第八十二話 貫手
(ねっむ……)
結局、あの後からライトは眠れなかった。もしかしたら襲ってくるかもしれないし、他のモンスターに襲われる可能性もある。
夜営用のアイテムが有れば違うのだろうが、そんなものは持っていない。自身操作で無理矢理眠気を飛ばしながら、リュナと別れた場所に向かう。
「……zzz」
川原には夜営用のアイテムであるテントが立ち、中を見てみるとリュナが寝ていた。最初は起こそうとしたが、さっさと腕輪を外して貰いたかったのと、気分良さそうに寝ていたので起こすのが悪いと思い、手を止めた。
「戻りました」
「おぉ、よく戻ったの。あの小娘も無事にやり過ごしたようじゃな。お主の場所を知りたいと言っておったからの、教えたんじゃが大丈夫じゃったみたいだの」
リュナは腕試しといって自分にPKを仕掛けてきた経験がある。リベンジと言って今回のように仕掛けてきても、まあ不自然ではない。
(大方、忍者の修行ついでに俺にあったからリベンジしにきたんだろ)
リュナが襲ってきた理由を、適当に推測して納得しておく。それよりも、今は修行を済ますのが先だ。早く済ましてこの腕輪を取ってしまいたいのだ。そんな事を考えていると、
「……ここにいた」
後ろの林を抜けてリュナが出てきた。色々と聞こうとしたのだが、
「おお、ちょうどよい。お主も一緒に受けるといい」
ジフの一言に遮られてしまった。それからというもの、幾らかの修行をリュナとライトは一緒に受けることになった。
ライトは体術を、リュナは忍術を鍛えに来ていたので全て一緒とはいかないまでもかなりの頻度顔を会わせることとなっていた。
「次はこれを貫手で割って貰う」
「これって丸石?」
「そうじゃ、この里近くで取れる特産品じゃ」
ジフが石を軽く放り投げ、落ちてきた丸石を貫手で貫く。軽くやっているようだが、黒光りする丸石は硬く、用意には貫けそうにない。さらに、
(やっぱりか)
試しにやってみると、丸石は無傷それどころかライトのHPが減っていた。剛拳をかけても微妙に削れてるあたり、かなりの硬さを誇っているのだろう。しかし、続けている内に剛拳のレベルも上がっていっているので、そのうち割れはするはずだ。
「やあ、ライト。修行は進んでるかい」
既に日は暮れ、月明かりがジフの館の庭を照らしていた。
初日の修行以降、ライトやリュナはジフの館で寝泊まりを許された。といっても修行中の二人は最低限なものだ。
里名物の温泉に入り、特産品の山と川の幸で満足しているリースやトイニのような事はない。
「見ての通りだ」
縁側に腰かけて、リースに丸石を見せる。少しずつ丸石の耐久力は減っているのだろうが、自傷ダメージせいで合間に休憩を挟むのもあってまだまだかかりそうだ。
「苦労してるみだいだね」
「続けていれば、そのうちクリアできるだけましだよ。前みたいに負けのが多い賭けをするよりいい」
思い出すのは、このデスゲームに巻き込まれる前の記憶。神の従者としての初任務で、ライトは平行世界の主人公と呼ばれる男と闘った。勝ちとも負けとも言い切れない結果だったが、ギリギリのところで任務をこなした。そんな任務よりは、いつかは達成できる丸石割りの方がましだろう。
「こうしてみると、ゲームの中とは思えないね」
「そうだな。あっちの世界でもVRはこのぐらいだったし」
浴衣姿のリースがライトの隣に座る。普段とはちがう彼女の姿を少し意識しながらも、それをごまかすかのようにライトも彼女と一緒に空を見上げる。人工物が少ないからだろうか、夜空には満点の星空が広がっていた。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続いた。気恥ずかしさを誤魔化すかのように、丸石割りを開始しようとする。HPはまだ四割程度しか回復していないが、仕方ない。
「あ、待ってライト」
「ん?」
呼び止められて振り向くと、リースが杖を出して呪文を唱えてきた。
「回復の風」
薄暗い夜の闇に浮かぶ光に包まれ、ライトのHPが大幅に回復する。
「このくらいしか協力できないしね」
「いや、助かったよ。リース」
それから結構な時間また無言の時間が続いた。ライトがひたすら丸石に貫手を放ち、HPが減ったところでリースが回復魔法をかける。しかし、今度の沈黙は何も話すことがなくて気まずさを感じる事はなく、心地よいものであった。
そして、
「フッ!」
空が明るみ始めた頃、パキリと気味のよい音を立てて丸石を貫手が貫通した。
「おー、おめでとう。じゃ、私はそろそろ戻るかな」
六時間程もあったにも関わらず、ライトを見守り回復魔法をかけ続けていたリースだったが、丸石が割れたのを見るとあっさりと帰ってしまった。
何もせず長時間座っているなど、中々辛そうなものだが、神様と人間では時間感覚も違うのだろうか。
しかし、今はそれよりも。
「どれ、終わったかの」
「終わりましたよ」
イベントフラグでも立ったのだろう。いつの間にか後ろに立っていたジフに割れた丸石を見せる。
「ふむ、合格じゃの」