第八十六話 神と人
「あーあ、何とかなると思ったんだけどね。流石ライト君といったところかな。彼女じゃ力不足だったかな」
「お前に褒められても嬉しくないな」
そこに居たのは金髪に爽やかな顔と、一見すれば好青年としか思えない男。しかし、彼の正体は今最もAWOで恐れられるギルド、管理教団のリーダーである。
状況は悪い。ポーションでHPとMPを回復させたいが、今までの修行で殆ど使ってしまい半分ほど回復させるのが限界だ。
「……ッ!」
「おお怖い怖い、そんな顔しないでよ。挨拶さ、挨拶」
いきなり何かが飛んできた。剛体で上がったSTRと簓木の効果で、何とか地面に受け流したのは投げナイフだった。それでも腕が若干痺れているところからロズウェルのSTRの高さが伺える。
それでも、今ライトの集中力は高まっていた。ここしばらく使っていなかった、過剰集中を数回使ったことで頭はフル回転済みだ。感覚が研ぎ澄まされていく感じ、今なら最初の修行などあっさりと終わらせられる確信すらある。
(先手必勝!)
分身を三体出し、縮地で一気に接近する。出し惜しみはしない。四方から錐通、スラント等の各アーツでロズウェルに迫る。が、
「甘いね」
「なにっ……ッ!」
彼が懐から何かを出したと思えば、それを振り回してライト達を吹き飛ばす。過剰集中を使っていたお陰でガードは間に合ったものの分身は消され、体勢は崩されてしまう。
「エルダーハンド」
ロズウェルが手に持っていたのは一枚のトランプだった。クラブの八を持ち、ライトに高速で迫る。その速さは距離を取ろうとしたライトにもあっさりと追い付くほどであった。
不味い。そんな言葉がライトの脳裏に浮かんだ。今の崩れた姿勢では満足に避けることは出来ず、簓木でも受け流しきれない。
(瞬身!)
そこで瞬身を使ってロズウェルの背後にへと転移する。相手の背中を蹴って再度距離を取るが、効いている様子はない。
ライトが短刀で切りかかるも、振り向き様にトランプで受け止められる。競り合いでは負けると察したライトは、すぐさま短刀をしまう。急に競り合いをしていた短刀が消えたことで、相手の重心は少し前のめりへと動いた。そこにカウンターで拳を合わせるも、顔をずらして避けられた。そこで間髪入れずに双掌を彼の胸に当てて、互いに離れる。
(あのタイミングで避けるか……入ったと思ったんだが)
ロズウェルと対峙しながら、ライトは先程の攻防に驚いていた。攻撃というよりも距離を取るための双掌を避けないのは分かるが、それよりもカウンターを入れようとした拳。あれは崩しもタイミングもかなり良かったのだが、避けられた。ライトがあれを避けろと言われたら、集中を使っていないと難しいだろう。
「やはり強いね。実際に手を合わせて分かったよ」
「そうかよ」
先程の高速接近を連発されるのは面倒と判断したライトは、ロズウェルに接近戦を仕掛ける。それでもなお、有効打が入らない。
(こいつ、なんて反射神経してやがる……っ!)
ライトから見て、ロズウェルはセイクやリンのような格闘の才能があるという様子はない。しかし、それを凌駕する反応速度とステータスでゴリ押しに近い戦法でライトと競り合い、押していた。
幾らかの拳とトランプが交錯し、互いに弾かれるように距離を取らされる。すると、ロズウェルは懐に手を入れて何かを取り出す。
「キミとの闘いも楽しいんだけどね、今回はちょっと時間切れみたいだ」
「……ッ! 目眩ましかっ」
取り出されたのは五枚のトランプ。ハートの三、五、十、J,Kが目映い光を放ち、ライトが次に目を開けた時にはロズウェルとリュナの姿はなかった。
「……」
あのままロズウェルと闘って、絶対に勝てたかどうかの確信は持てない。
「……チッ」
舌打ちをしてその場を去る。もやもやした気持ちのまま、里の宿をとり、ゆったりとした時間を過ごしていた。浴衣に着替え、座椅子に座り目を閉じる。しばらくそのままでいたが、
「大体分かったかい?」
「ああ」
いつの間にか窓に腰かけていたリースの言葉を聞いて目を開ける。ライトが使っていたのは¨リュナの記憶¨のアイテム。何故か異様に小さかったリュナの記憶の謎を探ろうと使ってみたところ、ここ数週間の間に管理教団の一員となってからの日々が記憶されていた。
そう、ここ数週間の記憶しかないのだ。記憶をドロップしたプレイヤーの話では、家族の名前が思い出せなくなったりと古い記憶から無くなっていく傾向にあるということが分かっている。それなのに、ここ数週間の記憶をしかドロップしていない。それは、
「リュナは洗脳されていたってことか。あの野郎、爽やかな顔して中々外道なことするじゃやないか」
彼女には数週間の間の記憶しかないということを意味する。さらに、今までの事実をあわせれば、ロズウェルがリュナを洗脳した手段も推測できる。方法は単純だ。対象を捉え、リスポーンポイントを自身のギルドに設定し、全ての記憶が無くなるまで殺しつづければいい。そのあとに¨自分は管理教団のメンバーだ¨といえばあっさりと信じ込ませることができるというわけだ。それなら里で彼女とあったときに、改めて自己紹介をしてきたことも頷ける。彼女はライトの事を忘れていたのではない、記憶がなかったのだ。
「ま、それはどうでもいいんだけどね。あっちの方は気づいたかい?」
「ああ、ヤツと直接闘ってようやく分かった」
管理教団が行っていた行為は、確かに衝撃的な事実であった。しかし、それらは教団員の記憶や情報を集めれば一般人でもたどり着く真実にすぎない。
リースとライト。神そのものと神の従者である二人はもう一つの真実にたどり着く。
「ヤツは……神の従者だ」