第八十一話
「なっ!」
襲撃者の体を地面に叩きつけ、その顔を確かめてやろうとしたその時。襲撃者の体が煙となって消えた。間違える筈もない。このエフェクトは分身が消えた時の煙だ。つまり、襲撃者はライトと同じ忍者、そこまで思考したところで並列思考の一つが他三つの足音を捉える。
(少しでも相手から姿を眩ませないと……)
相手が忍者となれば、夜闇のアドバンテージは無くなる。そこでライトは素早く印を結ぶと地面に手を着く。
(土遁 土流包壁)
瞬間、ライトの周りを囲むように土壁が隆起する。土壁は薄く、あっさりと襲撃者達の攻撃で崩れ去る。しかし、ほんの少しでも目線を反らせれば十分だ。
「……ッ!」
取り払われた土壁の中から襲いかかってきたのは、計四人のライト。襲撃者はそこで武器を構えて迎撃しようとしたが、それがいけなかった。今のライトは移動系のアーツを一切使えない。もし、彼らにアーツを使って全力で逃げられたのなら逃げられるのは目に見えている。
しかし、移動系アーツが封じられていようと近接戦闘に限れば、ライトにとってそれは大したハンデになりえない。
「……!」
襲撃者の短刀による一撃を、左手を突き出し相手の服を絡み取るように止める。そのまま左手を引っ張り、相手との距離を狭めつつ折り畳んだ肘を胸にへと突き刺す。
相手の呼吸が詰まり、動きが止まったところで地面にへと押さえつける。うつ伏せの体勢で押さえつけ、その上にのし掛かる。勿論この間に短刀を取り出し、相手の首に添えるのも忘れずに。
「動くな、動いたら殺す」
片手を支えに起き上がろうとした襲撃者だったが、ライトがそう宣言すると大人しくなる。これがタンク役をこなせるような高STRの職なら、あっさりと振りほどけるのだろうが、相手の職が忍者なのは分かっている。
相手の動きを止めたライトは、相手の顔を覗きこんだ。顔は黒い覆面で覆われており、その覆面に手を伸ばし外してみると、
「お前は、確かあの時の」
「…………やっぱり強い」
その顔には見覚えがあった。記憶復元で思い出されたその顔は、かつてカンフで襲われた少女であった。
「どうして俺を襲った」
「……ジフに¨この先に居る男と闘ってこい、良い修行になる¨って言われて」
襲撃された理由を聞いて、ライトは大きくため息を付いた。
(俺に了承は無しかよ。早く修行突破された仕返しのつもりか?)
PKでは無いことが分かったので、ライトは少女の拘束を解く。勿論まだ警戒を解ききることはしないが、目の前にいるのならそうそう遅れを取るとこはないだろう。
もう一度焚き火に火を付け、石を積んだ所に腰かける。
「まあ、座れよ。幾らか聞きたいこともある」
小さく頷いてライトの対面に少女も座る。改めて明るい所で見てみると、黒~濃紺色の装束を纏い典型的な忍者といった格好をしていた。とりあえず軽ければいいと言った考えで適当に防具を見ている自分とは大きく違うな、などと考えていると
「……リュナ」
「え?」
「……リュナ、私の名前。貴方は……?」
「ああ、名前か。俺はライトだ、好きに呼んでくれていい」
いきなり自己紹介をされた。突然だったので、こちらもあっさりとプレイヤーネームを明かしてしまったが、元々彼女はライトの名前を知っている筈だ。彼女の名前が分かったのはいいが、少し違和感がある。しかし、そんな些細な違和感は話の流れに流されて消えてしまった。
「まず聞きたいのは分身についてだ。どうやってあれだけの分身を動かしているんだ?」
最初に切り出したのは、分身について。分身は確かに使いこなせれば強力なスキルだが、使いこなすのはそれこそ並列思考のようなものがなければ難しい。少なくとも、ライトは自分に自身操作がなければ使いこなせていないと考えている。
「……分身?」
「ああ、さっき使ってたろ」
「……私が使ってたのは¨影分身¨」
「何が違うんだ?」
返ってきた答えは、¨スキルが違う¨というもの。さらに詳しく聞いてみると、影分身は分身の変化にあたるスキルであり、事前に簡単な命令を出して自動で動く分身といったものらしい。
分身については現状で満足していたので、あまり調べてはいなかったが、今スキル欄を開いてみると確かに上位スキルに¨影分身へ変化可能¨とあった。
(なるほど。確かにさっきの分身は妙に弱かったんだよな)
リュナの分身とライトの分身の勝負はあっさりとついていた。というよりも、あっさりと付きすぎていた。最初は、やはり複数の感覚を操るのは無理があるのかと思ったが、実際は影分身に出せる命令では細かな対応が出来ていなかったというだけなのだ。
「次は……」
次の質問をと思っていると、リュナが手で口を押さえて欠伸をしていた。目元を擦るところをみるに、結構眠そうだ。
「もう寝るか」
「……いいの?」
「そんな寝ぼけた頭に質問して、間違ったこと教えられても困るからな。じゃ、俺はあっちで寝てるから」
再度焚き火を踏みつけて消し、ライトはリュナと別れる。流石にロクに知らない奴と共に寝る気はない。もしかしたら、寝ている間に襲われるかもしれないのだ。
川沿いから離れ、木の上に腰かける。なんだかんだで、ドタバタした一日だったが、ようやくゆっくり出来そうだ。そう考えながら、夜空に浮かぶ月を眺めるライトであった。