第八話 制限時間(タイムリミット)
ライトが去ったその後。セイク達はその日の宿を取ると、これからの方針を決める為に、宿屋に併設されている酒場兼食堂へと来ていた。
「それで、どうするのよ。これから」
「どうするってもなぁ。あの男が言ってた通り、このゲームをクリアするしかないだろ」
「私もそれに賛成ですわね。といっても、現状それくらいしか目標になり得る物がないのですけれど」
シェミルやケン達が、食事をしながらそう話す横で、セイクは神妙な顔で掲示板とにらめっこをしていた。
この、脱出不可能になったAWOで、βテスターというのはかなりのアドバンテージとなる。例えば、単純に初期装備や所持金が優遇される。それもそうだが、それよりも重要なのは情報である。
あの謎の男が言っていた『死んだら大切な物をドロップする』。この言葉の意味が分からない今、不用意に死ぬのは危険である。そんな状況で、βテスターとしの情報があれば、序盤の敵の攻撃パターンを看破でき、死ぬ確率は大きく下がる。
だからこそ、セイクはライトを引き込みたかった。これでライトがやられるような事があれば、それこそセイクは強く後悔するだろう。もしも、無理にでも仲間にしていれば、助けられたかもしれないのだから。
「ねぇ、セイク。大丈夫? 随分険しい顔してるけど」
「あ、ああ。大丈夫だよ、ちょっと考え事してた」
セイクが、そんな最悪の事態を想像していると、どうやら無意識に顔に出ていたようで、リンに心配されてしまう。
それを誤魔化しながら、セイクはもう一つの疑問をを解消するために、掲示板で情報を集める。
(……ライトが言っていた制限時間。どうも可笑しいと思ってたんだが、こいつの事か……)
それは、ライトが別れ際に話した制限時間について事だ。謎の男の話によれば、最悪ゲーム内で死んだとしても、現実の命に直接の影響は恐らく少ない筈。しかし、ライトは制限時間があると話した。
それがセイクの胸にずっと引っ掛かっていたが、ようやく掲示板の情報から、その答えを導き出す事に成功する。
(思考加速。これが制限時間の正体か……何が優しいだよ、最悪の機能じゃねぇか)
そう、謎の男が言っていた思考の加速。この機能は、元々VRの基本機能としてあったが、それはあくまで一時間が一時間半になるといった程度で、連続五時間以上の使用には、脳への負担がかかるということで制限がかかる代物である。
そんな物をずっと使用させているのだ、いつか限界がくる。その限界こそが制限時間の正体。
「なぁ、皆聞いてくれ」
セイクがその事実について、仲間たちに話すと、
「なんだ……そりゃ……、それじゃ期限までにクリアしなきゃ、俺たち全員お陀仏ってことかよ」
「本当に何が、優しいよ。ただの死刑宣告じゃないの!」
「これを見てアイツが楽しんでると思うと、ヘドが出るわね」
「私達は、そんな事に屈しないですわ! 必ずこのゲームをクリアしましょう!」
それぞれが、一度は謎の男に敵意を持ち、このゲームをクリアしようという決意を新たに固める。
既に時刻は夜となっていた為、本日はそのまま寝る事となり各自決意と共に自室へと入る。
(ゲームの世界に取り残される。か、まさかそんな事になるなんてな)
セイクは、夜になっても何となく眠れず、何度もベットの上で寝返りを打っていると、部屋のドアをノックする音を耳にする。
セイクが、ドアを開けると、
「起こしちゃったかしら」
「いや、起きてたよ。なんか眠れなくてな」
「私も眠れなくてね。ちょっと話しましょ」
そう言って、ドアの前に立っていたリンが、セイクの部屋へと入ってくる。リンは、ベットに腰かけ、セイクはその向かいの椅子に座って向かい合う形で座ると、
「ねぇ、これからどうするのよ」
その、リンの問いかけに、セイクは単純に¨攻略するんじゃないのか¨とは言えなかった。よく見ると、リンの肩は震えているのが見てとれる。
リンは現実世界では、実家で古武術を習っている事もあり、セイクやケンよりも強い。しかし、この世界で、少し前までは勝っていたライト相手に惨敗し、自信を無くしていた。
それを見抜いたセイクは、
「AWOを攻略するさ」
「でも。もし、死んじゃったら……」
「そんな事心配するなよ。俺はβテスターだぜ、序盤の敵なんかにやられないし、リン達をやらせはしないさ」
「で、でも! それじゃ、敵が強くなったらどうするのよ」
「残念だが、俺が守れるのは前からの敵だけさ。後ろからの敵までは守れない」
そこまで言うと、セイクは椅子から立ち上がり、リンの前に手を差し出す。そして、
「だからーー俺の背中は仲間に任せるさ、仲間の背中を俺が守るように、俺の背中は仲間に守ってもらうよ。だから、リン。情けないけど、頼ってもいいかな?」
そう手を差し出しながら言う。リンは、その言葉を聞いて、一瞬ハッとしたような顔をすると、
「まっかせなさい! この私を誰だと思ってるのかしら。私を守るって言って、先にやられるのは許さないわよ」
「そっちこそ」
そう言ってその手を取る。セイクは、その手を引いてリンを立ち上がらせる。
二人は、互いに顔を見合わせると、吹き出したように笑い出す。暫く二人の笑い声は続き、ようやく収まると、
「あー、なんかスッキリしたわ。これなら良い夢みれそう」
「明日は結構早いぞ、もう遅いしリンも寝た方がいいんじゃないか」
「そうね、そうさせて貰うわ」
リンは、そう言って大きなあくびと共に自室に戻ろうとする。すると、セイクの部屋から出ようとしたその時、
「おやすみ、智也。……あと、ありがと」
最後にそう言い残して、部屋から出ていった。
(やれやれ、凛も立ち直ったみたいだな)
これなら良く眠れそうだ。セイクは、閉まったドアを見ながらそう思うと、ちょうど襲ってきた眠気に逆らわず、ベットに横たわり目を閉じた。