第八十五話 天才VS元脇役
「さて、これはどういうことだ?」
いきなりリースに召喚されたと思えば、説明は念話で¨トイニを助けて¨と一言だけ。辺りを見渡せば、こちらを驚いた表情で見つめるリュナ達。流石に、いきなり放り出されてこの状況を理解しろというのは無茶だろう。
「……ちょうどよかった。ライト、あなたを拘束させてもらう。拒否は認めない」
短刀を構えながら話すリュナだが、ライトはリースの方を向いてふむふむと頷くだけで、話を聞いている様子はない。
念話を交えて、これまでの顛末を理解したライトはリースとトイニを戻す。なぜなら、
「……ちょっとばかり話を聞かせて貰おうか」
激情を瀬戸際で押さえ込んでいる今、二人を守りながら闘うのは難しいと判断したからだ。ライトは、集中を発動しながら短刀を構えてリュナを見据える。
「……」
「チッ」
縮地を使ってリュナに接近し短刀を振るうが、彼女はそれを容易に受け流す。互いに弾かれ、ライトは距離を取る間に分身を使い相手の数の利を潰していく。
(なるほど、こういうことか)
ライトは、一人当たり三、四人のリュナ達の攻撃を凌ぎながら一つの仮説を立てた。それは、彼女は三種類の分身スキルを使っているということ。一つは前にも話していた影分身のスキル、二つ目は分身、最後は何かしらの奥義による分身といったところか。事実、ライトの推測は当たっている。
リュナの持つ奥義の一つ、¨幻影分身¨これは、その名の通り実体の無い幻の分身を生み出すスキルである。操作事態は簡単な命令しか実行できない上に、少しの攻撃で煙となって消えてしまう。だが、この奥義の長所はその燃費の良さだ。通常の分身がHP、MPを等分するのに対し、幻影分身は他のスキルやアーツと比較してもかなり低い。もし、彼女が全てのSPを幻影分身に使うのならば、その分身数は五十にも及ぶ。
しかし、ライトが真に驚いたのは幻影分身のポテンシャルではない。それは、リュナが分身のスキルを使っているということだ。分身はその数だけ視覚、聴覚といった五感全てがもう一つ生まれるようなものだ。その数は一つとはいえ、分身の扱いは困難を極める。
(やっぱ天才ってやつなんだろうな)
それを使いこなすリュナは、間違いなく天才と呼べる存在である。だが、ライトはそんな存在と何度も闘ってきた。舞台の中心に居るような才能持ち相手に、貰った力で闘い続けてきたのだ。
ライト。いや、谷中光一が生まれ持った才能で負けるのはいい。それでも、光一にとってリースが与えてくれた能力が負けることは我慢ならならないのだ。
(剛体)
全身強化のスキルを使えば、互いに非力な忍者ということもありライトでも通常攻撃で即死はしない。これから先の戦闘は先程の鏡のような戦闘とは違い、拳と刃が乱舞が入り交じる非対称の高速戦闘。並のプレイヤーでは割り込むことすらできないだろう。
ライトの前蹴りを掻い潜り、リュナは短刀のアーツを振るう。それを簓木で受け流し、錐通で防御の上から強引に貫手を放ち分身を消す。
「……っ」
「逃がすかッ……!」
本体と思わしきリュナが、錐通で消えた分身に紛れて後ろに下がろうとするのを縮地で追う。互いの分身は相手の分身を相手するのに手一杯。
ライト、リュナの本体同士の一騎討ち。彼女の持つ短刀の刃が陽炎のように揺らめきながら迫る。どんなアーツかはまだ分からないが、攻撃してくること自体は今までの戦闘から予測できていた。攻撃する場所、タイミング共にいくつか予測したパターンに合致し、落ち着いて簓木で対処しようとしたのだが。
「がはっ!?」
「……」
腹部への衝撃。即死回避のガラスが割れるようなエフェクトと共に、ライトのHPが一ドットまで減った。さらにライトの他の分身達も同じアーツで消されてしまう。
ライトは、無意識に腹を押さえながら縮地でその場から退避、さらに煙玉を弾けさせる。相手も忍者なのでほとんど時間稼ぎにもならない代物だが、彼にとっては一瞬でも時間があればいい。
(過剰集中)
集中よりも引き伸ばされた体感時間で、ライトは落ち着きを取り戻す。
(確かに受け流した筈だ、しかし¨刃がすり抜けた¨)
先程見た現象をコマ送りのように再生ていく。普段の集中では厳しいが、今なら可能だ。その結果、刃がまるで幻影のように消えて、ライトの腹部に当たる瞬間に出現したというところまでは理解できた。今の攻撃に対応するにはまだデータも、それを完全に理解する時間も足りない。
(今のところ、あの攻撃を簓木なんかで受け流すのは無理だ)
そんな絶望的な現状を客観視している間にも、十六にも及ぶ分身がライトに迫る。構える刃全ては陽炎のように揺らめいている。瞬身でも逃れられない強引な範囲攻撃、変わり身も他の分身が居ない今は使えない。
リュナの振っているアーツは、ここで手に入れたもう一つの奥義。『朧切り』低消費、高威力なだけではなくその本質は見えている刃が幻影だということ。これは斬撃を見切る事がほぼ不可能であるという事でもある。防御力を上げる程度しか対処が無いことを考えると、ライトの天敵とも言えるかもしれない。
しかし、彼はこの状況で諦めるということはしない。短刀を両手に逆手で持ち、叫ぶ。
「羽々斬り!!」
その斬撃一つ一つは強力とは言えない、それどころか軽いと称される一撃。だが、羽々が表すのはヤマタノオロチを一刀の元に八つの首全てを襲う程の速度で迫る刃。それがはばになぞらえて計八十八の高速斬撃となってリュナの分身と真っ向から対峙する。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
目の前をに迫る十六の刃をそれ以上の斬撃が掻き消していく。姿が完全に特定できないのなら、存在しうる全ての刃を幻影、本物関係無しに消していけばいい。そんな強引すぎる戦法だが、目の前の彼女は無理を通さずに勝てる相手でもない。
「俺の勝ちだ」
「…………」
無数の斬撃の交差が止み、全身ボロボロながらも勝利の言葉を絞り出す。既にリュナのHPはゼロ、記憶をドロップして消えるのを待つだけの筈だった。
しかし、ここで拭いきれない違和感がライトを襲った。何かを倒した時に出るドロップ品を知らせる通知。そこに記された記憶の結晶の画像はほんの数センチもなかったのだ。他の結晶は小さくとも握り拳大の大きさをしている。ライト自身が手に入れた時もそうだった。
¨何かを見落としている¨それに気づいた時、
「久しぶりだね、ライト君」
忘れもしない声が横から聞こえてきた。