴りと殴りのアーツ『硬』 これは、使うと各部位の硬さが上がり、二十秒の間蹴りや殴りの威力が増加するというバフのアーツ。
これらの説明をざっと見たところで、特に目を引いたのは『暗視』だ、これがあれば普通夜は人が居ないので、敵のポップを独占できる。それに、単純に戦闘可能な時間が伸びるので、レベリングや金稼ぎも楽になる。
早速このアーツを試そうと、ライトは休憩しながらその場で夜になるのを待つ。
ーーーーーーーーーーー
辺りも暗くなり、時刻は夜七時。殆どのプレイヤーは既に町へ帰っており、ライトの周りに人の気配は感じない。
昼間にフィールドの奥へと進んだせいで、いつのまにか森の中へ入ったらしく、普通のプレイヤーなら殆ど視界が利かない中。
「暗視」
暗視を使い、昼間ほどとはいかないが、良く見えるようになった視界で、ライトは敵を探すために歩いていた。すると、
「ギャギャ」
「おっと、危ねぇ。あれは……コウモリか?」
コウモリ型の魔物が、ライトを襲う。ライトは、その攻撃を難なく避けるが、追撃をしようにも、空を飛ぶためそれも難しい。
(ふーむ、高度はそんなに高くないな。ジャンプすれば届く、だが、飛び回るのが厄介だな。なら)
コウモリの高度はそこまで高くはない。ジャンプすれば十分届くのだが、流石にそんな見え見えの攻撃を食らうほどコウモリも馬鹿ではない。
そこでライトは、アイテムボックスから昼間拾っていた石を数個取り出すと、コウモリ目掛けて投げる。同時に投げた一つが、コウモリに当たったらしく、コウモリがよろめいて動きが鈍った瞬間。
「捕まえた。羽を封じれば恐くないな」
ライトは、素早くコウモリに駆け寄り、素手で掴むと地面へと叩きつける。さらに、地面に叩きつけられ、動きが止まったところを思い切り踏みつける。それでコウモリのHPはゼロとなり消滅した。
「まあ、これならソロでも大丈夫かな」
暗視の有用性を確認したところで、ライトの耳が人の声を捉えた。しかも、人数はざっと聞いたところ四人前後で、かなり切羽詰まった声が聞こえる。
(大方、暗視も無いのに夜の狩りをしてピンチってとこかね。別に見逃してもいいが……新しいアーツを試す相手が欲しかったし、とりあえず行くか)
ライトは、新しいアーツを取得して上機嫌だった事もあり、その声の方向へと走り出す。
ーーーーーーーーーーー
「はぁはぁはぁ、クソ! 離れろよ!」
「駄目だ、敵が見えねぇ」
「もう、ポーションの残りは無いわよ」
「いよいよ絶望的ね、まさかこんな序盤で死ぬなんて……」
暗闇の中、二人の少年と二人の少女が、犬型の魔物とコウモリの魔物に囲まれていた。このパーティーは、昼間は調子良く攻略をしていたのだが、この森に入ってから道に迷っていまった。そしてそのままうろうろしている内に、夜になってしまい敵に囲まれてしまっていた。
夜の魔物はステータスが上がる上に、暗視のようなアーツやスキル。もしくは光源となるアイテムが無くては、殆ど敵の姿が見えない。
それでも辛うじて一匹の犬は倒したものの、ポーションも尽きて、メンバーのHPゲージも危険域の黄色や赤色となっていた。
¨もはやこれまで¨そう思い、少年が目を閉じたその時。
「ステップ……スラント!」
パーティーメンバーではない、誰かの声が聞こえた。少年がハッとして顔を上げると、突如知らない男が現れて、アーツを使ったと思えば、犬型の魔物の一匹が倒れていた。
「おい、これやるから他のメンバーを守ってやれ。捨て身でも何回かは守れるだろ、その間に片付けてやる」
その、突如現れた男は、少年にポーションを投げ渡すとナイフを構えてコウモリの突進を防ぐ。
「あの、貴方は……」
「通りすがりのソロプレイヤーさ」
男の正体を知ろうと、思わず出た質問に、男はそう短く答えて残った犬の魔物にへと突進する。
(あの人は誰なんだ)
少年は、ポーションを一気に煽り、HPを安全域まで回復させる。すると、少年のパーティーメンバーが少年の元へと駆け寄る。
「あの人は?」
「分からない、でもあの人がポーションを分けてくれたから、、僕があのコウモリを引き付けるよ。だから皆、一端離れて」
「で、でも」
「大丈夫、あの人はすぐ片付けるって言ってたからさ……! 危ない!」
少年が、自身を心配する少女にそう言って、笑いかけた瞬間。その少女の後ろから、コウモリが迫るのが見えた。殆ど見えないとはいえ、あと少しでやられる、という所まで接近されれば見える。
少年は、少女を横に突き飛ばし、自身がコウモリの前に躍り出る。当然コウモリはその少年に狙いを変更して、襲いかかってくる。
少年が、襲ってくる衝撃備えて目をつぶる。しかし、暫く待っても衝撃が来ないことに疑問を持ち、恐るべ恐る目を開けると、
「中々根性みせるじゃないか、お前」
顔の辺りにナイフが刺さったまま、地面に落ちたところを、男に踏みつけられて消滅するコウモリの姿があった。