第八十三話 螺極(らきょく)
ジフに連れられてやって来たのは、道場の地下に作られた広場。壁に埋められた松明が揺らめき、薄暗いながらも二人を照らす。
「さて、これからお主の最終試練を始めるが、準備はよいか?」
既に手枷は外されている。手首を抑え、軽く足首を回す。足を縛られるような感覚はもうない。
「勿論」
ライトの目の前に置かれているのは、忍者の里特性のカラクリ人形。ライトも何回か他の人形と組手修行をさせられたことがあるが、目の前の人形から感じるのは他の人形とは一線を越える圧力。
「お主とはこれからこれと闘って貰う。それを倒せれば晴れて修行終了じゃ」
そう言って、ジフはライトから外した腕輪をカラクリ人形に付ける。ガタガタと人形が震えたと思うと、人形の顔が歪み、さらには骨格から変わっていく。そして、それが収まった時には、
「お主に付けてもらった腕輪。あれは単にお主の力を制限するものではない。お主の戦闘傾向を蓄積するものでもあったんじゃ」
その姿形はライトと全く同じものとなっていた。
「なるほど……面白い。集中!」
姿形、装備にいたるまでライトと同じになったカラクリ人形を前にして、彼はアーツを使い駆け出す。対する人形も同じ速度で迫る。
喉を狙う人形の貫手を横から弾きながら、肘を放つ。それを人形はもう片方の手で受け止め、弾かれた手でライトの肩を掴む。
それをジャンプしながら、横回転を加えることで無理矢理クラッチを外して抜ける。着地後にバックステップをしつつ、煙玉を地面に叩きつけてお互い視界から外れる。次に煙が晴れた時には、十人のライトが入り乱れる乱戦となっていた。
(ステップ、ハイステップ)
お互い本体同士がチェインを使い高速で距離を詰めながら、構えを取る。それはこの修行を通して身に付いた奥義。
「錐通」
あの丸石割りで身につけ、スラントと同じように自身の速度に比例して威力の上がる貫手。その威力の増加量はスラントの比ではなく、今のライトの持つアーツで最大の攻撃力を持つ技なのだが、
「クソッ……!」
「…………」
それは相手も同様である。人形のライトも貫いを出し、結果は完全な相討ち。互いに弾かれ体制を崩す。
それからまた数時間が過ぎた。徹夜でぼんやりしかけていた頭も冴え渡り、目の前の攻撃を捌く為だけに活動する。それでもなお、目の前の人形を討つことはかなわない。
(スラッシュもスラントもだめ、錐通もだめとなると、どうしたもんかね)
ライトが今までやってきた攻撃を全て繰り出しても、それと全く同じタイミング、位置に打たれ相殺されてきた。
(このまま続けたところで千日手だな……まてよ、¨ヤツは俺のステータスをコピー¨してるんだよな)
恐らくはリースを早い段階で召喚してしまったが故に、何らかのフラグが混乱してもう少し後の筈のイベントが出て来ているのかもしれない。
(推測だが、アレを当てて倒せということなんだろうな。だが、今の俺ではステータスか他のスキルが足りない)
錐通の派生となるアーツはある。しかしそれを漫然と打ったところでまた相殺されて終わりだろう。そのあたりを他の自己強化スキル等で補うのたが、今のライトにそんなものはない。
(しかし、一つだけある。俺にあってコピーにないものが)
最後の一つとなったSPポーションを流し込み、ライトはアーツを発動する。ステップからハイステップに繋ぐ基本的かつ最速のチェイン。今のライトなら、もう一つ追加できる。
「……縮地!」
その瞬間、ライトの視界は数メートル分飛んだ。この修行で習得した移動系統アーツの最高峰。地を縮める程の高速移動。しかし、
「……」
それすらも目の前の人形はコピーしている。お互い錐通の構えをとり、踏み込んだ足が触れあう程の近距離。
(過剰集中)
ライトの思考はその一瞬に切り込んでいく。彼にあって、偽物に無いもの。それは、
「Feuergeister sammeln und entzünden das Feuer(火精霊よ集まりて火を灯せ)」
精霊魔法だ。これはゲーム的なステータスによって引き起こされる魔法ではなく、神の従者としての能力から引き出された魔法。当然、¨ゲームの中のライト¨をコピーした人形が使える力ではない。
攻撃にはとても使えるない程の小さな炎、それは一瞬の目眩ましとして人形の目算を狂わす。
「錐通……螺極!!」
空を切る回転を加えられた貫手は、人形の錐通を弾き一直線に人中にへと向かう。その回転が終ったとき、
「……楽しかったぞ、カラクリ人形」
ライトの手は人形のコアごと人中を貫いていた。コアを失った人形は、ライトの姿を保つことができずに元の木人形にへと戻っていく。
「おめでとう。無事に試練を乗り越えたようじゃの」
またいつの間にか後ろにいたジフが、称賛の言葉を送ってくれる。
「もう帰っていいのか?」
そんな称賛の言葉よりも、早く適当な宿屋のベッドで眠りたい。そう思える程ライトは精神的に疲れていた。修行期間はロクな寝床もなく、さらに今は徹夜に過剰集中まで使ったのだ、精神的に疲れるのも無理はない。
「まあよいが、何か祝いの品を渡したいじゃが……」
「じゃあこの人形貰っていいか?」
祝いの品。という言葉に、ライトは今しがた壊したカラクリ人形を指定する。
「? 構わんが、もう壊れておるぞ。コアも壊れてしもうたから、修理には手間取るが」
「それについては少し考えがあってね。このままでいいさ」
承諾を受け、ライトがカラクリ人形をアイテムボックスに入れたその時。
「お、おおお!?」
「な、なんじゃあ!」
急にライトの体が光の粒子となって消えていく。驚いたのもつかの間、そのまますぐに彼の体は完全に消えてしまった。